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107 華麟と船に乗る

 前田と華麟が旅に出て五日目、雨は上がった。


 二人は広い河を渡る渡船を待ちながら、再び彩比売と総漢国の話をした。


《華麟さんと美凰さんは、私が召喚されれば佐藤さんを旗印にした反乱への抑止力になると考えたんですよね?》


 前田が尋ねると、華麟の思念がわずかに揺らいだ。前田の方からテレパシーを使うのは政治的な話をするつもりである証拠だ。


《建前ではなく本音で話してほしいんです。私と彩比売様が親しくなれば、次の法皇の夫という立場から総漢国へ影響を与えられる。そう考えたんですよね?》


 華麟はすぐには答えなかった。そうこうしているうちに渡り船がやってくる。


「川は全てを洗い流すんだなぁ。」


 雨上がり特有の濁流を見ながら前田は呟いた。土砂の混じった色の川だが、その川岸に立つのは何故か心地良い。


 渡船へ荷車が積み込まれる音と、河岸へ打ち寄せる水音が続く。


 すると華麟が観念したように思念を返した。


《はい。その通りです。》


 いつもの明るさはなかった。


《前田様と彩比売様が結ばれれば、次期法皇の夫である前田様は、総漢国の問題について朝廷へ訴えることができます。もちろん、法皇の夫が大王国へ直接命令できるわけではありません。それでも泰鳳が綾子様を旗印に武力へ訴えようとした時、法皇側から正当性を否定する力にはなります。》


 華麟の背が少し強張った。


《でも、綾子様に血塗れの道を歩かせたくないという気持ちも本物です。あの方は傲慢ですし、前田様への態度には腹が立ちますけど、本来、政争のために人を殺すような方ではありません。》


《そこは同感です。》


《それに、前田様には彩比売様と会い、あの方が置かれている立場をご自分で確かめていただきたいと思っています。これは政略だけではありません。》


 前田は華麟の首筋を軽く撫でた。


《分かりました。信じます。》


 華麟は何も答えなかった。


 しかし、前田を乗せる背中から緊張が少し抜けた。


「おや、高貴な兄さんと麒麟さんか、高貴な人からは高い金をとるぞ?」


 そう冗談を言いながら船乗りの一人が前田に早く乗るように手で合図した。


「ほらほら、早くしないと出発しちゃうぞ?」


「金なら出すので置いていかないでください!」


 前田が笑いながら言うと、華麟が前田を載せたまま船の方へ進む。


《川は確かにすべてを流しますが――前田様、素王の徳はどんな濁流の中でも流さないでくださいね?》


「わかった。」


 おもわず声に出して返事をしてしまい、船員が怪訝な顔をする。が、無作法に見える船員もサービス業の人間ではあるようだ。


「あ、兄さん、船に早く乗らないといけないのが分かったってことか。そりゃ良かった。」


「そ、そうです。お願いします。」


「にしても紫の衣を着ているのに偉そうにはしないんだな、兄さんは。」


「そりゃ、服装で私の身分がわかっていても『兄さん』と呼べるような人の前で偉そうにしても無駄ですから。むしろ気が抜けてちょうど良いですよ。」


「はっはっ、わかってるじゃないか。」


 こうして前田と華麟は大河を超えた。後は整備された道をまっすぐ進むだけだ。

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