表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
45/105

43 地皇宮の陰謀

 地皇宮――そこは官僚機構の管理や鳳凰・麒麟らの監督の権限を持つ地皇の宮。


 帝国の首都、その中央部に広がる宮城の一角に建つ地皇宮は、法皇宮ほど宗教的な荘厳さを備えておらず、天皇宮ほど祭祀のための建物も多くない。


 代わりに目立つのは、どこまでも連なる官衙と文書庫だった。


 朱塗りの柱に支えられた長い回廊を、朝から晩まで官吏や舎人が行き交っている。地方から送られてきた行政文書、諸官司の定員に関する上申、麒麟や鳳凰との儀礼的な交渉記録。人と人ならざる種族の双方を帝国の秩序へ組み込むため、膨大な書類が毎日のように運び込まれていた。


 もっとも、天皇・地皇・人皇の三皇の役割分担は便宜上のものであり、そもそも実務の多くは帝国太政官が行うことから、多分に名目的な機関である。


 天皇は祭祀、地皇は官僚機構の管理、人皇は民政を所轄するとされている。


 しかし実際の政策は三皇の合議や太政官の審議を経る。地皇が全官吏を一人で指揮するわけでもなければ、地皇宮が麒麟や鳳凰へ日常的に命令できるわけでもない。


 監督権限といっても、その多くは名簿を整え、儀礼上の関係を確認し、問題が起きれば事情を聴く程度のものだった。


 だが、むしろ名誉と権威があるからこそ、必要以上に人が集まっている。


 地皇宮に籍を置くことは、官吏にとって一つの勲章だった。


 実際の仕事が太政官や各省の官人と重なっていても、地皇に近侍した経歴があれば将来の昇進に有利になる。仕事そのものよりも、誰と同じ宮で働いていたか、どの上官に顔を覚えられたかが重要になることも少なくない。


 法的にも地皇宮の官吏の定員は必要以上に多い。権威に見合うだけの人数が必要と言う理屈だ。


 そのため地皇宮には、高い志を抱いて仕える者だけでなく、他の官司で出世の道を見いだせなかった者、権門へ近づく機会を求める者、家の縁故によって名簿へ名前だけを連ねる者まで集まっていた。


 巨大な官僚機構の中で、自分が何のために働いているのか分からなくなる若者も多い。


 そうした者にとって、「帝国のために働く選ばれた官吏」と認めてくれる上官の言葉は、想像以上に甘美だった。


 地皇宮の一室に若手官僚らが30人ほど集まっていた。


 普段は書記たちが文書の整理に使う部屋である。壁際には木簡や紙の束を収めた棚が並び、中央の机だけが端へ寄せられていた。


 窓には厚い簾が下ろされ、廊下へ通じる扉も閉ざされている。正式な会議であれば置かれるはずの記録係もいなかった。


 集められた者の官位は高くない。


 多くは地皇宮へ入って日の浅い舎人や史生、下級の書記官だった。仙人もいれば、登仙していない人間もいる。出身地も家柄も異なるが、自分たちはまだ正当に評価されていないという思いだけは、ほとんどの者に共通していた。


「よくぞきてくれた。」


 部屋の奥に座っていた地皇宮権大進である稲田幸博が口を開く。


 稲田は数百年にわたって地皇宮に仕える仙人である。


 見た目は五十歳ほどで、頬は痩せ、白いものの混じった髪を冠の中へ丁寧に収めていた。地皇宮の最高幹部ではない。しかし若手官吏の任用や配置に口を挟める地位にあり、ここにいる者たちの将来を左右するには十分な権限を持っていた。


 集められた官吏たちは一斉に背筋を伸ばす。


「お前たちはここに来るだけで素晴らしい愛国者だ。」


 そのセリフを聞いて官吏たちは気を引き締める。


 誰もが参加できる集まりではない。


 自分たちは稲田に選ばれ、他の官吏が知らない話を聞く資格を得た。そう思うだけで、狭い部屋は帝国の運命を決める密議の場のように感じられた。


 稲田は彼らの表情を一人ずつ確かめた。


「先ほど、角陽国から伝書鳩で速報があった。」


 官吏たちが息をのむ。


 角陽国が魔王の実効支配を受けていることは、首都の官吏ならば誰でも知っている。


 だが国土の九割が失われてから長い年月が過ぎ、地図の上で黒く塗られた北辺は、若い官吏たちにとって現実感の薄い土地になりつつあった。そこから届く速報となれば、魔王軍による新たな侵攻か、残された城の陥落を告げるものだと身構えるのも無理はなかった。


