72 白蓮康成の承諾
康成は目を開けて言う。
眠りを妨げられた不機嫌さはない。最初から近づいてくる気配に気づいていたらしく、金色の瞳だけを亜香子へ向けた。
「康成様、ごきげんよう。」
亜香子は前脚を揃え、同族の長老へ敬意を示すように頭を下げた。
「総漢国旅行は楽しんできたか?」
「実は私は総漢国の鳳凰界から使者に来ました。」
亜香子は康成の問いへ直接答えず、首を僅かに傾けた。
見ると亜香子の首に筒が提げられている。
白い毛へ埋もれかけているが、筒の両端には封が施され、濡れても中の書状を損なわないよう薄い油が塗られていた。長い距離を鳥の姿で飛んできたため、紐の一部には風で擦れた跡がある。
「ああ、またか。」
そう言いながら康成は虎形のまま器用に亜香子の首から書状の入った筒を取る。
太い前脚で筒を押さえ、爪の先だけを出して封を切った。その動きは、人形になった官人が文箱を扱うよりも慎重だった。
「また?」
亜香子の耳が僅かに動いた。
「どうせ二人の素王に聖別をしてくれと言うんだろ?これまで三人、同じ内容の使者が別々のルートからやってきた。よほど念押ししたいみたいだな。今朝も和子が同じ書状を持ってきたよ。」
康成は筒から書状を引き出し、草の上へ広げた。
書状の文面は礼を尽くしたものだった。二人の素王が対立を避け、共に四神の聖別を受ける意思を持っていること。白虎界の重鎮である康成に、二人を主君として認めてほしいこと。大筋は先に届いたものと変わらない。
ただし、使者の経路も、文末へ記された名も少しずつ異なっていた。
泰鳳と美凰の執念により根回しは何重にも行われていた。
互いに反目している二羽であっても、康成の気まぐれによって旅程全体が崩れることは避けたい。その一点では完全に利害が一致していたのである。
「それで、康成様はなんとお返事を?」
「二人揃ってここまで来るなら、聖別してやるとな。」
「お引き受けになったのですね。」
「和子にはそう伝えた。」
「それはよかったです。」
亜香子は安堵したように尾を一度だけ振った。
「私を意地悪な奴だと思っているのがいるが、聖別ぐらいはしてやる。」
康成は書状を前脚の下へ置いたまま、大きく欠伸をした。鋭い牙が陽光を受けて白く光る。
すると和子は「よく言うよ」と言う顔をした。




