39 作戦会議
麟徳府の会議室には、重い空気が満ちていた。
卓の上には、小室民部卿が持参した書状の写しが置かれている。
前田、綾子、華麟、杏麟、美凰、泰鳳の六人が顔を揃えていた。
昨夜の甘い余韻は、朝の鐘と共に吹き飛んでいた。
前田は書状を読んで、眉をひそめた。
「ちょっと待ってください。美凰さんは大王支持派ですよね。なのに、なんで私が反逆者みたいになってるんですか?」
美凰は腕を組んだ。
「次帥轟雷法を使ったりするからだ。それも、ライバルである泰鳳側の素王と組んで。」
「魔王の瘴気雲を払うために必要な措置じゃないですか!」
「次帥法を使うと、誰も瘴気払いとは信じませんよ。軍事演習、あるいは示威行動だと思われます。」
泰鳳が静かに言った。瘴気払い自体は比較的簡単にできる。瘴気雲の場合は少し勝手は違うが、それでも次帥法は大袈裟だった。
綾子が壁にもたれながら口を挟む。
「ライバルって、それ、美凰と泰鳳が仲悪くて勝手に別々に召喚したせいでしょ。私たち、元の世界では仲良かったのよ?」
完全にどうでもいいことが気になったようだ。
前田がすぐに言った。
「いや、綾子には振られた記憶しか――失礼。それはともかく、反逆者扱いは納得できません。」
「仲が良い悪いの問題ではない。」
美凰は羽根の幻影が逆立つほどの気配を放った。
「お前たちは召喚時点で純仙たる素王だ。麒麟と鳳凰からの聖別も受けている。だからこそ問題なのだ。素王が高位術式を使えば、それは政治的意味を持つ。まして別々の陣営の素王が並んで次帥法を撃ったとなれば、大王府が危険視するに決まっている。」
綾子は腕を組んだ。
「つまり、私たちが術を使ったって事実だけでアウトってこと? 地形変わっちゃったしね。」
「そうだ」
泰鳳は頷いた。
「大王はこれを口実にして、素王の管理権を奪いに来るでしょう。綾子様はこれまで、私の保証もあって大王宮の賓客扱いでした。そこから麟徳府へ移った以上、尚英は逃亡と見なしてもおかしくありません。」
華麟は青ざめた顔で書状の写しを見つめていた。昨夜の幸福な余韻など吹き飛んだように、指が紙の上を白くなるほど押さえている。
「滋野通衡・・・あの男が尚英様に余計な入れ知恵を・・・。」
杏麟は冷静に地図を広げた。
「選択肢は三つ。」
その声に、全員が杏麟を見る。
「一つ。法皇に上訴して、素王二名の召喚、麒麟・鳳凰による聖別、そして次帥法使用の緊急性について裁可を求める。」
杏麟は指を二本目へ移した。
「二つ。このまま麟徳府に籠城し、法皇の裁定を待つ。」
三本目。
杏麟の目が前田と綾子を射抜いた。
「三つ。先に魔王を討つ。そうすれば、反逆者を討伐した功績で全て帳消しになる。」
綾子が目を丸くする。
「無茶苦茶言うわね。」
「千年誰もできなかったことを、ですけれど。」
杏麟は涼しい顔だった。
泰鳳が口を開いた。
「一つ目一択だ。」
美凰は少しだけ安心した。
だが泰鳳は、続けて言った。
「ついでに、増税しか能のない尚英は廃位して、綾子様を大王にする。」
「だから!」
美凰が怒鳴った。
「あんたはそういうことを言うから反逆者の嫌疑をかけられるの!」
泰鳳は動じない。
「では聞くが、このまま政治的承認の未整理な素王を匿い続けて何になる。小室が二度目に来る時は兵を連れてくるぞ。次は門番の術程度では防げん。」
美凰はぐっと言葉に詰まった。
杏麟は泰鳳の言葉に頷き、地図の一点を指で示した。
そこは黒く塗り潰された区域だった。
大倭帝国の北辺の瘴気の濃い地域。
そして、その中心には魔王の居城があるとされていた。
「泰鳳の言うことにも一理あるわ。魔王の居城はこの瘴気の中心、大倭の北辺。ここまで辿り着いた者は千年の歴史で片手で足りる。」
