42 結論
美凰は腕を組んで壁に背を預けたまま、疲れた声で言った。
「もういい。好きにしろ。ただし私は尚英の側を離れない。何か動きがあれば伝える。それが妥協点だ。」
前田は綾子に向かって小声で言った。
「佐藤さん、鳳凰ってツンデレなんだろうか?」
綾子は一瞬きょとんとして、それから泰鳳と美凰を交互に見比べた。
二人とも必死に怒っているふりをしながら、結局この場に残っている。
「ツンデレ・・・ああ、そうね。言われてみれば。怒ってるのに帰らないし。」
泰鳳が顔を赤くして叫んだ。
「帰らないんじゃない、まだ話が終わってないだけだ!」
美凰も同時に叫んだ。
「私も同じだ! 勝手に帰す方が失礼だろうが!」
華麟は口に手を当てて笑いを堪えている。肩が震えて全く隠せていない。
杏麟は扇の陰で完全に笑っていた。目尻に涙すら浮かんでいる。
泰鳳は周囲の反応に気づいて、ばつが悪そうに顔を背けた。翼の先が微かに赤い。
「・・・とにかく、旅の段取りは私が組む。半月で四神を回るなら急がねばならん。明朝までに案を出す。」
そう言い残して、泰鳳は鳳凰の姿になり窓へ向かった。
出ていく前に一度だけ美凰を見た。
美凰もまた、ほんの一瞬だけ泰鳳を見た。
だが二人とも、すぐに目を逸らした。
泰鳳は窓から飛び去った。
逃げたと言っても過言ではない速度だった。
美凰はその背を見送り、しばらく黙っていた。
それから、ぽつりと言う。
「前田と佐藤が仲良くしていると調子が狂うな。佐藤綾子の大王即位を牽制するために前田を召喚したのに。」
前田は華麟の膝から起き上がった。
「そりゃ、佐藤さんが大王になろうとするのは阻止しますって。法皇の許しを得ずに、という意味なら。でも素王同士、仲良くしないと。」
美凰は、前田が綾子に笑いかけるのを見て、苛立ちを隠そうともしなかった。
「仲良くするのが素王同士の務めだと? お前、自分がどういう立場かわかっているのか?」
翼をばさりと広げる。
「いいか、お前が綾子と馴れ合えば合うほど、こいつの大王即位への道が固まるんだ。お前だって素王だろう。対抗馬の票を増やしてどうする!」
綾子が美凰を指差した。
「あら、対抗馬って自分で認めたわね。つまり私が勝つってことでしょ?」
美凰は、しまったという顔をした。
ばっと前田に詰め寄る。
「今のは聞くな! 忘れろ!」
華麟は前田の隣にちょこんと座り直した。
「前田様はお優しいですね。でも・・・美凰さんの言うことも一理あります。私たちはあくまで別々の陣営の素王ですから。」
杏麟は冷静に言った。
「けれど現実問題として、綾子と前田が敵対すれば大王側の思う壺よ。内輪揉めしている間に尚英が手を打ってくる。そうなれば、綾子の即位も、前田が皇后になる道も、両方潰れるわ。」
美凰はぐっと言葉に詰まった。
杏麟に正論を言われると弱いらしい。
しばらく黙った後、絞り出すように言った。
「とにかく、私は鳳凰界に戻る。何かあれば知らせる。だが、お前たちの味方をするつもりはないからな!」
窓枠に足をかけて、最後にちらりと前田を振り返った。
「あと、私だと半月もかからん!数日で高位の四神を用意してみせる!」
「本当に? あの下っ端じゃなくて?」
綾子が笑いながら言うと美凰が鳳凰の姿に戻りながら言った。
「うるさい! きちんとした奴を連れて来てやる!」
美凰は夕焼けの空へ飛び去っていった。
麟徳府の会議室に、しばし沈黙が残る。
前田は窓の外を見た。
泰鳳も、美凰も、互いに否定しながら、結局同じ方向を見ている。
尚英をどうするか、魔王をどうするか、素王二人をどう扱うか――考えれば考えるほど、簡単な話ではなかった。
けれど一つだけ、決まったことがある。
遅くとも半月後までに、四神の高位個体から聖別を受ける。
そして、建前とは言え魔王討伐の準備を進める。
前田は隣の華麟を見た。
可愛い彼女は少し不安そうだったが、それでも前田の手を握った。
その手は温かかった。
前田は握り返す。
この世界に召喚された時、自分は何も分からなかった。
いまも、分からないことだらけだ。
だが、少なくとも。
隣にいる華麟を守りたいと思った。
そして、綾子とも敵対したくないと思った。
それがどれほど難しい願いなのか、前田はまだ完全には理解していなかった。
「で、どうみても二人は出来ているのに、彩比売の夫?」
綾子のからうような声に、前田と華麟は固まった。




