67 角陽国の瘴気祓い
その頃、角陽国――
光輝城の城外では、百人ほどの人々が輪を作っていた。
空には、角陽国の名の由来となった四角い太陽が浮かんでいる。低い空を漂う氷晶が日光を屈折させ、白い日輪の上下左右へ角張った光を伸ばしていた。
かつてならば、その下には灰黒色の瘴気が地を覆っていた。
今では遠くの針葉樹林まで見渡すことができる。長く瘴気へ沈んでいた街道も姿を現し、帝国軍の兵士たちが雪と倒木を取り除いていた。
もっとも、黒鉄将軍が行った大規模な瘴気払いによって全ての瘴気が完全に消えたわけではない。そのさらに外側の部分まで瘴気祓いをしているのである。
もちろん百姓たちは瘴気祓いの方法を知らない。
そこで帝国軍は、光輝城周辺の百姓や下級官吏を集め、自分たちの手で小規模な瘴気を払う方法を教えていた。
人々は兵士の指示に従い、ゆっくりと呼吸を整えていた。
特別に複雑な印を結ぶ必要はない。それぞれが持つ僅かな霊力を、周囲の者と同じ調子で土地へ流し込む。百人分の淡い光が地面で一つになり、灰色の霧を少しずつ薄くしていった。
やがて最後の一筋が消えると、瘴気の下に隠れていた黒土が現れた。
「え?瘴気払いって、こんなに簡単だったんですか?」
一人の百姓が、自分の両手と、瘴気の消えた土地とを交互に見た。
「黒鉄将軍が英雄だからでは無く?」
別の百姓も信じられないように言った。
百姓たちが口々に言う。
彼らは今、集まって周囲の瘴気払いに狩りだされていた。
初めは、畑仕事や街道の修復だけでも忙しいのに、今度は軍隊の仕事まで押しつけられるのかと不満を零す者も多かった。
角陽国では長年、瘴気払いは高位の仙人や専門の術者にしかできないと教えられてきた。そのために重い祈祷料まで徴収されていたのである。
まさか自分たち百姓が百人ほど集まり、呼吸と霊力の流れを合わせるだけで、本当に瘴気を消せるとは思っていなかった。
「それはみんなで力を合わせているからだ。儂が一人で瘴気払いしていたらキリがない。儂がこれまで闘ってこれたのは軍を率いていたからだ。」
少し離れた場所で腕を組んでいた黒鉄将軍が答えた。
鉄蔵は人形に変化し、壮年の男の姿となっている。
日に焼けたような濃い肌に太い眉、白いものの混じった短い髪。今日は戦場へ出る時ほど重い装備ではないが、黒鉄の鎧と毛皮の外套は身につけたままだった。
黒鉄将軍が一人で城外千里四方の瘴気を払ったことは事実である。
だが、それを英雄一人の奇跡として語れば、民は次の瘴気が生まれた時にも英雄の到着を待つだけになってしまう。
鉄蔵が民へ教えようとしているのは、自分と同じ規模の術ではない。百姓が畑を、町人が住居を、兵士が砦を、自分たちの手で守るための方法だった。
そもそも黒鉄将軍は「将軍」である。彼も普段の戦闘では兵士たちの連携で瘴気祓いを行っていた。
彼の戦功の多くは、実は戦闘ではなく瘴気祓いによる失地回復である。
今、軍隊は百姓たちに自力で瘴気を払う方法を教えていた。多少霊力が弱くても百人ぐらい人間が集まるとそれなりに効果は出てくる。
一人ひとりが出した光は弱い。
しかし、同じ土地で暮らす者たちが息を合わせれば、光は途中で消えずに重なっていく。誰か一人へ負担を集中させるのではなく、全員が僅かずつ力を出すからこそ、長く続けることもできた。
そこへ若い百姓が手を挙げて質問した。




