10 荼枳尼の夕餉
先ほど狩りをしていて前田を怖がらせていた荼枳尼の彩葉は、山の庵にある小屋に帰った。
夜の山には虫の声が絶え間なく響いている。木々の隙間から差し込む月明かりが獣道を淡く照らし、彩葉は三頭の白狐を従えながら軽やかに山道を駆けていた。
荼枳尼も普段は里に住んでいる、大倭帝国の公民である。ただ、完全肉食と言う習性もあり、狩りのために野山を翔けることは珍しくはない。
流石に人間を狩ろうものならば捕まるわけであるが。
やがて山腹の開けた場所に建つ小さな木造の小屋へ辿り着く。軒先には干した獣皮や燻製肉が吊るされ、狩人の住処らしい匂いが漂っていた。
「おや、彩葉、狩りの成果はどうだった?私は猪を三頭しとめて、それからそこにいる青龍をいけどりにしたよ。」
小屋の隅の檻を指しながら彩葉の狩猟仲間で姉貴分の荼枳尼である禹菜が言った。
檻の中では、全長二メートルほどの青龍が長い身体をくねらせながら格子へ何度も体当たりして暴れている。青い鱗が囲炉裏の火を受けて鈍く光り、尾が床を叩くたびに檻全体がガタガタと揺れた。
「出せ!おぼえてろよ!」
バタバタと叫ぶ青龍に彩葉が訊く。
「名前は何て言うのかい?」
「広海だ!」
「あら、可愛い。」
「言うな!これでも大倭帝国の青龍族の長・蒼龍真君のはとこの三男であるぞ!」
「他人じゃない。」
禹菜が口を挟むと彩葉もツッコむ。
「なんでそんな良い血統なのにこの山をほろほろして捕まるの?」
「ひ、暇だったからだ・・・。」
「高等遊民ということかい?」
彩葉は容赦なかった。
広海は長い胴をばたつかせ、尾で床を叩いて抗議したが、反論できない。龍の顔をしかめて唸ってみせても、二人の荼枳尼はまるで意に介していなかった。
「ところで彩葉は何を狩った?」
「獲物は鹿一頭だけだけど、もっと面白いものを見つけたよ。仙人さ。」
禹菜の耳がぴくりと動いた。
「おい、仙人を狩ったのか?青龍はともかく仙人を殺すのは国法で禁止されているぞ?」
「俺を殺すのも違法だよ!賊盗律には四神の殺害は殺人罪と見做すとあるだろ!」
広海のツッコミは無視される。
「捕まえてはいないさ。ただね、その仙人と言うのが若い男の子の素王なんだよ。」
「ほう。素王って、女の子と聞いたけど?」
「多分、違法に召喚されたもう一人の素王だろうねぇ。面白くなってきたよ。」
「そういえば皇太子の夫を素王にしようと言う動きがあったね、確か。」
「ああ、確かにそれかもしれないね。」
「ならそいつ、容姿はどうだった?」
「平凡だねぇ。」
「仙人だの人間だのが考える恋愛と言うのはよく分からんな。顔が良くなくても夫にしたいのかね。」
荼枳尼は女性しかおらず、他の人類との間に子供を作るが基本は恋愛はなく性愛だけの生物である。
況してや、夫婦で暮らす概念のない生物に政略結婚など理解は困難だ。
「仙人どもは血筋や霊格だの何だのと言って騒ぐ生き物だからね。私たちとは価値観そのものが違うのさ。」
「私たちは腹が満たされて、毎日楽しく狩りができれば十分だものね。」
「権力なんて食べても美味しくないしねぇ。」
禹菜のその言葉を聞いて頷くように彩葉は言った。
「姉貴の言う通りだよ。どうなるにせよ、仙人たちが権力闘争をして私たちが損をすることはない。」
「それでなんでお前たちは俺を捕まえてるんだよ!」
無視されていた広海が叫ぶ。
「ああ、ごめんごめん。ちょっと趣味だよ。」
禹菜が言う。
「趣味?」
「姉貴はね、強い生き物を捉えるのが好きなの。きちんとキャッチアンドリリースするから安心しな?」
「だけどこいつ、あんまり弱いからやっぱり龍の肉の鍋にした方が――」
「やめろぉぉぉぉっ!俺は食材じゃない!青龍だ!」
「冗談だよ。」
広海は長い身体を縮こまらせ、青い鱗を小刻みに震わせた。龍の顔が見る見るうちに青ざめていく。
「姉貴、怖がらせ過ぎだよ?」
「悪い悪い。じゃあ彩葉、こいつを放流してあげて?」
「わかったよ。」
彩葉は軽々と龍の入った檻を持ち上げ、小屋の外へ運び出す。鉄製の檻には広海が入っているにもかかわらず、その足取りは驚くほど軽かった。亜人の中でも荼枳尼の身体能力は際立っている。
夜風が山肌を吹き抜ける。
彩葉は檻を地面へ下ろすと錠前を外した。
「あ、そうそう。私たちは魔王側の人間では無いから、もし素王なり政府の偉い人なりに今後会ったらそのことはきちんと伝えるんだよ?」
広海は恐る恐る檻から長い身体を這い出させる。翼を畳みながら外へ出ると、龍の首を何度も縦に振った。
「ああ、魔王よりも理不尽な奴がこの山の庵にいると伝えておくよ。」
憮然とした様子で広海は言うと、大きく翼を広げた。
青白い鱗に覆われた龍体が地を蹴り、夜風を巻き起こしながら夜空へ舞い上がる。月明かりを浴びた鱗が銀色に輝き、長い尾をなびかせながら山々の向こうへ飛び去っていった。
彩葉はその姿を見送り、小さく笑う。
「元気があってよろしい。」
そう呟くと、白狐たちを引き連れて再び小屋の中へ戻っていった。
こういう風に様々な場面や登場人物が出てくる作品はAIにはまだまだ作れないようですね。
人間の出番があるのは嬉しいことです。




