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17 そういうときはじたばたするしかないよ

「ほう、そんなことを素王が?」


 小室民部卿滋野朝臣通衡は枝野利久からの報告に戸惑いと同時に興味を示した。


 民部省の奥にある卿の執務室は、外の喧騒から少し切り離されたように静かだった。


 壁際には帳簿が積まれ、机の上には各地から上がってきた租税の報告書が広げられている。香炉からは薄い煙が立ち上り、墨と紙と香木の匂いが混ざっていた。


 小室民部卿はその書類の山の向こうで、枝野をじっと見ている。


「はい、閣下。間接税等と言うのはあまりにも突拍子もないアイディアです。」


「突拍子もない、か。」


「はい。少なくとも律令の本来の体系からは外れます。」


「だが、租庸調の上乗せを続けるよりは筋がよい。」


「筋がよい、ですか?」


「民が耕すほど奪われると思えば、田は荒れる。だが売買に応じて税を取るなら、少なくとも耕作そのものを罰する形にはならぬ。」


「しかし、商人どもが黙って従うとは思えません。」


「黙らせるのが民部省の仕事だ。」


「それはまた随分と乱暴な。」


「乱暴ではない。徴税だ。」


 小室民部卿は楽しそうに笑った。


 その笑みは穏やかだったが、枝野には少し怖く見えた。官僚というものは、民の負担を論じているときほど、妙に冷静になることがある。


「では閣下はこの間接税導入を前向きに検討されるということですか?」


「そうだな。何しろ租は不作の時は取れないが、その間接税とやらはどんな時でも取ることが出来る。少なくとも都市部の人間は買い物をせずに暮らすことはできないからな。租庸調の減税の代わりに間接税とは、良い考えではないか。」


「ふ、不作の時も?」


 ふと枝野は佐藤綾子が「安定財源」と言う言葉を使っていたことを思い出した。


「問題はそこだ。民への説明では、租庸調を本来に戻す減税と言えばよい。」


「実際には都市から恒常的に取るわけですね。」


「都市は金が動く。金が動くところから取るのは当然だ。」


「わかりました、閣下。確かにその案ならば大王殿下も呑むかもしれません。」


「はっはっはっ、大王殿下とその佐藤綾子素王とが仲良くしてくれたならば、我々にとっては願っても無い展開であるな。」


「そうですね。泰鳳らによる反乱への牽制にもなりましょう。」


 そう表向きは言いながら枝野は心中穏やかではない。


(不作の時も税を取ることになること、あの女はわかっていて言ってるのだろうか?)


 枝野に向かって佐藤は「租庸調を律令の規定以上に取るのは良くない」「民衆の生活を考えないと」と言っていた。


 だが、佐藤が「安定財源」の四文字を口にした時の表情を、もっと見ておくべきだったかもしれない、と枝野は反省する。


「それではこれにて失礼します。」


「おお、今日はもうゆっくり帰ってよいぞ。」


「ありがとうございます。」


 枝野は真っ直ぐに帰らず、市場に行く。


 夕方の市場は、まだ人の流れが絶えなかった。干した魚、豆、布、薬草、木工品。店先には品物が並び、商人たちの声が飛び交っている。


 活気がある。少なくとも重税に苦しむ農村部とは大きな違いだ。租は農作物にかかる税であるから農村部の方が重税に苦しんでいる。


 市のはずれで何気なく鳩に餌をやっていると、一匹の鳩が近づいてきた。


《ありがとう!優しいね。》


「は!?鳩が他心通を使うだと?」


 成仙である枝野は動物の鳴き声の意味もある程度はわかる。しかしながら、テレパシーの出来る鳩など聞いたことがない。


《あ、この姿では不信感を抱かれちゃいますね。》


 そういうなり鳩は姿を変化した。


 羽が紅く燃えるように広がり、小さな鳥の輪郭が一回り大きくなる。尾羽は細く長く伸び、夕陽を受けて赤金色に輝いた。


「朱雀やったんかい!」


 目の前には四神の一つである朱雀がいた。


「私はまだ人間には変化できないんですけど、そんな私でも都にくるとなんか仕事あるかな、って。」


「無いよ!都は人間や仙人に最適化された構造になっているから、麒麟や鳳凰ですら人形に変化して働いているんだよ。」


「そんな~。」


「君、名前は?」


「紅蓮鳩女って言います!」


「そのまんまやん!」


 鳩女と言う名前だから鳩に化けるとは、そのまま過ぎて拍子抜けする。


「そもそも朱雀なら山の中で暮らしていても良いだろうにどうして?」


「出世したいんです!」


「朱雀が出世を求めて都へ来るのか。」


「ええ、お姉ちゃんの紅蓮鷹女は人皇陛下に聖別して一気に出世しましたし。」


「は?姉が人皇陛下に聖別?」


「はい!今では人皇陛下の側近です!」


「それはすごい血筋ではないか。」


「だから私も頑張れば何とかなるかなって!」


「なのにどうしてあんたは・・・。」


「落ちこぼれ扱いしないでください!」


「そうとは言ってないよ。」


「今の間は絶対そういう間でした!」


「いや、少しだけ思った。」


「やっぱり!」


「ところで貴方は誰なんですか?深緑の朝服って、それなりに偉い人なんですよね?」


「それなりって・・・。まぁ、あれだ。民部少丞と言って民部省の中では上から五番目だ。」


「上から五番目!すごいです!」


「いや、卿、大輔、少輔、大丞がいて、その下だぞ。」


「でも偉い人ですよね!なので雇ってください!家事でも何でもします!」


「鳥の形でどうやって家事をするんだよ!」


「火を噴くぐらいなら朝飯前ですよ?」


「なるほど、料理や風呂の手間は確かに――」


「それじゃあ私を!」


「待て。それ、単なる居候では?」


「違います!住み込みの朱雀です!」


「言い方を変えただけだろ。」


「ちゃんと働きます!朝起こします!」


「わかったよ。私も一人暮らしは寂しいからな。」


「おじさん、独身だったんですか!?」


「聞かないでくれ・・・。」


 枝野は鳩女を連れて帰ることにした。


 市場の喧騒の中、紅い朱雀が嬉しそうに枝野の肩へ乗る。周囲の人々が驚いて振り返ったが、枝野はもう気にしないことにした。


 今日一日で、素王の税制改革案に、喋る鳩の朱雀である。


 いちいち驚いていたら民部省の官吏など務まらない。


 これが却って佐藤綾子に振り回される因縁を増やすことになると、彼は数日後には思い知ることになる。


鳩女はウルスラのような女の子にしようと思ったんですが、私が書くとこうなってしまいました。

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