番外 異世界人のラーメンデビュー ②
ミキと紫月が帰ってきたので、次はバトンタッチしてセリナとロメオのお話です。
「ようやくアタイらの出番だよ。全く、空腹で死にそうだよ。」
「ほら、もうお店も見えたんだから機嫌直してよ。」
「っていうことで参りました!“ 辛麺屋桝元”!!」
パチパチパチッ
目を輝かせるセリナに、ロメオは思わず苦笑い。
「情緒どうしちゃったの?」
「イケメンとラーメンが食べられるこの状況に、頭がお花畑を走っているのです。」
「へ、へぇ。」
「そんな顔しないで、入ろ?早くここのラーメンが食べたくて食べたくて……」
ガーッ
自動ドアをくぐり、店に入る二人。
その瞬間、トマトの香りがふわっと鼻を通り抜けた。
「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞー。」
「はーい。」
セリナは角っこの目立たない席へ足を運び、
「はい、ロメオが奥に座って。」
「どうしてだい?」
「食事に集中できるようにだよ。店のみんな、ロメオがイケメンすぎるからガン見してんじゃん。」
「あ、ありがとう……」
珍しく気を使って、ロメオを座らせた。
「ところでロメオって、箸は使える?」
「もちろん。婚約が決まってすぐ、父から英才教育を受けたからね。今では完璧に箸を使いこなせるよ。」
「お、さすがー。じゃあラーメンは食べたことある?」
「ううん。だから今日は、セリナのおすすめを食べようかな。」
「任せんしゃーい。」
ーーーーーー
待ち時間の間。
「ほら、王道の豚骨ラーメンはこんな感じ。私らの住んでるところは、豚骨が有名なの。」
「へぇー、スープが白いんだ。」
セリナはスマホで、地元のラーメン画像を見せていた。
「ミキと紫月が行った“六味亭”のラーメンはこれ。」
「こっちは澄んだ茶色だね。」
「ここはあっさり系で、めっちゃ美味しいよ。」
と、その時。
「お待たせしましたー。トマト辛麺のゼロ辛ミンチ抜きと、三辛です。どちらも大盛りとなっております。」
「おー!」
トマト辛麺は、セリナの元にゼロ辛、ロメオの元に三辛が置かれた。
「ここのお店、カスタムが自由にできるのがいいんだよねぇ〜。アタイ辛いのもお肉もダメだから、とてもありがたい。」
「辛いものが苦手なのに、辛麺屋に来たのかい?」
「さー、食べよ食べよ。」
痛いところを突かれると、途端に耳が悪くなる。
セリナのいつもの手法だった。
「「いただきます。」」
ズズッ……
セリナはすぐに食べ始めたが、すぐに手を止めた。
ロメオが、なんともいえない顔で見ていたからだ。
「どうしたの?」
「ごめん……どうしても音が気になって……」
「あー、麺をすする音ね。なるべく静かに食べるわ。」
「ごめんよ……」
「いいよ、外国人あるあるだし。それよりほら、食べないとのびちゃう。」
チュルチュル……
(僕、次までに克服するって約束するよ。)
音も気にならなくなったところで、ロメオはラーメンをジッと見つめる。
(このラーメンのスープは赤色……どんな味なんだろう……)
トマト辛麺のビジュアルはこうだ。
リコピンがたっぷり入った真っ赤なスープに、ふわふわの卵。
そして、大量のニンニク、ニラ、豚ミンチ。
一見、女性向きのラーメンかと思いきや、しっかりスタミナ補給になる具材が詰まった一杯だ。
(まずはスープから……)
白いレンゲを赤いスープにつけ、ひとくち。
スッ……
(こ、これは……!!)
舌が味を感じ取った瞬間、ロメオの身体に稲妻のような衝撃が走る。
(お、美味しい!!トマトの甘みや酸味、唐辛子の辛さ、そのバランスが絶妙だ!!しかもスープにお肉の旨みが溶け込んでいて、主張しすぎないニンニクの風味も感じる!!僕好みだ!!)
