90 延鳳の報告
地皇の返事も彩比売と大して変わらない。歴史の皮肉と言うべきか、過去に絶大な権威を誇った伯王が魔王となったことの教訓から、「君臨すれども統治せず」の慣習が確立された。
よきに計らえという言葉は、延鳳に裁量を与えたようにも聞こえる。
しかし同時に、具体的な方法について地皇は何も命じていない。延鳳が成功すれば地皇の了承を得た公務となり、失敗すれば延鳳が裁量を誤ったことにもできる。
延鳳も、その意味を理解していた。
理解したうえで、再び頭を下げる。
「なお、前田と華麟が帝都に赴き東宮殿下と面会する予定です。私も非公式な協力を頼まれております。」
「わかった。」
地皇の返事と同時に、書生が新たな一文を書き加えた。
ただし、記録されるのは、延鳳が報告し、地皇が了承したという事実だけである。どのような政治的意図によって面会が整えられたのかまでは書かれない。
正式な拝謁となると手続きが煩雑になるため、その前に非公式な面会の場があるのは通例である。泰鳳からはそれへの協力を求める上申書が延鳳に届いていた。
皇太子と、その夫候補とされる素王との面会である。
本来ならば、東宮の官人、法皇庁、儀礼を担当する官司、警護を担当する者など、複数の機関による調整が必要になる。
しかし正式な拝謁の前に、事前に関係者が非公式に会うことは、この国では通例と化していた。もちろん非公式であっても東宮に入るからにはある程度の根回しは必要なのである。
このことは延鳳にも積極的な意味がある。彩比売の夫候補、それも総漢国大王派の召喚した素王のために便宜を図ったとなれば、尚英廃位の動きに関与するつもりは無かったという言い逃れの材料になる。
前田を召喚した美凰は、尚英を直ちに廃位することへ反対している大王派の鳳凰である。
その前田と彩比売との面会へ協力する一方で、泰鳳と佐藤綾子だけを支援しているわけではないと示す。延鳳にとっては、双方を公平に扱ったという記録そのものが、自らを守る盾になる。
それが単なる言い逃れであるか、公平な調整であるかは、見る者の立場によって変わる。
地皇もここで「わかった」と言ったことで、後で佐藤綾子や泰鳳が尚英への反逆をして失敗しても「余は決して反大王派の肩を持ったわけではなく、総漢国政府が前田を承認する前から前田のことも公平に扱っておった」と言える。
反対に、泰鳳が尚英を退かせることに成功し、佐藤綾子が法皇の勅許を得て大王となれば、地皇宮は当初から彼女を保護し、その地位を整えるために動いていたとも言える。
どちらに転んでも、地皇宮は帝国の秩序を守っただけである。
少なくとも、公式の記録にはそのように残る。
延鳳は報告書の末尾へ目を落とした。