綾子は地図を覗き込み、顔をしかめた。
「黒いとこ全部瘴気? うっそでしょ。国の半分くらいない?」
「半分ではありません。」
泰鳳は真剣な目で綾子を見た。
「ですが、広大です。だからこそ素王が必要なのです。異世界の魂はこの世界の理に完全には縛られない。瘴気に対する耐性も、通常の仙人より高い。」
前田は地図を見つめた。
黒い領域に魔王がいる。
自分たちを召喚した名目上の敵。
しかし、目の前の会議では、誰も純粋に魔王討伐だけを語っていない。
泰鳳の過激な発言、華麟の彩比売への夫構想、杏麟の綾子大王推し、美凰の秩序維持――もはや誰の目的が魔王討伐なのか、怪しくなってきている。
華麟はまだ不安げな顔をしていたが、意を決したように前田の手にそっと触れた。
「・・・法皇陛下への上訴は私が行きます。それと並行して、魔王討伐の準備を進めましょう。時間を稼げば稼ぐほど、こちらが有利になります。」
杏麟が薄く笑う。
「綾子さん、あなたが大王になる気はあるかしら?」
綾子は一瞬きょとんとした。
それから背筋を伸ばした。育ちの良さが滲む、堂々たる佇まいだった。
「あるに決まってるでしょ。あんな暗君より、私の方がよっぽど上手くやれるわ」
美凰が頭を抱えた。
「こいつら全員、無茶苦茶だ・・・。」
前田は冷静に言った。
「大王になると宣言して、いざ法皇の勅許を貰えなかったら単なる反乱軍ですよね。私、知りませんよ?」
杏麟は片眉を上げた。
「知らない、では済まないわよ、前田様。あなたも当事者なの」
華麟は困ったように笑いながら、前田の腕をつついた。
「でも・・・反乱軍になるかどうかは、法皇が認めるかどうかにかかっています。綾子さんを大王にするのは、魔王討伐の功績をもって法皇が勅許を出す形にすれば、正当化できます。」
いつの間にか前田を彩比売の夫にするために美凰と組む話が華麟の中から消えてしまっている。完全に泰鳳と杏麟に懐柔された。いや、前田への恋心が無意識に左右しているのか。
華麟が味方になったことに安堵して泰鳳が顎に手を当てた。
「つまり順序の問題だ。『大王になりたいから魔王を倒す』ではなく、『魔王が千年も放置されているのは大王の怠慢だから討つ』という論理にすれば、法皇も無碍にはできん。」
綾子がにやりと笑った。
「要するに結果を先に出せってことね。いいわ、わかりやすい。勉強は得意よ。」
美凰は深いため息をつきながらも、その目には覚悟の光が灯っていた。
「鳳凰界は私が押さえる。反対派もいるが・・・千年、魔王に苦しめられた民の怒りは本物だ。」
杏麟が立ち上がって地図を巻き取った。
「では決まりね。まず華麟が法皇へ上訴、並行して私と泰鳳で魔王討伐の軍備を整える。出立は・・・早くて半月後。」
華麟は前田に向き直り、不安と決意が入り混じった顔で手を握った。
「怖いです。でも、前田様と一緒なら・・・きっと大丈夫ですよね?」
「大丈夫です。」
前田は即答した。
その返事があまりに早かったので、華麟の目が少しだけ潤んだ。
美凰が言った。
「言っておくが、私は綾子を大王にすることには反対だからな。それを阻止するために前田を召喚したんだから。泰鳳の好きにはさせん。反逆は駄目に決まっているだろう。」
泰鳳は美凰の宣言に目を細めた。穏やかな表情の奥に鋭い刃のようなものが光る。
前田も頷く。
「私も佐藤さんが反逆者になるのを見たくはありません。」
華麟がはっとする。前田は政治を知らないように見えたが、反逆を是としない信念を持っていたらしい。
いや、そもそもだからこそ召喚したのではないか――そう華麟は思い出す。




