62 鎮護国家
泰鳳と美凰の根回しは何重にもされていた。沙耶親王や道宣は直接には妨害する可能性は少ないが、それでも念のために通知していたのである。
総漢国の鳳凰総領府から法祇官へ文書を送り、受け入れ先の寺院へも使者を出す。そのうえで沙耶親王が法参議へ直接念を押している。
これほど慎重に手続きを重ねるのは、前田の旅を妨害しようとする者が現れる可能性を、誰も否定できなかったからだった。
「大安寺の光顗ならば儂の弟子だ。信頼できる。」
道宣は顎へ手を当てながら頷いた。
光顗は大安寺で賓客の受け入れを担当する比丘であり、身分の高い者を前にしても必要以上に媚びることはない。その一方で、相手の身分に応じた礼法を怠るような者でもなかった。
「だからこそ法参議様にお願いしに来ました。」
沙耶親王の表情が少しだけ和らいだ。
「はっはっはっ、儂が何も言わなくとも立派にやってくれるよ。」
道宣は豪快に笑った。窓の外にいた小鳥が驚き、菩提樹の枝から飛び立つ。
道宣は沙耶親王にお茶を差し出しながら続けた。
茶器は高官へ出すものとしては飾り気がなく、長年使われたため縁が僅かに擦れている。だが、中に注がれた茶からは爽やかな香りが立ち上っていた。
「ところで殿下、皇太夫人陛下はお元気か?」
沙耶親王は茶器を両手で受け取り、湯気の向こうから道宣を見た。
「ええ、相変わらずお元気です。」
「それは何より。儂のことは何か言っておられたか?」
「また昔のように、ゆっくりお話ししたいと。」
「そうか、それはよかった。」
道宣は懐かしそうに目を細めた。
道宣と皇太夫人も二百年近い付き合いである。
二人がまだ現在の地位へ就く以前から、宮中の仏事や皇族の授戒を通じて何度も顔を合わせてきた。
立場が重くなるにつれ、私的に会う機会は減った。それでも皇太夫人は、何か重大な政争が起きると道宣の意見を聞きたがったし、道宣も皇太夫人の政治的な勘を決して軽んじてはいなかった。
道宣は茶を一口飲み、茶器を机へ戻した。先ほどまでの懐かしそうな表情が消え、比丘として弟子へ教えを説く時の顔になる。
「さて、殿下。国はもちろん守らねばならぬが、守るためには行動をせねばならぬぞ。」
「行動?」
沙耶親王は僅かに首を傾げた。
「そうだ。仏教ではこの国も泡雲の如き現象と考え、実相とは見ぬ。」
道宣は窓の外へ視線を向けた。
風に揺れる葉も、宮殿も、帝国も、永遠に同じ姿を保つものではない。数百年を生きる仙人であっても、無常から逃れることはできなかった。
沙耶親王の眉が僅かに寄った。