上品な味に慣れているロメオは、パンチのある料理の美味しさを初めて知った。
年頃の男の子の舌には、濃い味のラーメンはさぞかし旨いことだろう。
(この麺は確か、中華麺だったかな?)
ロメオは美しい箸さばきで、麺を掴む。
この店では他に、こんにゃく麺などもセレクトできるのだが、セリナが
「私的にはこれが一番だった!」
と中華麺をチョイスさせていた。
(どれどれ……)
胃袋が求めるままに、ひとくち。
シュッ……
(ッなるほど!!この細い麺がスープや具材とよく絡むんだね。卵やニラ、ミンチまで味わえてしまう!スパゲティとはまた違う、不思議な弾力だ。あぁ、これがラーメンか……!!)
シュッ……シュッ……!
もう止まらない止められない。
箸が麺を掴んでは、次々と口へ運んでいく。
(美味しい……!!このフレッシュなコクがたまらない!!大盛りにして良かった!!)
次はふわふわ卵。
ハフッ……
(ッんん!やっぱり、トマトと卵が合わないはずないじゃないか!スープの味が染みていて、いくらでも食べられるよ!)
続いて、ニラと肉ミンチ。
(このニラとミンチがアクセントになっているから、味に飽きないんだろうな!)
そして、大量に入ったニンニク。
(ホクホクしてる……!それに、なんて贅沢な量なんだう!!今日はデートに行けないね。)
シュッ……! パクっ……
麺、ニラ、ミンチ、卵、ニンニク、麺、ニラ、ミンチ、卵、ニンニク。
己でルーティンを作り、次々と食べていくロメオ。
(これで明日も頑張れそうだ……!!)
あまりの速度に、運ばれたラーメンは五分も経たずして、なくなろうとしていた。
いや、もう底をついたようだ。
(もう終わりか……なら、あとはスープを……)
「待ってロメオ。スープはまだ飲まないで。」
「え?」
ロメオが驚いて顔をあげる。
するとセリナは、注文用のタブレットを指さして笑った。
「ご飯とチーズを注文しました。残ったスープに入れて、リゾットにしてしまいましょう!」
「君って……天才なのかな?」
「知ってる〜。」
と、その時。
「お待たせしました。ご飯二つとチーズ二つです。」
「「おおっ」」
頼んでいた二つは、思ったよりも早く届いた。
「いい?スープが冷める前にチーズを入れるの。」
「心得たよ。」
机に器が置かれた瞬間、セリナとロメオは光のような速さで米とチーズを投入する。
「はやっ!」
店員さんが思わず目を丸くしていた。
「ほーらロメオ君。チーズが溶けたら食べるんだよ。」
「うん!」
トロ〜っと柔らかくなっていくチーズ。
(も、もういいかな……?)
ロメオは少年のように目を輝かせながら、出来上がったリゾットをパクり。
ハフッ……
「〜んん!!チーズが溶けて、とても濃厚になったよ!トマトとの甘みとラーメンの塩味が、このリゾットを美味しくしているんだね!」
「いい食レポをするではないか。んじゃ、食べ終わったら替え玉いってみよう!」
「替え玉?」
この後リゾットを食べ終えた二人は、おかわりやサイドメニューを注文し、ミキや紫月と同じように店員さんに驚かれるのだった。
ーーーーーー
ガーッ
コンビニから出る、セリナとロメオ。
「凄いね、このお店!見た事のないものが沢山置いてあったよ!」
「ただのコンビニでそこまで喜んで貰えるのは嬉しいな。今度、紫月も誘ってまた来てみる?」
「うん!」
輝く瞳でコンビニを見つめるロメオ。
ここには、セリナがラーメンの後には欠かさない、ある物を買いに来たのだ。
「はい、りんごジュース。ニンニクの匂いが消えるよ。」
「ありがとう。……これは、瓶じゃないんだね?」
ロメオはジュースを受け取ると、不思議そうに首を傾げた。
「ペットボトルっていうの。キャップを回したら開くよ。」
「こうかな?」
キュッ くるくるくる……
「おぉ、開いたよ!」
