105 佐藤綾子に反乱はさせぬ
その頃、角陽国――
「なんだ、角陽国の大王府からだけでなく、お前も来たのか。」
「ええ、鉄蔵さま。お察しの要件です。」
渺蔵は黒鉄将軍に会いに角陽国までやってきていた。既に角陽国の大王府からも黒鉄将軍には要件が伝わっているが、二人の素王の聖別の件である。
二人のいる光輝城の城壁からは、鉄蔵の光明清浄法によって瘴気を祓われた雪原が一望できた。
何年も灰黒色の霧に隠されていた針葉樹の森と、凍った大河が、低い空に浮かぶ四角い太陽の光を反射している。
しかし、その先の地平にはなお瘴気が黒い帯のように淀み、魔王の実効支配地域との境を覆っていた。
城内では、黒地に玄武を染め抜いた軍旗が寒風にはためいている。城壁の下からは、再編を進める兵たちの号令と馬のいななきが絶えず響いていた。
鉄蔵と渺蔵は今はどちらも元の玄武の姿になっていた。黒鉄将軍と呼ばれるようになった今でも、玄武同士の方が鉄蔵も気が楽らしい。
「書状は読んだ。前田弘貴と佐藤綾子、二人へ同じ四神が聖別を与えるという話だな。」
「はい。二人が魔王討伐のために協力していることを、帝国全体へ示す意味もございます。」
「だが、一人は東宮殿下の夫候補で、もう一人は総漢国の大王位を狙っている女だ。」
「だからこそ鉄蔵さまのお力をお借りしたいのです。二人を放っておけば、別々の政治勢力に取り込まれましょう。」
「ふん。面倒な政争まで北方へ持ち込みおって。だが、儂も聖別に加わろう。」
そう黒鉄将軍が言うと渺蔵は満足そうにいった。
「承諾されると思っておりました。やはり皇太夫人宮に仕えておられた鉄蔵さまですな。」
「はっはっは、儂は確かに皇太夫人側だが、お前らに協力するのは別に皇太夫人のためではない。帝国全体のためだ。」
「帝国全体のため、ですか?」
「素王二人が別々の四神から聖別を受ければ、いずれ帝国の兵まで二つに割れかねん。同じ四神が二人を聖別し、一つの秩序の中へ置いておく方がよい。」
「前田様を東宮殿下の支えとしながら、佐藤綾子様にも勝手な行動をさせぬためですな。」
「そういうことだ。東宮殿下の夫を立派な素王とし、またもう一人の素王の女は反逆など起こせぬように囲うというわけだ。」
黒鉄将軍の目が武人らしく光る。それを聞いて渺蔵も言った。
「鉄蔵さまから聖別を受けると、いくら佐藤綾子と言えども鉄蔵さまの目の黒いうちは変なことはできませぬな。」
「バカもん、儂は目が見えんようになっても反乱は阻止してやるわ。下剋上など、どんな理由があっても許すわけにはいかぬ。」
それから続けた。
「強行軍で帝都に向かう。その間、軍の指揮はお前がとれ。」
「は?」
渺蔵は固まる。総漢国でのんびりしていた男だ。
「冗談だ、指揮は副将軍にさせる。だがな、お前も儂の書類番ぐらいはしておけ。わかったな?」
「・・・承知しました。」
玄武の世界はある意味縦社会である。渺蔵は総漢国に当分は帰られないことを悟った。
更新頻度を減らしているのに毎日3桁以上の読者がいて、感動しております。
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