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お昼の時間です  作者: ゴマサバ
第二の世界
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50/53

番外 異世界人のラーメンデビュー ①


これは、アルカディア学園の入学試験を終え、入学式を待っていたある日のこと。


時刻は昼時、場所はストロベリーローズ。



ぐぅぅぅううううううううう……


盛大に腹の虫がなる。

その虫は、一匹ではなかった。


ぐぅぅぅううううううううう……

ぐぅぅぅううううううううう……


「「お腹空いたー……」」


ミキとセリナは、空腹で今にも倒れそうになっていた。


しかし……


「全く。遅くまでゲームしてるから、朝ごはん食べそびれるんだよ。」


「そうだそうだ。ウチとユッキーを見習え!」


呆れた表情のユキミとリコ。

友人二人からの風当たりは冷たい。


しかもだ。


「すみません、サバのホットサンドを。」

「ミキちゃん、お冷おねがーい。」

「みんなー。最近お店サボり気味だったでしょう?頑張って働きなさい。」


「「はーい……」」


飲食店で、昼時は最も忙しい時間。


魔法の練習でリコの祖父母に店番を変わってもらうことが多かったこともあり、とても仕事をサボって昼ごはんなど食べられる状況ではなかった。


ぐぅううぎゅるるるるるるるうううぅぅぅ…………



「この体になってから空腹が酷いよね……」


遠い目でつぶやくミキ。


第一の世界で得た肉体は凄まじい身体能力を誇る分、燃費が悪いのだ。


「どうして今日はこんなに忙しいわけ?いつも暇なのに……」


「あぁ、それはね……」


ホットサンドを作りながら愚痴るセリナに、ミキはドリンクを作りながら答える。


「佐々木さんが異世界の話をする時って、いっつもお客さんが誰もいないでしょ?あれ、店に近寄った瞬間に別のものが食べたくなる魔法をかけてるらしいよ。だから、売上がエライ事にならないように帳尻を合わせるとか言ってて……」


「それで今日は忙しいのか。クッソー、もうちょいバランスを考えて欲しいよ。」


「ねー。せめてラーメン一杯だけでも食べたいなぁ……」


「ラーメン!!」



ぐぅうううううううううう……


「「よ、余計にお腹空いた……」」


またしても二人の腹が鳴った、その時だった。


「あら、忙しそうですね。」


「ほんとだ。今日は帰った方がいいかな?」


店内に、若い男女の声が響く。


その声は上の方から聞こえた。


「あ、紫月ちゃんにロメッチ。二階のドアから来てくれたんね。」


リコが階段へ目を向けると、


「えぇ。こんにちは、みなさん。」


「やっ。今日は随分と繁盛しているみたいだね。」


まるで百億の名画から抜け出してきたかのような、美男美女が顔を覗かせていた。


紫月とロメオはそのまま一階に降り、カウンター席へと座る。


「うわ……すごいべっぴんさん二人……」

「……えらい綺麗な子らやな。」

「わぁ……」


店にいた客たちは、たちまち二人に見蕩れた。


異世界人である二人の美貌は、どの世界にも通じるらしい。


ぐぅぅううううぎゅるううううぅぅぅ……


その暴力的な美しさに当てられながらも、客たちが正気を保っていられるのは、ミキとセリナの腹の虫が現実へ引き戻してくれているからだろう。


「「ん……?」」


その腹の悲鳴は当然、紫月とロメオの耳にもしっかり届いていた。


「ミキさん、セリナさん……空腹で辛そうですね。もしよろしければ、私がお手伝いしますので交代で何か召し上がられてはいかがでしょう?」


「「えっ」」


「そうだね、僕も手伝うよ。僕も紫月も料理は得意だから、安心して任せて。」


「「ええっ」」


アホの二人は思った。


((か、神か?))