「うんうん。逆方向に回したら蓋が閉まって、中身がこぼれなくなんの。」
「へぇー!とても軽いし、僕たちの世界でも取り入れられないかな。」
「それを作ると、環境破壊だとか色々と問題が出てくるぞ〜……」
「そ、そうなんだ……」
ゴクッ……
二人はジュースを飲みながら、帰り道を歩く。
「いやぁ……まさか、ロメオがラーメンを奢ってくれるとはね。初めてのラーメンなんだし私が奢ったのに。」
「いや、美味しいお店を紹介してくれたお礼だよ。どうもありがとう。」
「こちらこそありがとう。また何件かオススメを紹介するから、紫月を誘って食べにいったら?」
「いいね。彼女もラーメンを気に入ったみたいだし。…………あ、そうだった。」
「ん?」
ロメオが思い出したように、ベストのポケットを探る。
「今日、僕はセリナに渡すものがあったから来たんだ。」
「え、なになに〜?」
「……これを。」
ロメオが取り出したのは、小さな白いペンダントだった。
「え、もしかしてロメオ……私のことを!?」
「ち、違う違う!これ、ロケットペンダントだから!セリナにそういう気持ちは全くないよ!微塵も!これっぽっちも!」
「そ、そこまで否定しなくてもぉ」
「あっごめん……」
カチッ
音と共に、ペンダントの蓋が開く。
「!」
そこには、幼い二人の美少年が並んだ写真が嵌め込まれていた。
一人は見覚えのある青髪。
もう一人は、少しだけ見覚えのある茶髪。
セリナは瞳を大きく見開いた。
「……もしかして、アズールとお兄さん?」
「うん。これはアズーロ君の遺品だよ。」
「それを……どうして私に?」
「本当は二人の父親に返すつもりだったんだけど、“ そんなヤツら知らない”って言われてしまってね。君なら、持っていてくれそうだから。」
「……そっか。」
セリナはペンダントの受け取る。
そして、写真の中で柔らかく笑う青髪の子どもを、そっと指で撫でた。
(アズール……お父さんから知らんふりされちゃったってよ。)
セリナがアズール、ロメオがアズーロと呼ぶ人物。
それはかつて、紫月を誘拐するはずが、色弱が原因でセリナを間違えて拐ったうっかり者の男だ。
(私……アンタより不幸な人って、そうそういないと思う。どうして死んじゃったの?)
アズールは、セリナが知るだけでもとても不運な人だった。
彼は家族内の複雑な事情のせいで、親しかった兄から恨まれた上に、酷い暴行や暴言を受けるなど残酷な仕打ちにばかりあっていた。
話によれば、なんと兄から肉体関係まで求められたらしい。
青年期には戦争へと駆り出され、大勢の人を殺すことになった。
優しい性格のアズールには、辛いなんてものではなかっただろう。
自国が勝利したことで戦争が終わり、ようやく休めると思った矢先、今度は薬物依存に陥った兄を人質に取られ、イカれた犯罪集団に加担することを余儀なくされた。
そして、紫月誘拐の役目を与えられたが失敗。
何も成し遂げられず、罪から自責の念に駆られ、最期は兄が死亡したことに絶望し、服毒自殺をした悲しい人。
それがアズールだ。
「これ、お守り代わりに私が身につけたら……アズールは怒るかな?」
「そんなことはないさ。むしろ、ちゃんと君を守ってくれるはずだよ。」
「……だよね。友達だもんね。」
セリナは、うっすらと笑う。
思い返せば、捕まって倉庫に閉じ込められていた間、誘拐犯のはずのアズールとは妙に楽しく会話をしていた。
殺す目的で誘拐しておきながら、快適に過ごしてもらおうとアロマキャンドルを焚く誘拐犯は、彼ぐらいのものだろう。
「……セリナは、もうアズーロ君みたいな人を見たくないから、人を助けるの?」
「うん。遊びじゃないってわかったから、多少危ないことがあっても異世界に行くよ。……ちょっとは楽しんでる部分もあるけどね?」
「楽しむことはいいと思うよ。辛い思いをせずにいられるなら、それが一番だから。」
