真相
二百年もの間、ずっと猫として生活していたあたし、いえ、わたくしが人間の生活に戻るのはさぞ難しいだろうと思っていたのですが……
実際には思いのほかすんなりと馴染むことができました。
幸い、エリーゼ様のご好意で侍女としてお側に仕えさせていただいております。
なお、わたくしがかつて黒猫のエレであったことは、国王陛下とフリード様をはじめ、オットー、ハンス、アンナ、クラウスといったごく限られた方々のみがご存じです。
もっとも。
人の姿に戻ってからというもの、フリード様にどこか避けられているような気がしてならないのですが……。
エリーゼ様は「あらあら、うふふ」と楽しげに微笑まれるばかりで、はっきりとしたことはお教えくださらないのです。
フリード様はお忙しい方だから、きっとそのせい。仕方ないですわね。
自分が避けられているかもしれない、というのは悲しくなるのであまり考えないようにします。
そして、そんな折。
ついにオウムのサミュエルの処遇が決定いたしました。
エリーゼ様のお話によれば、法に則って裁くことに変わりはないものの公開裁判にはならない可能性もあるとのこと。
たしかに自国の王太子が呪われ、何度も毒殺されかかり、王妃までもが長く眠りについていたという事実は、あまり公にするには相応しくないのかもしれません。
とはいえ、わたくしもやはり気になるところではございます。
猫であった頃は心の底から仇敵として憎んでおりましたから。
……野良猫としての狩猟本能というのは、なかなかに恐ろしいものですわね。
そういえば。
夜中にフリード様の寝室付近をうろついていた黒髪の女性について、クラウス宮廷魔導士長はこう推測なさっていました。
『オウムのサミュエルが魔女の姿に戻り、フリード様に危害を加えようとしていたのではないか、と』
鳥は夜目が利きません。
夜になると魔女に戻り、毒を盗むなどの悪事を働いていたのだろう、と。
エリーゼ様もサミュエルが魔女であったことには思い至らなかったと悔やんでおられました。
「呪いをかけた魔女は、自分の呪いが発動して人が苦しむ様子を楽しむはず。だから城に潜んでいると考えていたのだけれど……まさかサミュエルだなんて。だってあのオウムは、ヴィルヘルム……こほん、国王陛下がお生まれになった頃から王宮にいたのよ?」
たしかに。
何十年も王宮で暮らしてきたオウムを疑うのは、難しかったことでしょう。
それにしても。
なぜ魔女は長年オウムとして王宮に潜んでいたのでしょうか?
その姿では魔法も使えず不便なことばかりだったはず。
そして何より、なぜフリード様を呪ったのか?
「それはわたくしも知りたいわ。恨まれる覚えなどまったくございませんもの……」
エリーゼ様も静かに首を傾げておられました。
◇◇◇
数週間後。
クラウス宮廷魔導士長により、わたくしたちは研究棟の一室へと招集されました。
集められたのは、国王陛下、エリーゼ様、フリード様、オットー様、マルガレーテ様、そしてわたくし。
フリード様は軽く会釈をしてくださいましたが、すぐに視線を逸らされました。
ただ……ふと気づくと、耳まで赤く染まっていらっしゃいます。
暑いのでしょうか?
お加減でも悪いのでなければよろしいですが……。
気になって見つめておりますとオットー様が申し訳なさそうに声をかけてくださいました。
「フリード様はただ照れていらっしゃるだけでございますので……申し訳ございません」
「いいえ、とんでもございませんわ」
「それにしてもエレ様の本来のお姿がこれほどお美しいとは……。フリード様があまり人目に触れぬよう注意なさっている理由もよく分かります」
「オットー、余計なことを言うな!」
思わず目を瞬かせてしまいました。
そういえば普段わたくしが顔を合わせるのは、ほとんどエリーゼ様だけ。
猫としての生活が長かったための配慮かと思っておりましたが……。
フリード様のお心遣いだったのですね。
嫌われているわけではないのだと分かり胸の内がふっと軽くなりました。
やがてクラウス様が重々しく口を開きます。
「このオウム、サミュエルは、頑として魔石を排出しようとしません。正体を明かすことを徹底して拒んでおります。しかし、王妃陛下はトランストーンを強制排出する術をご存じとか」
「ええ、もちろんよ」
ぎゃあぎゃあ、とオウムが激しく喚き立てます。
シアストーンの耳飾りを身につけているフリード様にはその言葉が理解できるのでしょう。
そのお顔には、隠しきれない嫌悪が浮かんでいました。
「……まったく、醜悪極まりない」
小さく呟かれた言葉が耳に届きます。
クラウスは慎重に鳥籠からサミュエルを取り出しました。
「このオウムには拘束の魔法を施しております。魔女の姿に戻った後も効力は持続すると思われますが念のため警戒ください」
「うむ。我らも魔法は扱えるから問題ないだろう。とりわけエリーゼは強い。な?」
「まあ、陛下。買いかぶりすぎですわ」
国王陛下が愛おしげに見つめるとエリーゼ様はわずかに頬を染められました。
なんとお似合いのお二人でしょう。
その光景に、思わず心が和みます。
やがてエリーゼ様は、緊張した面持ちで魔法を行使されました。
サミュエルからトランストーンが引き抜かれる。
その瞬間。
オウムの姿が凄まじい勢いで変化していきます。
黒髪、黒い瞳。
けれどその瞳は禍々しい光に満ちていました。
そして。
わたくしは、その魔女を知っていました。
二百年という時を経ても決して忘れることのできない存在。
それほどまでに深く刻まれた記憶。
……ええ。
それほどまでにわたくしは恨んでいたのでしょう。
「彼女はわたくしを呪った魔女です!」
思わず叫んだその言葉に、魔女は憎々しげにわたくしを睨みつけました。