ーーーーーー







「というわけで、やって来ました。“ 六味亭”!!」


ミキは店の前で、感動のあまり拍手を始める。


漂う出汁の香りに、もう溢れるヨダレが抑えきれなかった。


「ここのラーメンめっちゃ美味しいんだよ!!早く入ろう!!」


「ミ、ミキさん……本当に、私までお店から離れて大丈夫なのでしょうか?」


ミキの隣には、困惑顔の紫月。


どうして彼女がここにいるのかと言うと、


「大丈夫!紫月さんもロメオもシゴデキすぎるから、どっちかがいれば店は回るよ。それに紫月さんだってお腹すいてるでしょ?」


ということだ。

ミキちゃん、説明ありがとう。


「そういや紫月さん、ラーメン食べた事ある?」


「いえ……そもそも、ラーメンという食べ物を知りません。」


「えー勿体ない!!早く入って注文しよ!!ミキがオススメ教えるから!!」





ーーー







「お待たせいたしました。味たま中華そば大盛り二つと、明太子ご飯二つ、餃子十個入りをお二つです!」


「わーい!」


並べられるラーメン、ご飯、餃子を前に、ミキは目を輝かせた。


「わぁ……」


紫月からも、思わず息が漏れる。


「じゃあ食べよっか。いただきまーす!」


「い、いただきます……」


早速ガツガツと食べ始めるミキ。


その一方で、紫月は箸を手に取ることもなく、目の前の品をじっくりと眺めていた。


(これが、ラーメン……)


ゴクリ。


香りのよい、澄んだ金色のスープ。

その中から顔を覗かせる、細く滑らかな麺。


初めて見たラーメンは、なんとも食欲をそそる姿だった。


(うどんやお蕎麦と似ているけれど、具材が少し違うのね。)


麺の上には、様々な具材が彩りよく盛り付けられている。


柔らかそうなお肉が二枚に、うっすらと色のついた煮玉子。

細かく刻まれたネギに、食感の良さそうな茎わかめ、パリッとした焼き海苔、料理に彩りを与えるナルト。


地域によってはうどんや蕎麦にものっている具材だろうが、紫月にとっては初めての組み合わせだ。


(汁のいい香り……これはお魚のお出汁(だし)ね。)


そっとレンゲを手に取り、スープを掬う。


フワッ。


優しく上品な匂いが、鼻筋をスっと抜けていった。


「わぁ……」


掻き立てられる食欲のままに、ひとくち。


コクッ……


「!」


紫月は、顔の筋肉が解(ほど)けていくのを感じた。


「……なるほど、“ あごだし”ですか。」


「そうそう、よく分かったね!」


ミキがピシッと親指を立てる。


“ あごだし”とは主に九州地方で親しみがある、トビウオから取れる出汁のことだ。


「ミキたちの住んでるとこは豚骨が有名だけど、ミキは今日どーしてもここのラーメンが食べたかったんよ!ここのラーメン、あっさり系でめっちゃ美味しいでしょ?」


「はい。まだ汁を頂いただけですが……ミキさんの仰る通り、あっさりしているのにコクや奥深さもあって、とても美味しいです。」


「え、まだ汁だけなの!!早く食べないと麺がのびちゃうよ!!」


「そ、そうですね。麺ですものね。」


紫月は慌てて、箸で麺を持ち上げる。


(不思議……お蕎麦みたいに細いのに、クネクネしているわ。)


この店の麺は、ちぢれ麺だ。


紫月はドキドキしながら、麺を口へ運ぶ。


ズズッ……


「んんっ!」


チュルっと、よくスープと絡んだ麺が踊った。


ズズッ……チュル……!


「……!」


止まらない、止まれない。


噛めば噛むほど出汁の旨味を感じ、もうもう箸が止められない。


(お、美味しい……こんなに細いのにコシがあって、ツルツルとした食感がとても楽しい……!!)


気づけば箸は、トッピングへと伸びていた。


最初にとったのは、茎わかめ。


(シャキシャキして、コリコリして、すごく癖になる食感……これ好き……)


次は焼き海苔。


スープに浸して、少し柔らかくなったところを口へ運ぶ。


(汁で柔らかくなった海苔って、どうしてこんなに美味しいのかしら……)


そしてチャーシュー。


パクっ


(あ、脂身がとろける……お肉なのに、お魚のお出汁とこんなに合うなんて……!!)


続いてネギと、少しの麺。


(長ネギが使用されているところも素晴らしいわ……薬味として、これほど優秀な食材はあるかしら?)


楽しみにしていた味玉。


(汁と麺の邪魔をしない程度の味付け……。黄身が柔らかくて、汁と一緒に口に入れるともう最高……!)


最後に、ピンク色のナルト。


(うふふ。食べちゃった、食べちゃった……!)


幸せだった。

あまりにも幸せだった。


このあと、当然発生してしまう悲劇も忘れるほどに……


(あぁ、そんな!!)


