37 大王命でも、門は開かない
翌朝、麟徳府の門前に、小室民部卿滋野朝臣通衡が現れた。
朝靄の中、黒塗りの牛車が止まる。周囲には大王府の官人と兵が控えている。数は多くない。だが、明らかに威圧のための随行だった。
滋野朝臣通衡は五十を過ぎた痩身の男である。細い目に油断のない光を宿していた。尚英に仕える民部卿であり、重税の実務を担ってきた官僚でもある。民からは嫌われているが、帳簿と法令には強い。
門番が槍を立てた。
「麟徳府へ何用か」
小室通衡は鼻を鳴らした。
「大王陛下の命である。門を開けよ」
門番は動かなかった。
「麒麟の自治権に属する府である。大王命というだけでは通せぬ。それこそ、明白な反逆の証拠でもない限りは」
滋野の顔が引きつる。
「何だと?」
書吏の福西も門の内側から現れた。昨夜、素王二人を受け入れる印章を震える手で押した男である。顔色は悪いが、声は意外にも落ち着いていた。
「迂闊に官吏を入れると、我々が麒麟に殺されますのでな。」
最後の一言は、冗談ではなく半ば本音だった。
小室は懐から紫紙の書状を取り出した。大王の璽が押されている。
「勅命であるぞ。これを読め!」
門番が受け取り、福西が横から覗く。
二人の顔が強張った。
「・・・素王二名の即時引き渡し?」
書吏の眉間に深い皺が刻まれる。
「さらに、次帥轟雷法濫用および麟徳府への無届集結につき、前田弘貴、佐藤綾子、華麟、杏麟、美凰、泰鳳の事情聴取を命ずる・・・。」
小室はにたりと笑った。
「理解したか。昨日の件は明確な法令違反だ。大逆の疑いで大王府への出頭を命じる。素王二名が、異なる麒麟・鳳凰を伴って合流し、次帥法を用いて山地を破壊した。しかも瘴珠を回収しながら、王宮へ報告せず麟徳府へ逃げ込んだ。これは大王国の統治秩序を揺るがす行為だ。」
門番は書状と小室の顔を交互に見た。
そして、静かに言った。
「通せぬ。」
小室の笑みが消える。
「・・・何だと?」
門番は槍を地面に突き立て、姿勢を正した。
「法に照らせば、素王は異世界より召喚された時点で純仙である。聖別によって純仙となるのではない。さらに前田弘貴様は華麟様と美凰様から、佐藤綾子様は杏麟様と泰鳳様から、主君としての聖別を受けている。麟徳府に保護された素王を、大逆の証拠なく引き渡すことは、麟徳府の自治権を侵すことになる。」
福西が続ける。
「それは大王といえど単独では行えません。法皇の裁可が要ります。」
滋野は歯噛みした。
「聖別の政治的承認は済んでおらぬ。」
「それは法皇庁の判断を仰ぐべき案件です。」
「次帥法の濫用はどうする?」
「重大な問題であることは認めます。」
書吏の声は震えていたが、退かなかった。
「しかし、魔瘴雲の接近と瘴珠の発見という緊急事情がありました。この件は大王府だけでなく、法皇庁、術部、ならびに麒麟・鳳凰・四神に関わる儀礼上の判断を要します。」
小室は一歩詰め寄った。
しかし門番の背後で、もう一人の門衛が術式の構えを取っているのを見て足が止まった。
「覚えておれ。これは大王命だぞ?」
福西は冷めた声で言った。
「お引き取りを。それと、この件は法皇庁に報告させていただく。」
滋野は顔を紫色にして踵を返した。
黒塗りの車が朝靄の中へ消える。兵たちも続いた。
門が閉じると同時に、書吏・福西はその場にへたり込んだ。
「俺の人生、やっぱり終わった・・・。」
門番は小さく言った。
「カッコ良かったですよ。」
「褒められても寿命は戻りません。」




