できないことはない
間違いない。
わたくしを呪った魔女ゲルトルートは生きていたのです。
彼女は祖国ライナー王国で処刑を宣告され国外へと逃亡しました。
そしてわたくしの祖国エルドラ王国に渡り、宮廷魔導士として取り入ろうとしたのです。
しかし、お父さまはその正体を見抜きゲルトルートをライナー王国へ送還しようとなさいました。
それを恨みに思った彼女はわたくしに呪いをかけ姿をくらましたのです。
いわば、お尋ね者となったゲルトルート。
彼女はトランストーンを用いて動物へと姿を変え、逃亡生活を続けていたのでしょう。
そして。
先代の国王陛下が、偶然オウムの姿であったゲルトルートを気に入り、王宮で暮らすことになったようです。
王宮であれば、食べ物に困ることもなく安全な生活を送ることができます。
……なんとも皮肉なことですわね。
「まさか……ゲルトルートだったとは……」
国王陛下もまた衝撃を受けておられるご様子でした。
「何故です! どうしてフリードまで呪ったのですか? わたくしたちにいったい何の恨みがあって……!」
エリーゼ様が問いただすと、ゲルトルートは嘲るように笑いました。
「恨み? はっ……私はね、この国一番の魔女と呼ばれていたんだよ! それなのにお尋ね者になってオウムの姿で隠れているしかない! あんたなんて私よりずっと格下の魔女だ。それなのに王妃になって、ちやほやされて!」
「……まさか、たったそれだけの理由で?」
「たったそれだけ⁉ ふざけるな! あんたなんかより、私の方がよほど王妃にふさわしいのに!」
その言葉を国王陛下がはっきりと遮りました。
「俺は人殺しを王妃にすることはない。絶対に」
静かな、けれど揺るぎない声。
その一言に、ゲルトルートの瞳が大きく見開かれます。
「人殺しって! 仕方がないじゃない! 私が悪いわけ? 私のせいじゃないわ! 暗殺や呪いを依頼する人間が悪いのよ! 依頼がなければ私が呪ったり殺したりすることはなかったんだから!」
「依頼を断り、誰も傷つけないという選択もあったはずだ」
いつも明るい国王陛下の表情が厳しく強張っていました。
あまりにも身勝手で、あまりにも愚かな理由。
そのために何の罪もない人々の命が奪われ、呪いが生まれたのかと思うと胸が締めつけられます。
マルガレーテ様も顔面蒼白で、握りしめた拳を震わせておられました。
「犯人が逃亡し所在不明だった場合、時効は成立しない。処刑という刑罰はいまだ有効だ。もはや裁判の必要もあるまい」
「ま、待って……お聞きください、陛下……!」
懇願する声を、国王陛下は取り合いません。
「クラウス、拘束魔法を重ねてくれ」
「はっ」
「エリーゼ、マルガレーテ、オットー。犯人を連行する。手伝ってもらえるか」
そうしてゲルトルートは迅速に連行されていきました。
気がつくと部屋にはわたくしとフリード様だけが残されていました。
フリード様はもしかするとわたくしと二人きりになるのはお嫌かもしれません。
そう思って「それでは失礼いたします」とその場を辞そうとした時でした。
「ちょっと待ってくれ」
「はい?」
振り返り、視線を合わせたその瞬間。
フリード様は慌てたように顔を背けてしまわれました。
しかも耳まで真っ赤に染めて。
「いや、その……ごめん。君の顔を、まともに見られなくて……」
「どうしてですの?」
フリード様は言いにくそうに口ごもります。
「僕は、その……あまり女性と一緒に過ごした経験がなくて」
「わたくしも男性とご一緒する機会は多くありませんでしたけれど……」
「いや、そうじゃなくて……その……」
言葉を探すように視線をさまよわせたあと観念したように続けました。
「猫の姿だったとはいえ、同じ寝台で眠ったり……その、撫でたり……本当に申し訳なかった……。というか、男として責任を取らないと……」
「責任、ですか?」
思わず聞き返してしまいます。
わたくしが戸惑っているとフリード様は一層困ったように眉根を寄せられました。
「僕は君のことが……」
「猫相手になさったことで、何も責任を取る必要はございませんわ」
猫のわたくしを救ってくださったのはフリード様。
責任なんて感じてほしくありません。
明るくそう申し上げるとフリード様はがくりと肩を落とし、ついには頭を抱えてしまわれました。
「……そうか」
小さく呟いた後、フリード様は気を取り直したように顔を上げました。
「その……君はこれからどうしたい? 君さえ良ければ、その……僕と……」
「フリード様と?」
問い返すと今度ははっきりと俯いてしまわれます。
そして、しばしの沈黙ののち。
「……どうか、僕と友達になってくれないか?」
わたくしは驚いてしまいました。
「あら? わたくしたちは、とっくにお友達だと思っておりましたが」
「それは、そうなのだが……」
フリード様はどこか照れくさそうに言葉を続けます。
「人間として、あらためて。……特別な、そうだな、親友になってほしい」
「もちろん! 光栄ですわ」
そう答えるとフリード様の表情がぱっと明るくなりました。
その様子に胸の奥がほんのりと温かくなります。
「わたくしの今後ですが。また旅に出たいと考えておりますの。今度は、人として」
「えっ!? 旅? ……お一人で?」
「ええ」
「どうして、また?」
静かに問われ少しだけ考えてから口を開きました。
「わたくし、王女だったころは厳しい教育のもと、できないことがたくさんございましたの」
自由に外へ出ることも。
友達を作ることも。
気ままに過ごすことも。
好きなことを好きなだけすることも。
できないことだらけでした。
「猫になって初めて自分の望むままに生きることができたのです。もちろん、その分つらい経験もしましたけれど……」
一度、息をつきます。
「思ったのです。猫になったらできないことはないんだなって。猫になったからできた経験も多くありました。猫になったから出会えた方々もいました」
フリード様は静かにこちらを見つめていらっしゃいます。
「猫だったころ、お世話になった方々がいます。その方々にきちんと御礼を申し上げたいのです」
「……それなら」
少し強い調子でフリード様が言葉を重ねます。
「それなら僕も一緒に行きたい!」
「え?」
思わず目を瞬かせてしまいました。
「ですがフリード様は王太子でいらっしゃいますし公務や教育でお忙しいのでは……?」
「もちろん、長くは無理だと思う」
それでも、と。
真っ直ぐにわたくしを見つめられます。
「許される限り、君と一緒にいたいんだ」
……なんて。
嬉しい、と思ってしまいました。
「分かりましたわ。国王陛下とエリーゼ様の許可がいただけましたらぜひご一緒いたしましょう」
「いいのかい?」
「ええ。フリード様とご一緒できればきっと楽しいですわ」
「やった!」
フリード様は心から幸せそうに笑います。
二百年。
猫として過ごした長い時間は決して無駄ではありませんでした。
自由で、気ままで、時に厳しくて。
だからこそ、わたくしは知ることができたのです。
世界は広くて、優しくて、そして残酷だということを。
あのまま王女として人生を終えていたら知らなかったこと。
もう少しだけ、あとちょっとだけ自由を延長させてほしいのです。
「エレ?」
ふと名を呼ばれて顔を上げると、フリード様が不思議そうにこちらを見ていらっしゃいました。
「いえ。なんでもございませんわ」
微笑んでそう答えると、フリード様もまた柔らかく笑みを返してくださいます。
その笑顔を見た瞬間。
これからの旅がきっと楽しいものになると、そう確信できました。
人間だってできないことはないのですから。




