第十二話:青い翼の巣立ち
それから数日、リリィは毎日欠かさず解呪屋へやってきた。
小鳥の手当てと、羽休め。最初は緊張していた少女も、今では勝手口のガラガラという音とともに「ヴィアンカお姉ちゃん! ガラフのおじさん!」と元気な声を弾ませて飛び込んでくるようになった。
「よし、添え木を外してみようか」
ヴィアンカが丁寧に包帯を解くと、青い小鳥は「チチッ」と可愛らしく鳴き、パッと羽を広げた。怪我の痕はきれいに塞がり、羽のツヤも元通りになっている。
「すごい! 飛べるようになったんだね!」
リリィが歓声を上げると、小鳥は嬉しそうに彼女の肩へと飛び乗り、頬をすりすりと擦り寄せた。
「小鳥さん、よかったね……! ヴィアンカお姉ちゃん、ガラフのおじさん、ありがとう!」
「礼ならガラフさんに言いなよ。あの軟膏があったから、こんなに早く治ったんだから」
ヴィアンカが微笑みながら目線を送ると、カウンターの奥で魔草をくわえていたガラフは、バツが悪そうにそっぽを向いた。
「俺はハチミツの代金分の仕事をしただけだ。……それよりお嬢ちゃん、その小鳥、どうするんだ?」
リリィははっと息を飲み、肩の上の小鳥を愛おしそうに見つめた。
「ずっと……私と一緒にいたい。お家で飼いたいな……」
だが、その声はどこか寂しげに細くなっていた。リリィは手の中で小さく丸まる青い翼を撫でながら、ぽつりと呟く。
「でもね、この子、窓の外をじっと見てるの。お空を飛ぶお友達の声が聞こえると、寂しそうに鳴くの。……私のところにいるより、お空に帰った方が、この子は幸せなのかな」
「……リリィちゃん」
大好きだからこそ手放したくない。けれど、相手の幸せを思うからこそ迷ってしまう。その健気で切ない葛藤に、ヴィアンカの胸がキュッと締め付けられた。
かつて自分も、第一騎士団という居場所に執着していた。けれど、本当に自分が必要とされる場所はそこではなかったと、手放した後に気づくことができた。
ヴィアンカはリリィの前に膝をつき、その小さな手の上に自分の手を優しく重ねた。
「リリィちゃん。手放すことは、お別れすることじゃないよ」
「……え?」
「元気に飛べるようになった小鳥さんはね、お空のどこにいても、リリィちゃんが助けてくれたことを絶対に忘れないの。この子が空を飛ぶたびに、リリィちゃんの優しさが空に広がるんだよ」
「……私の優しさが……お空に?」
「そう。だからね、もし空へ帰してあげるなら、悲しいお別れじゃなくて『元気でね』って送ってあげよう? その優しさは、ちゃんと『お守り』になってこの子を守ってくれるから」
ヴィアンカの言葉を、リリィはじっと噛みしめるように聞いていた。やがて、小さな瞳から涙が一粒だけこぼれ落ちると、リリィはきゅっと唇を結び、力強く頷いた。
「うん……! 私、小鳥さんを『元気でね』って送ってあげよう!」
勝手口を開けると、秋の澄み切った青空がどこまでも広がっていた。
リリィは両手を高く掲げ、青い小鳥を空へと掲げた。
「小鳥さん、元気でね! たくさんお空を飛んでね!」
小鳥は一度リリィの頭の上を優しく旋回すると、「チチッ!」と晴れやかな鳴き声を残し、秋晴れの空へと高く高く舞い上がっていった。
遠ざかる青い影を見送りながら、リリィの顔には涙と、どこか大人びた誇らしい笑顔が浮かんでいた。
「……勇者ちゃんも、なかなか良い『お呪い』をかけるようになったじゃねえか」
後ろから歩み寄ってきたガラフが、魔草をくわえたままボソリと呟いた。
「え……?」
「『離れても消えないお守り』だろ。形のない気持ちで人の背中を押してやる……立派な呪い屋の仕事だ」
ガラフの無骨な称賛に、ヴィアンカの胸が温かい喜びでいっぱいになる。
「ガラフさん……私、ちゃんとこの店で役に立てていますか?」
「言わせんな。さっさと昼飯の支度しろ、腹減った」
照れ隠しに背を向けるガラフの姿に、ヴィアンカとリリィは顔を見合わせて楽しそうに笑い合った。
去っていく背中と、残された温かな記憶。傷つき、何かを失ってきた者たちが集う路地裏の店で、新たな優しさの種が静かに芽吹いていた。




