49 旅立ちの準備
前田は綾子の「腹を括る」と言う言葉に驚いたような顔をして、綾子の方を見た。
「どうしたのよ?」
「いや、佐藤さんでも覚悟を示すことって或るんだな、って。」
「失礼過ぎない?」
綾子は前田をまっすぐ見た。
「それで、いつ出るの?」
「明朝です。」
華麟が答えた。
「では今夜は早く寝なさい。馬の上で寝不足なんて笑えないから。」
「馬には乗りませんよ。いつも通り、華麟さんが麒麟の姿になって乗せてくれます。」
前田が言うと、綾子は華麟を見た。
「そうだったわね。便利ね、彼女が乗り物にもなるなんて。」
「華麟さんを乗り物扱いしないでください。」
「前田様に乗っていただくのは嫌ではありませんけど。」
華麟が嬉しそうに言った。
綾子は二人を見比べ、何とも言えない顔をした。
「朝から聞く話じゃなかったわ。」
「佐藤さんが変な意味にしたんでしょう。」
前田はため息をついた。
それから、少し真面目な顔になる。
「佐藤さん。」
「何よ。」
「私がいない間に、法皇の許可もなく反逆を始めないでください。それと、もし尚英に襲われたり、私の言うことを聞かずに反逆して失敗したりしたら、必ず生き延びて私のところまで逃げてきてください。」
綾子は一瞬、目を見開いた。
それから、ふっと笑った。
いつもの人を見下すような笑みではない。元の世界で、行き場をなくした前田を家へ泊めた時と同じ、姉が仕方なく弟の面倒を見るような笑みだった。
「何よ、それ。」
「駄目ですか?」
「あなたに逃げ込むくらいなら、野垂れ死んだ方がまし――と言いたいところだけど。」
綾子は髪を耳へかけ、少しだけ視線を落とした。
「まあ、考えておくわ。」
前田は頷いた。
それが綾子なりの精一杯の返事であることは分かっていた。
しかし前田たちは知らない。
自分たちが皇都へ向かうことを決めるより先に、地皇宮では前田を彩比売の夫にしようとする計画が、人皇による皇統簒奪の謀略として語られ始めていた。
前田が法皇へ事情を説明するために皇都へ入れば、謀略を裏づけるために素王本人まで送り込まれたと受け止める者もいるだろう。
正当な裁可を求める旅は、その出発前から、別の者の手によって反逆の行軍へと意味を変えられようとしていた。




