99 教倒の乱
前田は話の核心を知ろうとして尋ねた。
綺凰はすぐには答えなかった。人形になっていても、その沈黙には鳳凰として受け継いできた歴史への複雑な感情が滲んでいる。
「それを言うとややこしくなるのですが――」
すると華麟が口を挟んだ。
華麟は給仕の手を止め、前田の隣へ膝をついた。いつもの柔らかな表情を少しだけ引き締めている。
「東宮の夫ならば知っておくべきことです。」
その言葉には、前田を彩比売の夫にしたいという華麟の願いだけでなく、皇統に関わる者が帝国の過去から目を逸らしてはならないという思いも込められていた。
前田はそれを聞いて頷いた。元の世界での正月に天皇陛下が言った言葉が前田の脳裏に浮かぶ。
『昨年は、戦後80年という節目に当たり、先の大戦を思い起こし、戦中・戦後に人々が耐え忍んだ苦難と、人々のたゆみない努力により築き上げられた今日の我が国の平和の尊さに改めて思いを致すとともに、これまでの歩みを今後とも語り継いでいくことの大切さを心に刻みました。』
この世界へ召喚される前には、特別な政治的意味を考えて聞いた言葉ではなかった。
それでも今、皇太子の夫となる可能性を告げられ、古い内戦について学ぶよう促されると、その言葉は以前とは違った重みを持って蘇った。平和を願うことと、戦争の記憶から目を逸らさないことは、別のものではない。
もっとも綺凰が語っているのは実際には元の世界で歴史に詳しい人が聞くと承久の乱や南北朝時代を連想するであろう話である。ただ、前田の中では平和のためには戦争の経緯を学ぶことが必要と言う話で大東亜戦争についての天皇陛下の言葉が記憶されていたのかもしれない。
前田の内心など知るべくもない綺凰も華麟の話を聞いて頷く。
綺凰は膝の上で両手を揃えた。灯明の炎が揺れるたび、整えられた髪の輪郭が壁の上で僅かに動く。
「当時の皇太子は前の法皇の崩御後、践祚しました。これが仲綱法皇です。その仲綱法皇は皇太子時代から鳳凰や麒麟に厳しい態度でした。いや、自分を聖別した鳳凰や麒麟とは当然仲は良いのですが、当時の鳳凰や麒麟の指導層が政治批判をするのを疎んじていたのです。もちろん私たちからすると――私はもちろんその時は生まれていませんが、鳳凰側で語られていることからすると、その前の法皇が巨大陸にある他の帝国や国内の反乱軍に対して過度に軍事的な対応をとったことへの批判をしただけです。もっとも、帝国の公式な史観では法皇側の正義が語られていますので、それはまたお調べください。」
綺凰は途中で一度、言葉を選ぶように目を伏せた。
彼女自身が見た出来事ではない。それでも鳳凰たちの間では、教倒の乱は単に朝廷へ反逆した事件としてではなく、法皇の軍事政策を批判する自由と、誰に聖別を与えるかを自分たちで決める権利を巡る争いとして語り継がれていた。
一方、帝国の官人が編纂した史書には、正統な法皇へ鳳凰と麒麟が背いた内乱として記されている。同じ出来事でありながら、立つ場所によって物語の始まりから異なっているのである。
「わかりました。史書はまた読むので、綺凰さんの主観で結構です。」
前田は、綺凰の語る歴史をそのまま帝国全体の見解だと受け取るつもりはなかった。それでも今は、鳳凰がこの事件をどのように記憶しているのかを聞くことにも意味がある。
綺凰は前田が話を遮るためではなく、立場の違いを承知した上で先を促しているのだと察したらしい。僅かに肩の力を抜いて続けた。




