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56 鳳凰の出張

 総漢国鳳凰総領府――


 総漢国に暮らす鳳凰たちの行政を取りまとめるその建物は、人間や仙人の役所とは造りが大きく異なっていた。


 天井は高く、太い梁の上には休憩や待機に使う止まり木が何段にも渡って設けられている。壁の上方には鳳凰が翼を広げたまま出入りできる窓が並び、地上近くの扉よりも、空中の出入口の方がはるかに多い。


 受付も床の上だけにあるのではない。高さの異なる棚や台が空間の各所へ張り出し、鳳凰たちは飛びながら書状を受け渡したり、止まり木へ降りて申請書へ目を通したりしていた。


 普段だから多くの鳳凰が行政の手続等に来るところであるが、今回はいつもよりも多くの鳳凰が集まっている。


 いつもならば順番を待つ鳳凰たちの羽音と、受付が書類の不備を指摘する声が響く程度である。


 しかし今日は、建物のあちらこちらから低い言い争いが聞こえ、翼から漏れた熱気で、広い室内の空気まで普段より暑くなっていた。


「なんか怖いんだけど。」


 受付に立つ綺凰は思わず零した。受付と言っても、ここは鳳凰のための役所なので、人形ではなく鳳凰の姿のまま職務をしている。


 綺凰は翼の先で受付台に置かれた名簿を押さえながら、恐る恐る広間を見渡した。


 いつもなら、書類を持って来た鳳凰が窓口の前へ降り、用件を告げる。それを綺凰が確認して担当の部署へ回す。その繰り返しで一日は過ぎる。


 だが、今日は受付へ来た者が手続を終えても帰ろうとしない。あちらの止まり木にも、こちらの梁にも、政治的立場の違う鳳凰たちが陣取っていた。


 総漢国鳳凰界の総領・泰鳳率いる主流派だけでなく、彼らと対立する美凰ら大王派の鳳凰までもが詰めていた。


 もちろん総領府は役所であるから、非主流派が来ても問題はない。だが、泰鳳と美凰とが組んで仕事をすると言うのは、異例の事態であった。


 数日前の大集会で、二人の素王へ高位の四神から聖別を与えてもらうため、両派が共同で動くことが決まった。


 泰鳳は佐藤綾子を新たな大王に立てたい。美凰は暗君である尚英を批判しながらも、法皇の勅許を得ないまま大王を排除することには反対している。


 目的も大義名分も違う。それでも、二人の素王を尚英へ引き渡さず、帝国と四神から正式に認められる立場にしなければならないという点では一致していた。


 その一致が、総領府へこれほど多くの鳳凰を集めていた。


 鳳凰たちは美凰と泰鳳の指示で職務を続けていく。だが、全員がまじめに仕事をしているわけでも無い。


「この反逆者が!大王殿下に逆らってどうする!」


「大王如きに媚びる佞臣が!お前こそ総領閣下に中心帰一しろ!」


 ところどころでこんな言い合いが聞こえる。ここに集まっている鳳凰の中には、両派の過激派がお互いを監視にするために来た要員もいるのだ。


 梁の上で向かい合った二羽が翼を半ばまで広げ、互いを威嚇している。


 そのすぐ下では、別の鳳凰が何事もないように書類の束を運んでいた。少しでも口論に関われば、仕事がさらに遅れると分かっているらしい。


 綺凰が喧嘩なら外でしてほしいと注意すると、二羽は同時にこちらを見た。


 綺凰は反射的に首を竦める。だが二羽は、受付を止めれば泰鳳にも美凰にも叱られると思い出したのか、不満そうに嘴を鳴らしながら別々の方向へ飛んでいった。


 そんな空気をよそに、総領室では泰鳳と美凰が無言で書類をさばいていく。


 部屋の中央には大きな卓が置かれ、その上へ総漢国から皇都までの工程表、各宿場への通知、四神へ送る書状の写しが積み上げられていた。


 壁には帝国全土の地図が広げられている。青龍の蒼龍真君、朱雀の紅蓮鷹女、白狐の白蓮康成、玄武の鉄蔵。それぞれがいるとされる場所へ印が付けられ、そこへ至る経路が幾つもの色で書き込まれていた。


