98 泰鳳が許される理由
「そう言えば、どうして泰鳳はあんなに露骨に大王を否定しているのに許されているのですか?」
夕食の時、前田は当然の疑問を口にした。
朝から降り続いていた雨は、日が暮れても完全には止んでいなかった。
宿屋の奥に用意された部屋では、窓の板戸が半分ほど閉められている。その隙間から、軒を打つ雨音と、増水した川の低い響きが絶えず入り込んでいた。川沿いの大路を行き交う人の姿はすでに少なく、時折、旅人を呼び込む宿の者の声が聞こえる程度である。
室内には灯明が幾つか置かれ、火鉢の炭が赤く熾っていた。柔らかな明かりを受けた壁へ、三人の影が淡く揺れている。
前田の前には、穀物を炊いた飯、豆と根菜の煮物、山菜や茸の汁物などを載せた膳が置かれていた。いずれも仙人が口にできるよう、肉や魚を使わずに調えられた料理である。川沿いの宿場だけあって本来ならば川魚も名物なのだろうが、素王たる前田が純仙であることは宿へあらかじめ伝えられていた。
前田に素王の身分の高さを自覚させるためもあって給仕している華麟と綺凰とが、気まずそうに固まった。
華麟は前田の椀へ汁物をよそおうとしていた手を止めた。綺凰も空いた器を下げようと身を屈めたまま、わずかに目を見開いている。
二人は一度だけ顔を見合わせた。
問いそのものが不敬だったわけではない。しかし、答えようとすれば、帝国の皇統を巡って鳳凰と麒麟が引き起こした古い内乱へ触れなければならなかった。しかも、目の前にいるのは東宮の夫となることを期待されている素王である。
前田はまずい失言をしたのかと思い、発言を取り消そうとした矢先に綺凰が口を開いた。
綺凰は手にしていた器を音が立たないよう膳の端へ置き、前田へ向き直った。普段は総領府の受付に立つ鳳凰らしく、話すべきことを頭の中で整理しているような間があった。
「帝国の歴史の話になっても大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫ですが。」
前田が箸を膳へ置くと、華麟も汁椀を前田の前へ静かに置いた。先ほどまで夕食の香りが満ちていた部屋の空気が、急に講義を始める前のようなものへ変わる。
「今から約二千年前に教倒の乱という出来事があったのです。」
「教倒の乱?」
聞き慣れない事件名を、前田は確かめるように繰り返した。
約二千年前と言われても、元の世界では古代史に当たるほど昔である。だが、綺凰の口調には、遠い過去の伝説を語るというより、今も続く制度の始まりを説明するような慎重さがあった。
これにはいうまでもなく仙人や麒麟、鳳凰の寿命が長いことが背景にある。
「簡単に言うと、前の法皇が崩御した後に鳳凰と麒麟とが皇太子を即位させることに反対して、別の法皇を擁立した事件です。」
「なるほど。それでどっちが勝ったの?」




