4 休耕田
三人は町外れの道を進んだ。
日が傾き始め、空は赤みを帯びていた。道の両側には田畑が広がっている。整然と区画された田は、どこか懐かしい。だが、よく見ると耕されていない場所が多かった。壊れた農具が放置され、畔には雑草が伸びている。
前田はそれを見て、思わず足を止めた。
「休耕田みたいだ。」
「きゅうこうでん?」
華麟が聞き返す。
「私のいた世界にも、使われなくなった田んぼがたくさんありました。減反政策と言って、政府が米の生産を減らしたり、農業を続けても生活できなかったりして、田が荒れていくんです。」
美凰がわずかに目を細めた。
「作物を減らすのか。飢える者がいても?」
「米の値段を維持するため、という理屈でした。」
「馬鹿げている。」
美凰は短く吐き捨てた。
華麟は悲しそうに田を見つめた。
「こちらも似ています。尚英様は魔王討伐のためと言って税を重くしました。けれど、実際には宮殿の修繕や軍備にばかり使われて、民の暮らしは苦しくなる一方です。」
「それで泰鳳が反発しているわけですか?」
前田が言うと、美凰は頷いた。
「理由だけ見れば、泰鳳の方が正しく見えるだろうな。」
「違うんですか?」
「尚英が暗君であることと、泰鳳が正しいことは同じではない。」
美凰の声には、苦いものが混じっていた。
「大王を代えるということは、総漢国だけの問題では済まない。法皇の権威、帝国の連邦秩序、麒麟と鳳凰の聖別の慣例、そのすべてに波紋が及ぶ。しかも今は魔王がいる。混乱に乗じて動かれれば、誰が止める。」
「魔王は本当にいるんですね。」
魔王討伐が建前だと言われたばかりだけに、前田は少し意外そうな顔をした。
「いる。」
美凰は即答した。
「千年前、伯王波旬が異端の教義を唱え、自ら魔王を名乗った。神々は皇身位者より優位であり、仏教より魔法が上であり、魔法による統治を行うべきだとな。帝国の根幹を揺るがす思想だ。」
「皇身位者ってなんですか?」
「法皇の下に天皇・地皇・人皇の三皇、それから皇后に皇太后に――」
「え?この世界にも天皇がいるんですか?」
「いるが、それがどうした?皇后とか親王とか大王とかから祭祀を掌る者を法皇が任命する、それが天皇だ。」
天皇という名前の地位はあるようだが、日本とはかなり違う。和風の世界なのに政治面では違いが多いようだ。
「まぁ、そのことはいいです。で、その波旬って人が今も?」
「波旬本人は死んだ。だが魔王の位は子孫に継がれた。魔王は今も登仙の力を持ち、多くの成仙を抱えている。強力な魔法を持ち、千年にわたって討てていない。」
「登仙?成仙?」
「人間を仙人に変える儀式を登仙と言い、それによって仙人になった人を成仙という。つまり、登仙の能力を持つ限り魔王は配下の仙人を増やせるわけだ。そのため魔王の勢力は侮れない。」
「だから異世界から素王を召喚するわけですか?」
「名目としてはな。」
美凰は前田を見た。
「だが、現実には素王召喚は政治に使われてきた。血統に新しい血を入れるため。派閥の均衡を変えるため。魔王討伐は大義名分として便利すぎる。」
前田は沈黙した。
異世界に来れば勇者になれる。
そんな物語なら知っていた。
だが、現実に召喚された先にあったのは、剣と魔法の冒険ではなく、血統、官職、税、宗教、派閥、正統性だった。
律令風異世界。
神を名乗る男の言葉が、今さら重く響いた。
「美凰さんは、どうして尚英大王を支持しているんですか?」
前田は聞いた。
「重税で民を苦しめている暗君なんでしょ?鳳凰の多くが泰鳳についたなら、美凰さんもそちらに行けばよかったのでは。」
美凰の足が止まった。
華麟が不安そうに彼女を見た。
「・・・・・・見放された大王を捨てろ、ということか?」
「そういう意味では。」
「分かっている。」
美凰は振り返らなかった。
「尚英が愚かであることは否定しない。だが、尚英は大王だ。反逆は良くない。」
「なるほど、忠誠心が篤いのですね。」
前田が少し感動したところで、美凰は続けた。
「それに、私は泰鳳が嫌いだ。」
それだけ言うと、美凰は再び歩き出した。
前田は華麟に小声で尋ねる。
「美凰さんと泰鳳さんは、何かあったんですか?」
華麟は困ったように笑った。
「昔、張り合っていたんです。泰鳳様が若くして鳳凰の中で頭角を現し始めた頃、美凰も負けじと頑張っていました。でも、進む道が違ってしまって。泰鳳様は武と権力へ、美凰は政治の均衡を守る方へ行ったんです。」
「それで仲が悪くなった」
「はい。泰鳳様からすれば、美凰は体制側に取り込まれた裏切り者です。美凰からすれば、泰鳳様は秩序を壊す危険な改革者です。」
「聞こえているぞ、華麟。」
前を歩く美凰が言った。
華麟は肩を跳ねさせた。
「ひゃっ!」
「余計な同情を誘うな。同情で動く男は使い物にならん。」
「美凰は本当に口が悪いです!」
「事実だ。」
前田は苦笑した。
「そんな話を聞くだけで同情するわけないじゃないですか。三流ラノベの感動シーンではあるまいし。」
だが、内心では笑えなかった。
同情で動く男。
美凰の言葉は、前田の胸に刺さっていた。
自分は何で動くのか。
綾子に負けたくないからか。華麟に頼られたからか。彩比売という会ったこともない皇太子のためか。元の世界に帰りたいからか。それとも、ただ流されているだけか。
まだ答えは出なかった。
AIが書いた訳ではないと分かるように文体等を工夫していますが、ところどころに政治ネタがあるのもAI直接利用ではないアリバイになるかな?




