35 「こっちは彼女になってくれる女性にしか興味ないですよ」
廊下の外から声がした。
「前田く~ん、まだ起きてる?」
綾子の声だった。
「喉乾いたんだけど。お茶とかないの?」
華麟がびくりとする。
前田は少しだけ苦笑し、扉を開けた。
夜着姿の綾子が廊下に立っていた。髪はほどかれていて、昼間より少し柔らかく見える。だが、態度は相変わらず偉そうだった。
「なんで私を振った女にお茶を出さないといけないんですか?」
前田は平然と言った。
「こっちは彼女になってくれる女性にしか興味ないですよ。」
綾子は目を瞬かせた。
それから、呆れたように息を吐く。
「振ったって何よ。私、あんたと付き合ってないでしょう。」
「そりゃ、相手にされずに振られましたから。」
綾子は腕を組んだ。
「そもそも、あんたのことを好きになったことは一度もないんだから、振ったというより、最初から対象外だっただけよ。」
華麟が部屋の中で小さく息を呑む。
前田は笑いながら言った。
「正直だな。」
「事実でしょ?」
「事実ですけど。」
「でも。」
綾子は少しだけ視線を逸らした。
「あんたを泊めたことを、後悔してるわけじゃないわよ。」
「そりゃ男として見てないからね。」
「そういうこと。私はあんたを弟分みたいに思っていたし、あんたが変なことをする人間じゃないことも知っていた。だから泊めた。それだけ。」
「ま、他の男も泊めているんでしょうけど。」
「なんでそんなこと言うの? ま、誰が泊まっても私をどうこうはできないけどね。」
綾子は不敵に笑う。
「まあ、私と仲良くなれて嬉しかったでしょ?」
前田は少し笑った。
「綾子さんにしては優しいですね。」
「失礼ね。私はいつも優しいわよ?」
「それはかなり無理があります。」
「育ちが悪いくせに言うようになったわね。」
「異世界に来ましたから。」
綾子は鼻で笑ったが、怒ってはいなかった。
むしろ少し楽しそうだった。
「お茶は?」
「自分で探してください。」
「本当に出さないの?」
「彼女になってくれる女性にしか興味ないので。」
部屋の中で華麟が変な声を出した。
綾子はそれを聞き逃さなかった。にやりと笑う。
「へぇ。そういうこと?」
「何ですか?」
「別に?」
綾子は踵を返す。
「お邪魔しました。華麟ちゃん、頑張ってね♪」
「綾子さん!」
華麟の声が裏返った。
綾子はひらひら手を振り、廊下の角へ向かった。
扉を閉めると、華麟が寝台のそばで顔を覆っていた。
「聞かれてました・・・。」
「ですね。」
「頑張ってねって言われました・・・。」
「言われましたね。」
「前田様、なんで平然としてるんですか?」
「平然としているように見えます?」
「見えます。」
「本当は結構恥ずかしいんですよ?」
「絶対嘘です・・・。」
華麟は顔を上げた。涙の跡が残っている。
だが、表情は明るかった。
「前田様。」
「はい。」
「私、彼女になったんですよね?」
「はい。」
「夢じゃないですよね?」
「夢じゃないです。」
「嬉しいです。」
華麟は小さくそう言った。
外の騒ぎはまだ続いている。
明日になれば、大王の怒りが届く。
それでも、この一瞬だけは静かだった。
8/6 改題




