15 近いうちに国民の信を問う
総漢国飛天宮――
泰鳳が大王との謁見を終えて佐藤綾子と杏麟の待機する飛天宮に行くと、綾子は図書寮から借りてきた本の山と格闘していた。
飛天宮は、大王宮の奥に設けられた迎賓用の宮である。名の通り、梁や欄干には天女や鳳凰が飛ぶ彫刻が施され、磨かれた床には昼の光が淡く反射している。
しかし、その優雅な部屋の中央には、優雅さとは程遠い光景が広がっていた。
机の上には本が積まれ、床にも木簡や巻物が広げられている。筆と墨、紙片、綾子が書きつけた覚書が散らばり、まるで官庁の一室をそのまま持ち込んだようだった。
綾子はその中心で、片手に本を持ち、もう片方の手で紙に何かを書き込んでいる。
「これは一体・・・?」
泰鳳は思わず立ち止まった。
「仙術から政治、生態系、天文、さらには庶民の暮らしまで、知りたいことは全て確認されているようですわ。」
杏麟が笑顔で言う。
「一日でか?」
「正確には半日ほどですわ。」
「半日で図書寮を荒らしたのか。」
「荒らしてはおりませんわ。必要なものをお借りしただけです。」
「借りた量ではないだろう。」
「綾子様には必要なのです。」
「必要なら何でも通ると思っているのか。」
「素王ですもの。」
「それはそうなのだが・・・。」
泰鳳にとっては確かに喜ぶべき事態だ。
だが、何故か嫌な予感がする。
綾子の吸収速度は、想定を超えていた。異世界から来た人間は、まず生活習慣や身分制度を覚えるだけで精一杯のはずである。
それなのに彼女は、すでにこの国の税と法と官制へ手を伸ばしている。
「それに綾子様は税制改革の案も既に作られましたわ?」
そう言って杏麟は一枚の紙を見せる。
ひらがなやかたかなは泰鳳には理解できない。
仙人や麒麟、鳳凰、四神らはあくまでも相手の言葉の意味を理解する能力が発達した結果、翻訳魔法を使っているかのように見えるだけである。
だが、漢字や図を追うだけで綾子の構想がだいたいは理解できた。
「間接税?租庸調の負担を大幅に下げて律令本来の税率に引き下げると同時に、市場での売り上げに税をかけるだと?」
大倭帝国では租は元々収穫の3%と少ない。ただ、連邦を構成する各大王国が追加で様々な税負担を課していたため、民衆の手取りが少なくなっていたのだ。
「斬新なアイディアですわね。」
「だが、一体、民衆の消費をどうやって把握する気なんだ?」
「そのあたりはこの国での徴税実務はどうなっているのかと枝野が大分質問責めにあってましたわ。」
「同情する。」
そう言いながら泰鳳が椅子に座ると、ふと綾子が伸びをして立ち上がりやって来た。
肩まで落ちた髪を軽く払う。その仕草は気まぐれな令嬢のようでもあり、今しがた一国の制度を読み解いていた学者のようでもあった。
「あ、私の政策見てくれているんだ!ありがとう!」
「これは本気で考えたものか?」
「そういうこと!私の元居た世界では当たり前だったんだけど、この世界でもできるかな、と思って。」
「売買のたびに税を取るとなれば、商人は隠すぞ。」
「ああ、脱税なら心配ないわ。商人は必ず自分の売り上げの帳簿をつけるもの。不審な事をしていると家宅捜査して帳簿を確認すれば不正は必ずバレる。まさか脱税のためだけに帳簿を捨てる商人がいると思う?」
「それは確かに・・・・。」
「それにね、やっぱり働いて稼いだ分から税を取られると勤労意欲が下がると思うのよね。」
確かにそれはそうだ、と泰鳳も思う。
と言うよりも、大王の暴政で民衆がやる気をなくし、このままでは国が亡びると思って新たな大王には異世界から呼んだ素王を即位させよう、と思ったのは他ならぬ泰鳳なのだ。
綾子は紙を泰鳳の手から取り戻すと、当然のように机へ戻り、そこに赤い印をつけた。
その横顔には、呼び出されたばかりの異世界人らしい怯えはない。
自分が何を期待されているか理解し、その期待を利用する側へ回ろうとしている顔だった。
「では、立ち上がってくださるのですね?」
泰鳳の問いに綾子は無邪気な笑顔で応じる。
「当たり前じゃないの!私がやらずして誰がやるの?」
その笑顔を見て、泰鳳は一瞬だけ息を呑んだ。
求めていた答えである。
だが同時に、扱い切れる相手なのかという疑念も胸をよぎった。
杏麟はただ嬉しそうに綾子を見つめている。
飛天宮の外では、池の水面に風が走り、蓮の葉が小さく揺れていた。
総漢国の政争は、静かに、しかし確実に形を変え始めていた。
――もちろん、泰鳳は異世界で起きた「消費税増税に命を懸ける」と言った政治家の“自爆テロ解散”の件など、知ろうはずもない。
何気に年齢設定から佐藤綾子はゆとり世代で前田弘貴はZ世代なんですよね。
佐藤綾子は元の世界では政治に興味なんかないノンポリでしたが、ノンポリでも知っていることがあるのが、ゆとり世代です。




