第二章・登場人物紹介
沙耶親王
現在の法皇の妃であり、法皇の異母妹、人皇の同母妹でもある女性親王である。
薄桃色の豪奢な礼服をまとい、髪には真珠と翡翠の飾りを差している。黙っていれば華やかで気品のある親王だが、人皇宮の門前で頬を膨らませ、門番に指を突きつけて騒ぐなど、感情が表へ出やすい。
兄である人皇を心から尊敬し、非常に強く慕っている。人皇の近くにいたい、兄の役に立ちたいという思いが行動の原動力である。しかし人皇本人は妹を政争へ巻き込みたくないと考えているため、二人の思いは少しすれ違っている。
次期法皇である彩比売を猶子とし、その後ろ盾になろうとしている。当初の意識は政治的野心というよりも「お兄様を支えたい」という思いに近いが、周囲の者たちによって、その感情は具体的な政治工作へ変換されていく。
誇り高い皇族であるため、臣民出身の皇后へ頭を下げることには強い抵抗を示す。それでも人皇を守るため、皇后に土下座してでも彩比売を猶子にするよう母から命じられ、最後には屈辱を飲み込む覚悟を固めた。
未熟で感情的な面を持つ一方、兄への思慕だけは疑いようがない。その純粋な感情が宮中政治の中でどのような力へ変わるのかが、今後の焦点となる。
紅蓮鷹女
人皇に聖別を与え、その側近として人皇宮に住む女性朱雀である。紅蓮鳩女の姉でもある。
第二章では、人皇宮の回廊の一角を勝手に改装し、絵描き部屋として使用している。画材には朱雀の姿の時に採取した自らの血液も使っており、初めてその光景を見る官人を驚かせている。
個室へ閉じこもることを嫌い、風や人の気配に触れられる回廊で絵を描くことを好む。正門に近い場所を使っているため、出入りする官人や客人の服装、歩き方、表情などを観察することも楽しみの一つとなっている。
人皇を主君として敬ってはいるが、人間や仙人の身分秩序には遠慮しない。人皇の同母妹で法皇の妃でもある沙耶親王を「あの女」呼ばわりし、門前で騒いでいても平然と対応する。
朱雀は一度つがいとなった相手と生涯離れない一夫一婦制の種族であるため、法皇が皇后のほかに複数の妾を持つ制度を理解し難いと感じている。家柄や身分よりも、強さや誠実さを重視する朱雀らしい価値観の持ち主である。
妹の鳩女が総漢国で佐藤綾子側に関与した結果、姉である鷹女と人皇まで総漢国の政争に関与しているかのような疑いを招くことになる。本人の意図とは無関係に、人皇宮と二人の素王を結ぶ政治的な線の一部となってしまった人物である。
森田春吉
人皇宮の正門で門番を務める若い舎人である。
普段は礼儀正しく、必要以上に大声を出す人物ではない。しかし人皇へ面会しようとする沙耶親王が門前で騒ぎ始めたため、朝服の裾を乱して紅蓮鷹女のもとへ助けを求めに走った。
人皇の同母妹であり、法皇の妃でもある沙耶を強引に追い返すことはできない。一方、政務に追われる人皇のもとへ自由に通すわけにもいかず、板挟みとなっている。
鷹女が沙耶を「あの女」と呼び、親王に対して遠慮のない態度を取るたびに驚くが、すぐに表情を整えて職務へ戻る。個性の強い皇族や朱雀に振り回される、人皇宮の常識人である。
六条隆秀
沙耶親王が幼い頃から仕えている初老の家令である。
主君である沙耶を敬っているが、何でも肯定して機嫌を取る人物ではない。止めるべき時には止め、沙耶が不安になった時にも、耳当たりのよい慰めではなく現実に即した助言を与える。
人皇宮の門前では、沙耶の訪問を単なる兄への面会要求で終わらせないため、「彩比売を猶子にする」という政治的目的を示して助け舟を出した。
その後は、まだ前田本人と会ってもいない段階から、将来設置される前田家の家政機関へ自派に近い職員を送り込む人事案を作っている。地盤を持たない素王の家令職員を、自分たちに有利な人材で固めようという“天下り”である。
さらに前田が四神から聖別を受ける際、沙耶親王家と露骨に結びついた四神ではなく、北方で魔王と戦う鉄蔵を候補とすることを提案した。表向きは魔王討伐への協力、実際には前田との政治的関係づくりという筋のよい案である。
沙耶の兄への思慕を理解しながら、その感情を親王家の利益へ結びつけていく、現実的で有能な家令である。
渺蔵
前田たちが魔瘴雲を祓うために呼び出した玄武である。
甲羅を背負った大蛇のような巨体を持ち、黒い鱗は光を吸い込み、甲羅には古い文様が刻まれている。地面の下から現れ、地鳴りのような声で話す。
