70 天国へ行く魔法
仙人らしく下級官吏でもインテリ特有の詳しさがある。
魔王の系統に属する魔法の中には、術者の魂を死後に特定の天界へ導くと称するものも存在した。
生きている間の利益ではなく、死後の幸福を約束するのであれば、先ほどの説明だけでは否定できないように思えたのである。
「あるよ。」
黒鉄将軍はあっさりと言った。
否定も、迷信だという嘲笑もしなかった。
この世界では天界も、そこに住む天人も実在する。特定の魔法によって、死後に天界へ転生する可能性が高まることも、全くの虚偽ではなかった。
「だが、そんな天国には行きたくないな。」
鉄蔵は心底嫌そうな顔をした。
「天界なのに、どうしてですか?」
下級官吏の仙人はますます分からないという顔になった。
「だってお前、ズルして入ってきたやつばかりの天国に行きたいか?俺にとってはそれこそ地獄だぞ?」
「なるほど。」
みんな完全に納得した顔になる。
魔法を使って天界へ行こうと考える者ばかりが集まっているのであれば、その天界にいるのは、自分だけは死後の幸福を得ようとした者たちである。
そのような者たちが、天界へ着いた途端に互いを思いやり、穏やかに暮らすようになるとは考えにくい。
何より、天界も永遠ではない。
天人には人間や仙人よりはるかに長い寿命と大きな幸福があるが、功徳が尽きれば死を迎え、再び別の世界へ生まれる。天界へ転生することは、輪廻の中で一時的に恵まれた場所へ移るだけであった。
「だから仏教では天界への転生ではなく悟りを開いて解脱することを目標にしているんだ。天部に帰依せざれ、だ。」
鉄蔵はそう言うと、百姓たちへ次の場所へ移るよう手で示した。
自分だけが天界へ逃れるのではなく、この世の迷いそのものを乗り越える。
自分だけが力を得るのではなく、今いる者たちと力を合わせ、失われた生命を土地へ戻す。
黒鉄将軍にとっては、いずれも同じ道理であった。
兵士たちは人々を幾つかの組へ分け、街道や畑に残った瘴気の位置を記した地図を配った。
百姓たちは先ほどまでとは違い、自分から次の土地へ歩いていく。瘴気払いが高位の仙人だけに許された神秘ではなく、自分たちにも土地を取り戻す手段があると知ったからだった。
ある者は、長年放棄されていた畑へ種を蒔けるかもしれないと話した。
別の者は、瘴気の向こうへ残してきた先祖の墓へ、もう一度参ることができるかもしれないと言った。
城壁の外では、凍っていた小川の表面が四角い太陽の光を受けて輝いている。森からは鳥の声が聞こえ、雪の下からは冬草の緑が僅かに覗いていた。
もちろん、角陽国の九割が魔王の実効支配下にあるという現実は変わっていない。
浄化された土地のさらに向こうには、今も灰黒色の瘴気が地平を覆っている。その中には魔王軍の砦があり、魔法によって力を得た者たちもいる。
それでも、光輝城周辺の民は、魔王が倒される日を何もせず待つだけではなくなった。
自分たちの土地へ、自分たちの霊力を戻すことを始めていた。
光輝城周辺はすっかり瘴気がなくなり生気を取り戻していた。




