57 巻き込まれキャラ
泰鳳と美凰は無言で工程表や書類の作成をしても不思議と矛盾なく作業が出来ていた。
泰鳳が直した日付を、美凰は何も言われないうちに別の書類へ反映させる。美凰が宿場を一つ変更すれば、泰鳳はその先の到着予定まで計算し直す。
一方が筆を止めれば、もう一方が必要な書類を差し出した。
大倭帝国や総漢国の文書行政が鳥類でももれなくできるぐらいにしっかりしているからか、それとも、この二人は仲悪いように見えて息があっているからか。
おそらく、どちらも正しい。
長命で高い知能を持つ鳳凰たちは、仙人の官人たちに劣らない文書制度を何世代もかけて築いてきた。書類の様式と処理の順序が決まっているからこそ、政治的立場が異なる者同士でも、同じ手続に従って仕事を進められる。
それでも、相手がどこへ印を押し、次に何を必要とするかまで分かるのは、泰鳳と美凰が長年対立してきた結果でもあった。
相手の考えを誰よりも警戒し、相手の行動を誰よりも注意深く見てきた。だからこそ、口を利かなくとも次の動きが分かってしまう。
しかし、人選だけは会話が最低限は必要だ。
書状は自分で飛んで目的地へ行ってはくれない。誰に運ばせるのかを決め、本人へ命じなければならなかった。
「あわわわ・・・。」
綺凰は震えている。
総領室の隅へ下ろされたものの、出張命令が撤回されたわけではない。目の前では、総領と大王派の実力者が、自分を皇都への出迎え役にしたまま次の人選へ移ろうとしていた。
「そうそう、お前、総領府に詰めていると人形になる機会があまりないだろ。お前の身分では人形での公務は浅緑の朝服を着なければならん。」
美凰は、今思い出したというように言った。
直轄領の関所や仙人用の宿舎では、人形になった方が手続をしやすい場所もある。鳳凰の姿のままで通せる区域ばかりではない以上、朝服の準備は必要だった。
そう言う美凰に綺凰は内心でツッコミを入れる。
(鳳凰の姿のまま腕が人形で下半身が蛇というのはアリなんですか!?)
綺凰の視線は、美凰の奇妙な身体へ釘付けになっていた。
美凰は鳳凰の胴と翼を残したまま、書類を持つための人間の腕を生やし、下半身だけを蛇へ変えている。
公務の服装規定を説く姿としては、まったく説得力がない。
綺凰はまだ美凰に拘束されていた。
美凰は綺凰を連れて来た後も、蛇の胴を解くのを忘れていたらしい。拘束された綺凰の尾羽が床へ触れ、動くたびに乾いた音を立てている。
泰鳳はそれを助けようとも注意しようともせず、工程表から目を上げた。
「美凰、お前、蒼龍真君への使者の派遣はお前がすると言ってたよな?きちんとするのか?」
高位の四神のうち、青龍の候補は一燈族の長・蒼龍真君である。
大倭帝国本土から遠く離れた湯谷国に住んでいるため、そこへ至るには大洋を渡らなければならない。普通の仙人を使者にすれば、船と宿場を乗り継ぐだけで相当な日数がかかる。
空と海を自在に進める青龍へ頼むのが、最も早かった。
「バカにするな。人選は決まっている。」
そういうと美凰は全身を鳳凰の姿にして召喚術を行使した。綺凰はようやく解放される。
蛇の胴が赤金色の光へ包まれ、二本の脚と長い尾羽へ戻る。締めつけから解かれた綺凰は床へ降りると、慌てて翼と羽毛を整えた。
美凰は総領室の奥に設けられた祭壇へ向き直る。
祭壇の床には円形の陣が刻まれていた。四方を示す紋様のうち、東を表す青い線へ美凰が片脚を置くと、翼から淡い霊光が流れ込んでいく。
室内の紙が一斉に震えた。
泰鳳は飛ばされそうになった書類へ人間の手を伸ばし、素早く押さえる。綺凰も受付名簿とは別の書状を翼で押さえた。
美凰の召喚術はもちろん異世界からの召喚ではなく、近隣の四神を呼ぶ召喚術である。
異世界から素王を召喚する秘法と比べれば、仕組みも危険性もはるかに小さい。
もっとも、呼ばれる側の都合をほとんど考えず、ある程度の範囲にいる相手を強制的に引き寄せる点では、十分に迷惑な術だった。
青い線から霧が立ち上り、潮の匂いを含んだ風が総領室を吹き抜ける。
陣の中央で水が渦を巻いたかと思うと、その中から長い龍体が放り出された。
「うわぁ、なんでいきなり強制呼び出し食らったの!?って、またこの女か!」
総領府の祭壇の前にある陣の上にいきなり出現したのは、青龍の広海である。
青白い鱗に覆われた身体が、濡れた床の上で大きくうねった。広海は状況を確かめるように首を巡らせ、美凰の姿を認めると露骨に嫌そうな顔をした。
以前も美凰の召喚に応じた結果、魔瘴雲を祓う戦いへ巻き込まれている。広海にとって、美凰から強制的に呼び出されることは、何か面倒な仕事を押しつけられる前触れだった。
「お前、確か大倭帝国の青龍の最大部族・一燈族の長のはとこの三男だったよな?」
美凰が言うと広海は胸を張る。
呼び出された不満よりも、血統へ触れられた誇らしさの方が一瞬だけ勝ったらしい。
「そうだ!私はあの蒼龍真君のはとこの息子だ!」
以前は蒼龍真君の「はとこの三男」と名乗っていたはずだが、今回は「はとこの息子」と少しだけ近く聞こえる言い方を選んでいる。
どちらも嘘ではない。だが、蒼龍真君本人との間にはそれなりの距離がある。
「はい、この書状を湯谷国の蒼龍真君まで持っていって。」
美凰は用意していた書状を人間の手で差し出した。
「え?」
広海が固まる。
胸を張ったまま動かなくなり、長い髭だけが召喚陣に残る風で揺れた。
湯谷国。一燈族の本拠。蒼龍真君の住む島――広海がたった今誇らしげに語った血縁を考えれば、これ以上ふさわしい使者はいないように見える。
「どうした?」
美凰が書状を差し出したまま首を傾げた。
「いや、その、湯谷国はずいぶん遠いですし・・・。」
広海は目を逸らした。
「それに私は先日の魔瘴雲で霊力を使い過ぎて、まだ本調子ではありません。」
龍体を僅かに丸め、いかにも疲労が残っているように見せようとする。
「ですから難しいと言いますか・・・。」
広海は曖昧な理由で断ろうとする。
先日の戦いで霊力を大きく消耗したこと自体は事実である。
しかし今の広海は、召喚陣から放り出された直後に勢いよく抗議し、血統の話をされれば即座に胸を張っていた。少なくとも湯谷国へ書状を運べないほど弱っているようには見えない。




