102 鵺への一歩
泰鳳個人が尚英と同じ身分であるわけではない。しかし泰鳳は、尚英の臣下として任命された一官吏ではなく、自治を認められた総漢国の鳳凰界を代表する総領である。その背後には、大王と対等な地位を持つ鳳凰王を頂点とした、帝国全体の鳳凰社会が存在している。
そのため、泰鳳が尚英の政治を批判し、大王を交代させるべきだと主張しただけで、ただちに大王への反逆として処罰することは難しい。過去の教倒の乱を経て保障された鳳凰の自治と政治的な発言権を、総漢国大王の判断だけで奪うことはできないからである。
もちろん、何をしても許されるわけではない。
泰鳳が法皇の勅許を得ないまま尚英を殺し、実力で佐藤綾子を大王にすれば、正式な謀反として裁かれる可能性が高い。美凰が繰り返し彼を反逆者と叱っているのも、その一線を越えかねない発言を泰鳳が平然と口にするからだった。
それでも、批判を口にしただけで捕らえれば、鳳凰側は教倒の乱以前へ戻そうとしていると受け止める。帝国も総漢国も、二千年前の内戦を再び招く危険を冒してまで、泰鳳の口を塞ぐことはできなかった。
「なるほど。教えてくれてありがとうございます。」
前田は納得したようにうなずいた。ただ、内心は違う。
綺凰の説明で制度上の理由は理解できた。泰鳳が大王を公然と批判しながら総領でいられるのは、尚英が寛容だからでも、政府が彼を恐れて何もできないからでもない。過去の流血を踏まえて作られた制度が、鳳凰社会の自律を守っているのである。
だが、その制度が生まれた過程では、二人の法皇が並び立ち、法皇も三皇も処刑され、鳳凰や麒麟も虐殺された。今の均衡は理想的な話し合いの結果ではなく、どちらも相手を滅ぼし切れなかった末に作られたものだった。
サラリーマンだった男が本心を表に出すはずがないのだ。前田は少しきまずそうにしつつも綺凰に頷いている華麟を見て、若干の残念さすら感じていた。
華麟にも、麒麟として受け継いできた歴史の見方がある。
前田にとって華麟は、自分をこの世界へ呼び、慣れない異世界で常に傍へいてくれる存在だった。けれども、華麟も政治や歴史から離れた無垢な案内役ではない。鳳凰や麒麟が皇統へ介入した過去を、自分たちの自治を守るための歴史として受け止める側にいる。
それは当然のことだったが、前田は華麟との間にも、自分の知らない二千年分の記憶が横たわっているように感じたのである。
「前田様、この話を聞くと政治に関わるのが嫌になりましたか?」
前田の微妙な空気の変化を感じ取ったのか、華麟が不安そうに聞く。




