46 出立の会議
翌朝、麟徳府の会議室には再び地図が広げられていた。
昨日まで卓の中央に置かれていた小室通衡の書状の写しは、端へ追いやられている。代わりに置かれているのは、総漢国から皇都までの街道を記した地図と、四神の有力者がいる土地を大まかに示した別の地図だった。
窓の外には薄い朝靄が残っていた。
麟徳府の庭では、夜露を含んだ木々の葉が朝日に光っている。門の方から聞こえる足音は昨日までより多い。尚英がいつ再び使者を寄越すか分からないため、府の警戒はまだ解かれていなかった。
前田、綾子、華麟、杏麟の四人が卓を囲んでいる。
美凰と泰鳳は鳳凰界へ戻っていた。
前田は地図の上に引かれた線を眺めた。
「では、私は華麟さんと皇都へ行けば良いわけですね?」
「はい!」
華麟は即答した。
前田と二人で旅ができることが嬉しいらしい。表情を引き締めようとしているが、口元が緩んでいるため全く隠せていなかった。
「まず法皇庁へ上訴状を提出します。前田様を召喚した事情と、私と美凰による聖別、次帥轟雷法を使った時の状況について、正式に裁可を求めます。前田様ご本人がいらっしゃれば、事情をお尋ねになりたいという話になっても、すぐにお答えできますから。」
前田は頷いた。
華麟だけを使者として皇都へ送る案もあった。
だが、前田は違法に召喚された疑いをかけられている当事者である。華麟の説明だけでは、都合の悪い素王をどこかへ隠したのではないかと疑われる可能性もあった。
それならば、最初から本人が姿を見せた方がよい。
もっとも、法皇庁へ上訴状を提出したからといって、すぐ法皇本人へ会えるわけではない。
上訴はまず官人が受理し、関係する官司へ回される。素王召喚と聖別、魔瘴雲、次帥法の使用、大王府との対立。関係する役所を数え始めれば、前田が元の世界で処理していた稟議書よりもはるかに面倒な手続きを経ることになる。
杏麟は地図の南東へ指を滑らせた。
「皇都までは、官道を馬で進めば七日ほどね。華麟が麒麟の姿になって空路を進めば、もっと早いでしょうけれど。」
「前田様を乗せているのですから、無理はしません。」
華麟は少し誇らしげに言った。
「途中で休みながら進みます。お食事も私が用意しますし、休む場所も決めてあります。前田様は何も心配しないでください。」
「全部任せるのも悪いので、私にできることがあれば言ってください。」
「では、私の背から落ちないでください。」
「最重要の役割ですね。」
前田が真顔で答えると、華麟は楽しそうに笑った。
杏麟は呆れたようにため息をつく。
「新婚旅行ではないのよ。」
「分かっています。」
華麟はそう答えたが、嬉しそうな顔は変わらなかった。
杏麟は扇を開き、地図の北側を示した。
「四神の聖別については、皇都で全て済ませられるとは考えない方がよいわ。泰鳳は半月で四神を巡る旅程を組むと言い、美凰は数日で高位の四神を連れて来ると言っていたでしょう?」
「二人とも違うことを言っていましたね。」
「ええ。しかも、どちらも自分の案が採用されると思っている。」
杏麟は少し楽しそうだった。
「皇都に着く頃には、少なくとも誰が聖別に応じる意思を持っているかは分かるでしょう。その返事を見てから、皇都へ来てもらうのか、こちらから会いに行くのかを決めればよいわ。」
前田は地図を見た。
青龍、朱雀、白虎、玄武――先に呼び出した広海や鳩女たちとは別に、今度は四神の中でも高位の個体から聖別を受ける必要があるという。
その候補がどこにいるのか、前田はまだ知らない。
法皇への上訴と四神からの聖別。
どちらも前田の立場を安定させるためのものだが、誰に認められるかは、そのまま誰の派閥に近づくかという問題にもなる。
ただ力を得ればよいという話ではなかった。
「あの、前田様。」
華麟が少し声を落とした。
先ほどまでの浮かれた様子が消えている。
「皇都へ入った後は、私に相談せず書状へ名を書いたり、印を押したりしないでください。どれほど親切そうな方から勧められてもです。」
まるで悪徳商法やキャッチセールスへの対策のような話題になった。