華麟とは以前から面識があり、呼び出されると前田を「純仙の匂いと異界の匂いが混じっている」と評して興味を示した。急な召喚に応じられた比較的手の空いていた四神ではあるが、四体の中では特に落ち着きと貫禄がある。
次帥轟雷法では地脈を押さえ込み、瘴気の根を断つ役目を担った。山の一部が吹き飛ぶほどの過剰な術へ巻き込まれたにもかかわらず、最後には「また面白いことがあれば呼べ」と言い残している。
前田の無茶を危険視するよりも面白がっている節がある、豪胆な玄武である。
和子
前田側の召喚に応じた白虎である。
白い霧と共に現れる巨大な虎であり、空を直接飛ぶのではなく、跳ぶたびに生まれる霧の足場を蹴って進む。
呼び出された直後から大きな欠伸をし、華麟が「暇をしていた方々」と言いかけた時には、言い換えても失礼だと冷静に指摘した。前田が丁寧に挨拶すると「礼儀はあるな」と認めている。
綾子側の亜香子に比べると、やや落ち着いた雰囲気を持つ。次帥轟雷法では瘴気の残滓を切り裂く役目を担い、戦いが終わると山の奥へ帰っていった。
量哉
前田側の召喚に応じた朱雀である。
炎を羽衣のようにまとい、翼から火の粉を散らす。その炎は熱を持つが、周囲の草を無闇に焼くことはない。
華麟が急な召喚に応じた四神を「暇をしていた」と表現しかけても、本人は「実際、暇だった」とあっさり認めた。細かな面子にはこだわらず、瘴気払いの用件をすぐに確認する気さくな性格である。
次帥轟雷法では炎を魔瘴雲の内部へ走らせた。過剰な威力に巻き込まれた後も楽しそうにしており、火の粉を散らしながら南へ帰っている。
剛志
綾子側の召喚に応じた青龍である。
呼び出された時には昼寝をしており、眠そうに目をこすりながら現れた。綾子からいきなり名前を尋ねられ、「自分で呼んでおいて誰とは何だ」と抗議している。
自分は本当に強いと主張し、腰布留山で広海を泣かせたことを武勇伝として語る。本人によれば青龍同士ではよくある決闘だが、綾子からは即座に「ただのいじめっ子」と判定された。
さらに綾子から「下っ端」と呼ばれて激怒する。それでも魔瘴雲を放置すれば村が被害を受けるため、文句を言いながら戦いには参加した。
威勢がよく、自尊心も強い若い青龍である。前田側にいた広海とは、あまり友好的とは言い難い関係にある。
亜香子
綾子側の召喚に応じた白虎である。
登場早々に大きな欠伸をし、「何をするのか」と気怠そうに尋ねた。綾子から下っ端扱いされると牙を見せるが、その無礼な態度を恐れるどころか、むしろ「度胸はある」と評価している。
綾子から、白虎なのに名前には「赤」を連想させる字が入っていると指摘されても、特に動じない。戦いの後には鳩女たちのやり取りへ冷静にツッコミを入れるなど、乾いた笑いを見せる役回りである。
次帥轟雷法では他の白虎と共に瘴気の残滓を切り裂いた。
啓太
綾子側の召喚に応じた玄武である。
他の四神が文句や冗談を口にする中、召喚直後は黙って北の魔瘴雲を見つめていた。甲羅の下に黒い水雲を生み、その上を滑るように空を移動する。
綾子の「下っ端」発言に対しては、「若い素王は己の舌の重さを知らない」と低い声で警告した。しかし綾子から名前を尋ねられると、「啓太だ。文句あるか」と答え、結局は彼女の勢いに押されている。
無口で重々しい雰囲気を持つ一方、綾子との会話では妙に庶民的な名前との落差も印象に残る玄武である。
正田義明
皇太夫人宮大夫を務める男性である。
沙耶を皇太夫人宮へ案内し、総漢国で動きがあったことを伝えた。主君の私室へ沙耶を通した後は、自分は敷居を越えず、廊下で静かに待っている。
沙耶と母親の話し合いが終わった後も、自分は皇太夫人に仕える身だという趣旨を穏やかに答えるだけである。しかしその目は、宮中に新たな政争が起きようとしていることを理解している。
表立って策を語る人物ではないが、主君の意図と宮中の空気をよく読み、余計なことを口にしない有能な側近である。
福西
総漢国の都外れにある麟徳府の書吏である。
二人の素王、二人の麒麟、二人の鳳凰という、どう考えても政治問題にしかならない一行を受け入れることになった。泰鳳が公印を示し、華麟や杏麟まで当然のように滞在を求めたため、泣きそうになりながら受け入れの印を押している。