「なんと、光輝城付近で帝国軍が魔王軍に圧勝し、千里四方の瘴気を払ったという。」


 一瞬、誰も言葉を発しなかった。


 意味を理解した者から順に、緊張で固まっていた顔が明るくなる。


 まさかの朗報に官吏たちは目を輝かせた。


「帝国軍が勝利!」


「それは本当ですか!?」


 若手官吏たちが身を乗り出す。今にも歓声を上げそうな者もいた。


 稲田は嘘は言っていない。ただ、実際には戦闘は一切しておらず、黒鉄将軍が瘴気を払っただけだが。


 黒鉄将軍率いる帝国軍が光輝城へ入ったこと。


 黒鉄将軍が光明清浄法を使い、城外千里四方の瘴気を祓ったこと。


 その二つを続けて語れば、帝国軍が魔王軍と戦い、勝利によって領域を奪還したように聞こえる。稲田は意図的に事実を付け加えてはいない。ただ、聞き手が誤解を解くために必要な事実を省いているだけだった。


「本当だとも。我が帝国は決して魔王如きに負ける存在ではない。」


 稲田の声に力がこもる。


 官吏たちは互いに頷き合った。自分たちが仕える帝国の強さを確認できたことが、まるで自分自身の価値を認められたように嬉しかった。


 しかし、その中の一人が遠慮がちに手を挙げた。


「では、どうしてこれまで角陽国の九割も魔王軍に占拠されていたのですか?」


 部屋の熱気がわずかに冷える。


 もっともな疑問だった。


 帝国軍が圧勝できるほど強いのであれば、なぜ今日まで国土を奪還できなかったのか。質問した官吏は反論するつもりではなく、純粋に理由を知りたがっていた。


 稲田は不快そうな顔を見せなかった。むしろ、その質問を待っていたようにゆっくり頷く。


「それはな、裏切り者がいたからだ。その裏切り者も粛清されたがな。」


 実際には、罷免された宮本兵部卿と組んで利益を得ていた帝国の朝廷の幹部は誰も粛清されていない。「朝廷の鵺」はまだ堂々と帝国を歩いている。


 宮本剛大は法皇の詔勅によって拘束されたが、罪状はまだ間諜の疑いにすぎない。裁判も判決も経ていなかった。


 それでも稲田は「拘束」ではなく「粛清」と呼んだ。


 その方が、既に悪が取り除かれ、帝国は正しい方向へ進み始めたという物語を作りやすいからである。


「なんと!角陽国に裏切り者がいたのですか?」


 先ほど質問した官吏が目を見開く。


「ああ、そうだ。それも角陽国の兵部卿が裏切っていたのだ。」


 部屋のあちこちから憤りの声が漏れた。


 官吏たちの顔色が変わる。純真な若手官吏――いや、それだけでなく、出世の機会をうかがって打算で地皇宮幹部の話を聞きに来ていた官吏らすらも、顔に純粋な怒りを浮かべる。


 打算で集まった者であっても、帝国への帰属意識がないわけではない。


 むしろ出世を望む者ほど、自分は帝国へ貢献するに値する人間だと信じたがる。その帝国が一人の裏切り者によって長年苦戦させられていたと聞かされれば、怒りは容易に燃え上がった。


 稲田は、官吏たちの怒りが十分に高まるまで待った。


「私はこれまで何百年も連邦制は非効率だと訴えてきた。法皇陛下、地皇陛下が如何に民を慈しんでもその政策が地方には行き渡らない。陛下はいつも民の生活を慮って政治をされているのに、貧しい民がいるのは何故か?それは地方の連邦構成国が邪魔をしておるからではないのか?」


 稲田は続ける。


 その言葉の中に、天皇と人皇の名が含まれていないことへ気づいた者はいなかった。


 連邦構成国に問題があることと、連邦制そのものが悪いことは同じではない。宮本兵部卿が魔王側と通じていたとしても、それだけで全ての大王国から自治権を奪う理由にはならない。


 だが稲田は、角陽国で発覚した一つの事件を、数百年にわたって唱えてきた中央集権化の正しさを示す証拠へ置き換えた。


「その悪癖が今回、軍事にまで及んでしまっていたことが発覚したのだ。」


 官吏たちは稲田の言う“改革”の必要性を理解する。


 少なくとも、自分たちは理解したと思った。


 地方の大王や官人が中央の慈悲深い政策を妨げている。ならば連邦構成国の権限を地皇宮へ集めればよい。複雑な制度を学んで間もない若手官吏にとって、それは極めて分かりやすい答えだった。


「問題は、角陽国だけではない。」


 稲田は官吏たちをゆっくりと見渡して言う。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