48 私はこの国の大王になる
前田は少し戸惑っていた。もっとも、どこか開きなおっているところもあった。
華麟は自分を彩比売の夫にするために召喚した。
その華麟が、今は前田の恋人になっている。
「帰るも何も、一緒に皇都へ行くんでしょう?」
「そういう意味ではありません。」
華麟は頬を膨らませた。
「では、どういう意味ですか?」
「前田様は、時々意地悪です。」
杏麟が扇の陰で笑っていた。
それを見た綾子は呆れたように口を開いた。
「それで、私は皇都へ行かなくて良いの?」
杏麟は綾子へ向き直る。
「今は麟徳府に残っていただきます。」
「どうして前田くんだけなのよ。」
「前田様は召喚そのものが無許可だったため、総漢国にずっといる方が危険です。一方、綾子様の召喚は少なくとも形式上は大王の許可を得て行われています。今の綾子様が総漢国を離れれば、尚英様に逃亡と宣伝する口実を与えます。」
綾子は不満そうに地図を見た。
「それに、私は綾子様を総漢国の大王にするために召喚しました。大王になろうとする方が、最初の対立で国を離れるわけにはいかないでしょう?」
杏麟が微笑む。
綾子は少し考えた後、背筋を伸ばした。
「そうね。私がいない間に尚英が好き勝手したら困るもの。」
その姿には、元の世界で前田を弟分のように扱っていた令嬢の面影が残っている。
しかし、この世界へ召喚されてから、綾子は律令や税制を学び、既に総漢国を自分が治める場合のことまで考え始めていた。
異世界へ放り込まれた不安がないはずはない。
それでも、不安を表へ出すより先に、自分がこの状況をどう利用するかを考える。それが佐藤綾子だった。
「こっちは私が何とかするから、あなたは皇都で上手くやりなさいよ、前田くん。」
「佐藤さんも、大王なんか目指さず一緒に――」
前田が言い終えるより先に、綾子は手のひらを前へ突き出した。
「馬鹿言わないで。私は私で、この国の大王になるの。あなたに連れられて皇都へ逃げたなんて思われるのは御免よ。」
「法皇の許可なく反逆するのは協力しませんよ?」
「分かってるわよ。私は負ける反逆なんかしないわ。」
「勝てば良いという意味じゃないです。」
前田はすぐに否定した。
綾子はつまらなそうに顔を背けた。
「冗談よ。」
本当に全て冗談なのか、少し怪しかった。
華麟は前田の袖へそっと触れた。
「綾子様には綾子様の道があります。それに、杏麟と泰鳳が綾子様へ聖別を与えた以上、あの方々には主君としてお支えする責任があります。聖別の力が綾子様を無理に縛るわけではありませんが、政治的には簡単に離れられる関係ではありません。」
「そういうこと。」
綾子は当然のように頷いた。
「私はもう、この世界でどう生きるかを考えないといけないの。帰る方法も分からないんだから、腹を括るしかないでしょう。」
窓の外では朝靄が晴れ始めていた。
庭の向こうから一羽の鳥が飛び立ち、皇都のある方角へ消えていく。