気弱で、自分の役人人生が終わることを何度も心配している。しかし尚英の命を受けた滋野通衡が素王二人の引き渡しを求めて来た際には、麟徳府の自治権と法皇の裁可の必要性を根拠に要求を拒否した。
声を震わせながらも法と職務を守り、滋野へ「お引き取りを」と言い切る。門が閉まった途端にその場へへたり込み、「褒められても寿命は戻らない」と嘆くところまで含めて、第二章の苦労人である。
鉄蔵
大倭帝国北方で魔王軍と対峙している高位の玄武である。征狄大将軍に任じられ、「黒鉄将軍」の異名で呼ばれている。
若い頃には皇太夫人宮で舎人を務めていた。現在も同宮との縁が深く、その薫陶を受けた者が沙耶親王の帳内にも多い。この経歴に目を付けた六条は、前田が四神の聖別を受ける際の有力候補として鉄蔵の名を挙げた。
角陽国の光輝城へ入ると、国土の九割を覆う瘴気を前に「この程度」と言い放ち、光明清浄法によって城外千里四方の瘴気を一度に祓った。口は悪く、人間の将兵を情けないと罵るが、民を救うための修行を怠った仙人にはそれ以上に厳しい。
宮本へ、知り合いの荼枳尼のために海獺の肉を用意できないかと持ちかけた。海岸部は魔王の支配下にあるため、すぐに用意できると答えれば、魔王側との独自の取引を認めることになる。宮本が罠にかかると、準備していた法皇の詔勅を読み上げ、その場で拘束した。
粗暴に見えて、術の実力、民への責任感、政治的な老練さを兼ね備えた玄武である。今後、前田との聖別を通じて総漢国の政争へ関わる可能性がある。
宮本剛大
角陽国の兵部卿を務めていた仙人である。法皇の詔勅では「山代忌寸剛大」と呼ばれている。
角陽国の国土の九割が瘴気と魔王の実効支配下にある中で軍政を担っていた。しかし菩薩戒を受けていながら、民を救う光明法の修行を、大変だからという理由で怠っている。
鉄蔵が単独で広大な範囲の瘴気を祓ったことで、これまで瘴気を放置してきた責任を問われる立場となった。
さらに朝廷側の市場には存在しないはずの海獺の肉を、すぐ十匹ほど用意できると答えたため、魔王支配地域との密かな往来を自ら疑わせた。法皇の詔勅によって間諜の疑いで拘束されると、「これまで黙認しておいて卑怯だ」と叫んでいる。
自分を捕らえた鉄蔵を「朝廷の鵺」と罵るが、鉄蔵からは、朝廷と魔王の双方に片足を置く宮本の方こそ鵺だと言い返された。
稲田幸博
地皇宮権大進を務める仙人である。何百年も前から、大倭帝国の連邦制は非効率であり、連邦構成国の権限を中央へ集めるべきだと主張している。
第二章の最後に、地皇宮の若手官吏約三十人を非公式に集めた。最初に彼らを「ここへ来ただけで素晴らしい愛国者だ」と持ち上げ、自分たちは選ばれた官吏なのだと思わせている。
角陽国で鉄蔵が瘴気を祓った事実を「帝国軍が魔王軍に圧勝した」と表現し、宮本の拘束を「裏切り者の粛清」と呼び換えた。そして角陽国の問題を、連邦制そのものが原因だという自らの中央集権論へ結びつける。
さらに前田の召喚、華麟が前田を彩比売の夫にしようとしていること、二人の素王が協力し始めたことなど、別々の事情から生じた事実を一本の筋書きへ組み替えている。
女性皇太子が素王を夫にすれば万世一系の皇統が途絶え、易姓革命が起きると若手官吏を煽り、最後には「全ては人皇の謀略」だと告げた。
露骨な嘘を一から作るのではなく、事実の一部を省略し、別々の事実を都合よく接続して物語を作る人物である。総漢国だけで進んでいた政争を、帝国中枢の皇統問題へ拡大させた。
柿田晟一
地皇宮で舎人を務める二十代半ばの人間である。
地方の下級官人の家に生まれ、都へ出てまだ二年ほどである。仙人でも高位貴族でもなく、自らを無位無官の舎人と表現している。仕事は来客の取次ぎや上官の身の回りの雑務が中心だが、いつか帝国のために働きたいという思いは本物である。
稲田から国家機密を聞く覚悟を問われた際、集まった若手官吏を代表するように立ち上がり、「帝国のために身命を捧げている」と宣言した。
純真で正義感が強い一方、知っている情報が少ないため、稲田が作った筋書きを疑うことができない。前田を彩比売の夫にする計画を聞くと簒奪だと憤り、女性皇太子が擁立された理由そのものを疑い始める。
悪意から陰謀へ加わった人物ではない。帝国へ尽くしたいという善意と、認められたいという思いを、稲田に利用されようとしている若者である。




