40 膝枕と反逆会議
反逆者という言葉を聞いて泰鳳が口を開いた。
「反逆ではない。正道に戻すのだ。千年もの間、あの重税で民が何人死んだか知っているだろう。」
いつの間にか人形なのに生えた美凰の翼が怒気で逆立つ。
「知ってるわよ! だから尚英を支持してるんじゃない、変えようがないから! 大王位は世襲なの。法皇だって、それを覆す勅許は簡単には出さない!」
杏麟が二人の間に割って入るように、扇をぱちんと閉じた。
「出さない、ではなく、出せない、でしょう? 法皇は世俗の権力争いには介入しない。けれど、魔王討伐となれば話は別よ。あれは法皇の権威に直結する問題だもの。」
美凰は言葉を詰まらせた。その間に前田は姿勢を崩す。
それでも、綾子を指差す。
「だとしても、こいつを大王候補に据えるのは駄目だ!」
泰鳳は静かに返す。
「しかしお前も前田を召喚しただろう。」
美凰が一瞬たじろいだ。
「それは・・・魔王討伐に・・・。」
「同じことだろう。手段が違うだけだ」
綾子は二羽の鳳凰のやり取りを見ながら呆れたように頬杖をついた。
それから前田にちらりと目を向ける。
「あんた、随分とモテるのね、昔から。女に取り合いされるの初めて見たわ。振られてるけど。」
「女に取り合いをされているようには見えませんが。」
「あら、彩比売殿下と華麟ちゃんのどちらかという話じゃなくて?」
華麟がむっとした顔で綾子を見ていたが、ふと綾子の視線に気付いた。
前田は、いつの間にか華麟の膝に頭を預けていた。
誰もが議論に熱中していた隙に、自然にそうなっていたのである。
華麟は膝枕をしていることに気づいた瞬間、耳まで真っ赤になった。だが振り払わなかった。むしろ空いた手で前田の前髪をそっと撫で始める。
「それにしても。」
前田は華麟の膝の上から言った。
「大王派の美凰さんもまとめて反逆者扱いするって、本当に暗君ですね。」
泰鳳はその光景を一瞥して苦笑しつつ、話を続けた。
「暗君どころか、あれは狂人だよ。重税で民から搾り取った金を自分の私兵に注ぎ込んでいる。兵力だけは帝国随一だ。」
美凰は苦々しげに吐き捨てる。
「だから厄介なんだ。正面からぶつかったら数で潰される。」
杏麟が扇を開いて口元を隠しながら、意味深な笑みを浮かべた。
「けれど、兵を大規模に動かすには法皇の勅令が要る。独断で動かせば、それこそ反逆。尚英がいくら暗君でも、法皇を無視するほど愚かではないわ。・・・今のところは。」
綾子は指を唇に当てて考え込む仕草をした。育ちが良いだけあって様になる。
「つまり法皇を味方につけたら勝ちってこと? じゃあ私が上手く立ち回ればいいわけね?」
美凰が歯を鳴らした。
「お前は黙ってろ!」
華麟は、膝の上の前田に囁くように言った。
「半月後までに、四神の高位個体からの聖別も済ませましょう。そうすれば・・・もっと安定して強い術が使えるようになりますから。」
前田は顔だけ華麟の方へ向けた。必然的に華麟の下腹部に前田の息がかかるようになる。
「聖別って、既にしてるじゃん。」
「麒麟と鳳凰からは、です。」
華麟は優しく説明する。
「前田様は召喚された時点で純仙たる素王です。そして私と美凰様から聖別も受けています。でも、皇身位者に近い立場を目指すなら、四神の高位個体からも聖別を受けるのが望ましいんです。」
「例えば次帥轟雷法ももっと凄い威力になるの?」
綾子の目が輝いた。
「良いわね! それで大王宮を吹っ飛ばして、私が大王になればよいでしょ?」
美凰が即座に叫ぶ。
「お前、それは反逆だぞ!」
泰鳳が真顔で言った。
「名案ではあります。四神の中でも上位個体と聖別をすれば、大王宮どころか周囲の官舎まで一掃して、この総漢国の腐った官僚どもを全員殺せます。」
「泰鳳!」
美凰が本気で怒鳴った。
「冗談でも言うな!」
泰鳳は涼しい顔をしていたが、目は笑っていない。
華麟は前田の髪を撫でる手を止め、少し困った顔をした。
「吹っ飛ばすのは駄目です・・・。四神の聖別というのは、必ずしも四神全体の長から受けるという意味ではありません。法皇でもない方が、いきなり最上位の個体に会うのは不自然ですから。けれど、四神の中でも高位の個体、重鎮格や幹部格から祝福を受けることで、魂の根に術の回路が刻まれるんです。そうすれば次帥轟雷法も暴発せずに制御できるようになりますし、威力も安定して引き出せます。」
美凰がはっとして泰鳳を見た。
「まさかお前、瘴気を逆に利用する気か? 素王を四神のもとへ送り込む口実に・・・。」
泰鳳は静かな笑みを浮かべた。
否定しなかった。
「瘴気が濃いほど四神も力をみせやすい。素王の器が瘴気に耐えられるなら、向こうからも聖別を申し出るかもしれん。」
綾子は目を輝かせて身を乗り出した。
「四体の神獣に会いに行くってこと? ゲームみたいで楽しそうじゃない!」
美凰は額に手を当てた。
「お前ら・・・遊びじゃないんだぞ・・・。」
杏麟はくすりと笑った。
「でも悪くないわ。半月で聖別を終わらせて魔王に挑む。一石二鳥でしょう?」
本気で魔王と闘う気がないくせに口にする。しかし、だれもそこにツッコまない。この国では魔王討伐が建前なのを知らない者はいないのだ。
泰鳳は続けた。
「とにかく、美凰たちは穏健すぎる。尚英なんかさっさと殺して新しい大王にすればいいんだ。」
前田は思わず言った。
「なんでこんな過激派が鳳凰の主流派なの?」
美凰が声を荒げた。翼が広がり、部屋の調度品が揺れる。
「主流派じゃない! こいつが異常なんだ! 大王を殺すだと、それは法皇への宣戦布告と同じだぞ! 鳳凰族が帝国から追放される!」
泰鳳は動じずに茶を啜った。
「追放されて何が困る。民は解放される。だいたい、いくら仙人と雖も鳳凰を追放できるわけがなかろう。霊力はこちらが上だ。」
「怖っ!」
前田が呟いた。
華麟がそっと言う。
「私は前田様を彩比売様の夫にするために召喚しましたから。」
今、前田に膝枕している女が言っても説得力が皆無だ。
杏麟も静かに言った。
「私は泰鳳ほど過激派ではないけれど、やはり綾子様を大王にしたいのは同じです。」
部屋に沈黙が降りた。




