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54 見送りの前夜

 前田と華麟が旅立つ前夜――


 麟徳府(りんとくふ)の別の寝室では、綾子が寝台の上で枕を抱えていた。


 隣では杏麟が旅程表と書状の写しを読んでいる。綾子も杏麟もなんやかんやで前田のことが気になるらしい。


 前田と華麟の部屋はとなりであるが、流石に静かに話をしている二人の声が聞こえてくることはない。それでも綾子は時折、壁の向こうを気にするように顔を上げていた。


「高位の四神って、どんなのなの?」


 綾子は枕へ顎を乗せたまま尋ねた。


「名前はわかっているの?」


「候補ならば、泰鳳と美凰から連絡が来ています。」


 杏麟は書状を膝の上へ置いた。


「ただし、四神の各種族で最上位にある方々を一度に集めるわけではありません。法皇でも皇身位者でもない素王が、いきなり各種族の頂点から聖別を受ければ、かえって政治的な警戒を招きますから。」


「強ければ強いほど良いという話じゃないのね。」


「ええ。十分に高位で、素王を支える大義名分を持ち、特定の派閥と近すぎない方が望ましいのです。」


 杏麟は指を折って候補者を数え始めた。


「青龍は蒼龍真君。東方の島に棲む水脈と天候を扱う術に優れた青龍です。青龍の中でも古参で、人の姿を取る時は銀色の髪を持つ青年の姿になると聞いています。」


 綾子が少し身を乗り出す。二人とも華胥(かしょ)国の集会に蒼龍真君が参加したことはまだ知らない。


 華胥国の集会は純仙が主導したものであるため、彩比売(あやひめ)ですら青龍の最大部族の長が参加しているとはまだ第一報では把握していないのだ。


「銀髪。悪くないじゃない!」


「綾子様。見た目で聖別者を選ぶのはおやめください。」


「冗談よ。それで、次は?」


「朱雀は紅蓮鷹女(ぐれんたかめ)。人皇陛下へ聖別を与え、人皇宮に仕えている方です。」


 綾子は眉を上げた。


「紅蓮鳩女の姉だったわね。」


「はい。鳩女よりもはるかに高位の朱雀で、術にも優れています。ただ、人皇陛下との関係が深いため、鷹女が二人の素王へ聖別を与えれば、人皇宮が総漢国へ介入しているという疑いをさらに強める可能性があります。」


 あの鳩女とは姉妹と言えど異なると聞いて少し安堵した。


「実力は十分だけど、政治的に危ないと?」


「その通りです。だからこそ泰鳳と美凰だけで決めず、本人と人皇宮の意向を確かめなければなりません。」


 杏麟は三本目の指を立てた。


「白狐は白蓮康成(びゃくれんやすなり)。幻術と隠形に優れた古参の白狐です。各地の白狐から長老として敬われていますが、試すような言動が多く、気まぐれな方だとも聞いています。」


 綾子は顔をしかめる。


「試すって何よ。嫌な感じ。」


「白狐の価値観は人間や仙人とは少し違いますから。何を試練と考えるかも、会ってみなければ分かりません。」


「最後は?」


「玄武の鉄蔵。黒鉄将軍の異名を持つ征狄大将軍です。」


「あの、角陽国で兵部卿を捕まえた玄武?」


「もう噂を聞いたのですか?」


「麟徳府の書吏が話していたわ。千里四方の瘴気を一人で祓ったのでしょう?」


「ええ。今挙げた中でも、実戦経験では突出しています。それに素王召喚の表向きの目的は魔王討伐です。北方で魔王軍と対峙する鉄蔵が聖別を与えるなら、誰に対しても説明しやすいでしょう。」


 杏麟は少し声を落とした。


「ただし、鉄蔵は若い頃に皇太夫人宮へ仕えていました。完全にどの派閥とも無関係というわけではありません。」


「結局、誰を選んでも政治とつながるのね。」


「聖別とはそういうものです。力を与えるだけではありません。誰が誰を主君として認め、誰のために動くのかを公に示す儀礼でもありますから。」


 綾子は枕を抱き直した。


「その四人は、私と前田くんの両方へ聖別をするの?」


「交渉次第です。同じ四神が二人へ聖別を与えれば、二人が対立していないことを示せます。一方で、二人の素王を一つの政治勢力として扱うことにもなります。」


「面倒ね。」


「大王になろうという方が、その程度で面倒がってはいけません。」


 杏麟は微笑んだ。


「四神は麒麟、鳳凰、黄龍を神聖視する信仰を持っています。私や泰鳳の頼みであれば、話を聞いてくれる可能性は高いでしょう。」


「なら簡単じゃない。」


「そうとも限りません。」


 杏麟の横顔へ月明かりが差した。


「四神にとって麒麟や鳳凰は信仰の対象です。だからこそ、私たちが本当に素王を主君として選んだのか、それとも政争の道具として利用しているだけなのかを厳しく見られることがあります。」


「神様のくせに人間へ頭を下げるのか、とでも言われるわけ?」


「そのような言い方をする者もいるでしょう。特に白蓮康成は、相手の覚悟を試すことで知られています。」


 綾子は不満そうに唇を尖らせた。


「ますます感じが悪いわね。」


「ですが、綾子様がご自分の意思で大王を目指していると認められれば、誰よりも頼もしい聖別者になるかもしれません。」


 杏麟はそこで一度言葉を切った。


「黄龍の同意を得られれば、交渉はさらに進めやすくなります。四神にとって黄龍の言葉は非常に重いですから。」


「黄龍に命令してもらえば、全員断れないんじゃないの?」


「いいえ。黄龍が信仰上の権威を持っていても、四神それぞれの意思まで奪えるわけではありません。それに黄龍は人里へ滅多に現れません。お墨付きを得るために探し回っていたら、半月では到底足りないでしょう。」


「だったら、まず四人と会うしかないわね。」


「はい。泰鳳と美凰が、それぞれの伝手を使って既に交渉を始めています。」


 綾子は枕を寝台へ放り出した。


「いいわ。会えば、私が聖別する価値のある素王だと分からせてあげる。」


「さすが綾子様です。」


 杏麟は嬉しそうに微笑んだ。


 その褒め方が本心なのか、単に綾子なら何を言っても肯定するのかは分からなかった。


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