53 八十歳差カップル
その夜、麟徳府の華麟の部屋には、細い月明かりが差し込んでいた。
窓の外では虫が鳴いている。
昼間のうちに旅支度はほとんど終わっていた。前田の新しい衣、保存の利く食料、法皇庁へ提出する書状の写し。荷物は部屋の隅へきれいにまとめられている。
前田は寝台の端へ腰掛けていた。
華麟はその隣で、寝衣の襟元を直している。
「麒麟は異性と同じ部屋で寝ることに抵抗がないと言っていましたけど、やっぱり恋人と寝るのは特別な感じがしますか?」
前田が尋ねると、華麟の手が止まった。
「と、特別ですか?」
華麟の頬が赤くなる。
前田と同じ寝所で過ごすこと自体には、もう何度か慣れているはずだった。
しかし、こうして意味を尋ねられることには、まだ慣れていないらしい。
「麒麟にとって、主君と同じ寝所で過ごすことは、それほど不思議ではありません。お側でお守りできますし、聖別を通して主君の変化にも気づきやすくなりますから。」
そこまで言って、華麟は少し俯いた。
「でも。」
前田との距離を少し詰める。
「好きな方と一緒に眠るのは、やはり違います。前田様が寝返りを打つだけで気になりますし、近くにいると思うと、なかなか眠れないこともあります。」
「それは困りますね。」
「前田様のせいです。」
華麟はむっとした顔をした。
だが、すぐに小さく笑い、前田の肩へ頭を預ける。
金色の髪から、麟徳府で焚かれている山草の香がわずかにした。
「百年近く生きてきましたけど、こういう気持ちは初めてです。」
「百年?」
一瞬、前田が固まった。
「あ、はい、私は確か103歳ですね。まだ若いですよ?」
「え?」
常識が通用しないことはわかっていたが、前田の中の常識が再び壊れる。
「あの、麒麟の寿命って?」
「仙人と一緒で、長生きすれば500年ぐらいですよ?」
「あ・・・。」
確かにこの世界では自分も寿命が長いのだ。今さらながら自分が人間ではなくなったことを思い出す。
仙人や鳳凰、麒麟にとっては100歳が人間の20歳のようなものなのだ。
「それじゃあ、23歳の私って、赤子みたいなものじゃないですか。本当に私で良かったんですか?」
「年齢は関係ないですよ?」
そういって華麟が身体を寄せると、前田は華麟の頭へ自分の頬を軽く寄せた。
「何か、嬉しいですね。」
短い一言だった。
華麟の体が少し跳ねた。
「嬉しい、ですか?」
「はい。華麟さんにとって特別なら。」
華麟はしばらく何も言わなかった。
月明かりの中で、口を開いては閉じる。
百年近く生きた麒麟が、前田の一言で完全に言葉を失っていた。
やがて華麟の指先が、前田の頬へそっと触れた。
「ずるいです、前田様。」
「そうですか?」
「そんなことを言われたら、もっと一緒にいたくなるではありませんか。」
華麟は前田の胸元へ額を押しつけ、そのまま抱きついた。
前田も華麟の背へ腕を回す。
「明日も一緒ですよ?」
「皇都に着いた後は、こうしていられないかもしれません。」
華麟の声が前田の胸元から聞こえる。
「皇都では前田様は素王として扱われます。法皇庁の用意する宿舎へ入ることになれば、私と同じ寝所を使うことは難しくなります。彩比売様との面会が決まれば、なおさらです。」
前田は、華麟を抱く腕へ少し力を込めた。
「では、今夜はこのままでいましょう。」
「はい。」
華麟は目を閉じた。
「もう少しだけ、このままでいさせてください。」
麟徳府の夜は静かだった。
遠くで風が木々を揺らし、燭台の炎が細く揺れている。
明日、前田はこの世界へ来て初めて総漢国を離れる。
四神からの聖別を受け、法皇へ自分の存在を認めさせるため。
そして、まだ顔も知らない彩比売と会うため。
何一つ、上手くいく保証はない。
だが少なくとも今夜だけは、二人を引き離す者はいなかった。
80歳差と言うと凄い年の差のように見えますが、よく考えるとナムリスとクシャナの年の差と比べたら小さいですね。
ミラルパが百年前の初代神聖皇帝崩御の時点で物心ついていましたから、仮にそのころを5歳としてもミラルパは105歳、おそらくは10歳以上だったでしょうから110歳以上、ナムリスはその兄ですから、もっと上。
クシャナは25歳なので、仮にナムリスとミラルパが双子で且つ極端に若い設定としても80歳差で、実際にはもっと年の差があることになりますね。