「まぁね。とりあえず、今はみんなと一緒ならそれでいいや。」
「……そうだよ、君はまだ納得できるんだ。気になるのは、他の三人なんだ。」
「んん?」
セリナは首を傾げる。
するとロメオも、同じように首を傾げた。
「セリナが誘拐された時のことを、みんなに話したことは知ってるよね。その時、ミキは困惑して、ユキミは明らかに怯えていたと思う。なのに、次に見かけた時にはケロッとしていて……どういう心境の変化があって、また僕たちと関わることを選んだのかわからないんだ。」
「言われてみれば……」
それは、セリナも少し気になっていたことだった。
″セリナが誘拐された時のことをみんなに話した″とロメオは言っていたが、彼はアズールの兄を撃ち殺した話までしているのだ。
平和な日本に生まれ、暮らしてきた者なら、
人を殺したロメオを恐れて、異世界に行くこと自体を怖がってもなんの不思議もない。
むしろ、そちらの方が普通の感覚だ。
「リコは正義感が強くて図太いから、苦しんでる人を見捨てられなかった。ミキも正義感が強くて……いや多分、私とリコが心配だったから。この二人の理由はこうだと思う。でも、ユキミは腑に落ちないな。」
「だろう?流されて、という理由が一番納得できるけど……それでも、スイーツ大会でユキミの態度はあまりに普通だった。彼女の性格なら、第一の世界に来ただけでも多少の動揺は見えないとおかしいじゃないか。」
「それに、第二の世界にもアッサリ行くってなってたけど……次は“ モンスター退治”だよ?何故か、怖がりのユキミが特に嫌がってない。もっとビビり散らかしてないとユキミじゃない。」
高いところがダメで、虫がダメで、グロいのがダメで、急な状況変化に弱くて、おドジで、繊細。
それがユキミなのだ。
いや、断じて彼女が弱いわけではない。
至って普通な子なのだ。
「よかった、同じ考えで。……やっぱり、佐々木さんが関わっているのかな?」
「人の言動を操ったり、警戒心を抱かせないようにしたり出来る人だから……可能性大だね。」
「セリナは、あの人のことをどこまで知っているんだい?」
「イケメンで優しい魔法が使える常連さん。だーいすき。」
「それは、あまり知らないってことでいいんだよね。」
ロメオは思わず苦笑い。
対して、セリナは口を尖らせた。
「だって話してくれないんだもん。私だって知りたいよ。」
「それならさ、これからは情報交換しないかい?何か気づいたことがあれば、お互いに教え合うということで。」
「いいけど……ロメオはどうして佐々木さんを知りたいの?」
「決まっているじゃないか。何も分からないからだよ。」
「そりゃそうだ。」
まるで同士でも見つけたように、二人は頷き合う。
「元の世界線であの人と紫月に何があったのか。正体は何なのか。どうして君たちを選んだのか。知りたいことは尽きないね。」
「だねぇ。そういやロメオの中では、佐々木さんはどんな人になってんの?」
「少なくとも、悪い人ではない。紫月や君らに向ける目を見れば、それは確信できるよ。そして……」
ロメオは、グッと拳を握りしめた。
「強い。僕や紫月、アズーロ君ほどではないだろうけど、肉弾戦はかなり戦えるはずさ。さらに魔法を加えれば、勝負はどうなるか分からない。」
「え、戦うつもり?」
「ううん。ただ、僕の体がそう感じたというだけの話だよ。」
(戦闘民族なの?)
ロメオも美しい顔をして、なかなか底の知れない男だ。
「まぁ……私は、佐々木さんの正体で一つ予想がついてることがある。というか、そうじゃないと納得できないかも。」
「……せーので話してみるかい?僕もそうじゃないかと思っていることがあるんだ。」
「わかったよ。せーのっ」
二人は、一度息を短く吸った。
「「佐々木さんは、人間ではない。」」