 泰鳳が工程表の日付を確かめ、美凰が同じ日付を宿場への通知へ書き写す。美凰が四神へ伝える事情を文章へまとめれば、泰鳳が必要な添付書類を揃える。


 口を開けば喧嘩になる二羽が、口を閉じている限りは一つの官署のように動いていた。


 実に奇妙な姿であった。鳳凰の形の二人から人間の手が現れたかと思えば消えて、猿の手足になったりする。


 麒麟や鳳凰はどのような生物にも変化できる。況してや上位個体だと身体の一部だけを他の動物にすることは容易だ。


 紙の書類の扱いや器用な作業が必要なときは適宜人間その他の生物の手足に化けて事務を処理しているのである。


 泰鳳の翼の付け根から現れた人間の手が筆を走らせる。その隣では、美凰の片脚だけが猿の手へ変わり、書類の束を器用に仕分けていた。


 見慣れていない者が見れば妖怪の寄り合いとしか思えない光景だが、二羽は至って真剣である。


 途中で美凰が口を開いた。


「明々後日に前田と華麟を出迎える鳳凰は誰か決まっているのか?」


 美凰は書状へ印を押しながら尋ねた。


 前田と華麟は、総漢国から帝国の直轄領へ入る。その境では身分の確認と、次の宿場までの案内が必要になる。


 とりわけ前田は、素王として正式に法皇庁へ上訴するため皇都へ向かっている。総漢国の鳳凰界が誰も出迎えなければ、召喚した後は放置したのかと疑われかねない。


「ふん、総領府の鳳凰だと誰でも良い。」


 泰鳳は顔を上げずに答えた。


「やっぱり決めてないのか。いい加減にしろ。」


 美凰の猿の手が止まった。


「私が召喚したのは佐藤綾子なんでね。」


 泰鳳の方はなおも筆を動かしている。


「直轄領に入った後のことはお前が手配すると約束しただろ!」


「手配はしてるよ。ただ誰がやるかなんか一々決められるほど暇じゃない。」


「そこまでやっておいて、出迎える者だけ決めていないのを、手配したとは言わない!」


「お前がそこまで気にするなら、お前が決めれば良いだろう。」


「わかった、じゃあ私が適当に決めてやる!誰でもいいんだろ?」


「ああ、誰でも適当に決めてくれ。」


 泰鳳はようやく顔を上げたが、選考へ関わる気は本当にないらしい。


 それを聞いた美凰はすぐに上の方にある扉を開けた。鳥が開けやすい扉は人間や仙人とはかなり構造が違う。


 その扉は壁の上方にあり、横へ引くのではなく、翼の先で留め具を外せば下から上へ跳ね上がるように作られていた。


 美凰は翼で留め具を弾く。扉が勢いよく開き、廊下から熱気を含んだ風が入ってきた。


 そしてそのまま廊下を飛んで行って受付に行った。


 廊下も人が歩くための細長い通路ではない。何羽もの鳳凰がすれ違える吹き抜けになっており、上下にも枝分かれしている。


 美凰は二度、三度と翼を打っただけで受付の上空へ出た。


「おい、そこの娘、素王の接待を命ずる!」


 突然頭上から声が降ってきた。


「はい!?」


 綺凰はいきなりのことに固まる。


 今まで受付を守っていただけの自分が、なぜ素王の接待を命じられるのか。事情を理解する前に、美凰は綺凰の前へ降り立っていた。


 美凰の下半身がいきなり蛇の姿になり綺凰を拘束した。


 赤金色の羽毛に覆われた胴の下から、長い蛇の身体が伸びる。それは綺凰の脚と胴へ素早く巻きつき、翼を広げる間も与えなかった。


「ちょっと、何をするんですか!? 私、受付を離れられません!」


 綺凰は翼をばたつかせた。


「うるさい!行くぞ!」


 美凰はそのまま上半身の翼だけで器用に飛んで総領室に戻る。


 蛇の下半身で綺凰を抱えたまま、上半身は鳳凰として飛ぶ。その姿に、言い争っていた鳳凰たちまで一斉に道を開けた。


 受付の机には名簿と未処理の書類が残されている。


 近くにいた鳳凰が慌てて代わりに受付へ降りた。こうした場合に職務を止めないところだけは、総領府の行政機構もよく訓練されていた。


 総領室へ戻ると、美凰は蛇の胴で綺凰を掲げるようにして泰鳳へ見せた。


「こいつでもいいんだな?」


 泰鳳は一度だけ綺凰を見た。


「ああ、いいぞ。受付嬢としての才能は本物だ。」


「私、仙人や麒麟の接待なんかしたことないんですけど!?」


 綺凰は拘束されたまま必死に訴えた。


 鳳凰の役所へ来るのは、ほとんどが同族の鳳凰である。仙人と話した経験くらいはあっても、素王を迎え、しかも高位の麒麟を案内する職務など任されたことはなかった。


「接待と言っても、街道の境まで出迎えて宿舎へ案内するだけだ。」


 美凰は大した仕事ではないと言わんばかりに答えた。


「受付で両派の鳳凰を相手にできるお前なら問題ない。」


 泰鳳も平然と言った。


 本人の意思を確かめるという発想だけが、二羽には抜け落ちている。


 綺凰は助けを求めるように泰鳳を見たが、泰鳳はすでに次の書類へ目を落としていた。美凰も、綺凰を連れて来たことで人選は終わったと考えているらしい。


 総領府はブラック企業も真っ青な状況となっていた。いや、どこの世界でも公務員はそういうものなのかもしれないが。


 もっとも、綺凰が受付嬢として有能であるという泰鳳の評価そのものは嘘ではなかった。


 過激派同士が言い争う総領府で、逃げ出さずに受付を動かし続けられる鳳凰は多くない。二羽は本人へ丁寧に説明することを省いただけで、人選の理由まで適当だったわけではないのである。


 それが綺凰にとって慰めになるかは、別の問題だった。


 こうして綺凰は数日後の出張が決定されてしまった。

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