だが、彼女も気づいたようだ。


(もう……全部食べてしまったわ……)


そう。


食べれば減ってしまう。

どんなものも、いつかは無くなってしまうのだ。


(もう汁しか残ってない……)


と、その時。


「あれ、ご飯と餃子食べないの?」


「え?」


顔をあげる。


そこには、明太子ご飯と餃子を指さすミキの姿があった。


「あれ、もしかして忘れてた?」


「あ……そうでした。こちらもミキさんが勧めてくだいましたね。」


「うん。ラーメンにはご飯と餃子はセットが常識。」


「そうなのですね、覚えておきます。」


実際は人によるだろうが、ミキにとっては常識なので嘘では無い。


「では……」


まず、ひとくちサイズの餃子を口へ。


パクっ


「まぁ……!」


紫月は、餃子を食べるのも初めてだった。


(焼売(しゅうまい)と似たものかと思っていたけれど、全然違うわ!この小さな一個に、肉汁がぎゅっと詰まっていて、皮もカリッとして香ばしい……こ、これを食べたら……!!)


当然、米が欲しくなる。


紫月は、すかさず明太子ご飯を一口。


パクっ


(お米がホカホカで美味しい……明太子の塩味も丁度いい……!)


パクっ


パクっ


いつの間にか、


パクっ


パクっ


餃子、白米、明太子、白米、餃子とルーティンが完成した。


「その明太子ご飯、少しスープを入れてお茶漬けにしても美味しいよ。」


「ミキさん……なんて素晴らしい発想なのでしょう。」


すかさず、言われた通りにする紫月。


黄金色のスープが、白いご飯へじわりと染み込んでいく。


「……いただきます。」


パクっ


「……」


「どう?」


「ッ……美味しいです。お米が口の中でホロっとほどけて、明太子の塩気が絶妙です……!!」


「紫月さんって、美味しそうに食べるね。ミキももう少し食べたくなったな。」


「私もそう思います。まさか、こんなに美味しいものがあるなんて……」


「じゃあ替え玉しちゃおうか。すいませーん!」


「替え玉?」



こうして、ミキと紫月のラーメン食は第二ラウンドへ突入した。







ーーーーーー






「あぁ〜美味しかった!!」


「えぇ。また一緒に、食べに行っていただけますか?」


「もちろん!今度はみんなで来よう!」


六味亭からの帰り道。


ミキと紫月は、並んで笑顔で歩いていた。


「替え玉六回目からの店員さん、ミキたちを見る目が凄かったなぁ。厨房から聞こえてたよね?“ どんだけ食うんだよ”って。」


「目を大きくされていましたね。あまり食べていない気がするのですが……」


「ミキたちの世界では一杯か二杯が普通なんだよ。だから今日食べた量は超大食い。」


「そういえば、出会った頃のリコさんとセリナさんはかなり少食に感じました。そういうことだったのですか……」


つい最近のことなのに、何だか懐かしく感じる紫月。

思い返すと、口元に笑みが浮かんだ。



「あのさ……」


ふと、ミキの歩く速度が落ちる。


「そういえば、今日ずっとタメ口だったけど……嫌だった?」


「え?」


紫月も、自然と歩みを緩めた。


「ほら、紫月さんはお姫様じゃんか。だから今までは敬語で喋ってたけど、もう友達だしいいかなって。どお?」


「も、もちろん嬉しいです!むしろ、そうして貰えたらとずっと思っていて……」


「なら良かった!名前も呼び捨てでいい?」


「是非……!」


「オッケー!リコたちにも伝えとく。」


微笑み合う二人。


彼女たちの距離が、一歩近づいた。


「それで、ロメオとはどんな感じなん?」


「え!?き、急ですね……」


あまりに急な話の方向転換に、紫月はやや困惑してしまう。


「だって〜。二人に会う度に思ってたけど、最近仲良さそうじゃーん?」


「そ、それは……」


「友達に恋話を隠しちゃいけないんだよ。」


「そうなのですか……?」


「うん、これ常識。」


人によるだろうが、ミキにとっては常識なので嘘ではない。


「で、どうなのどうなの〜?」


「……」


「もう恥ずかしがってないで教えてよー!」


「……」


「赤くなっちゃってぇ〜。」


(し、しつこい……)


ミキは、恋バナモードになると“ 非常に”面倒くさくなるのだ。


こうなると、喋るまで絶対に解放してくれない厄介オババへと変貌してしまう。


「どこまでいったの?何か進展あった?なんでもミキに話して!!ねぇねぇー!」


(これは……)


察しのいい紫月は、諦めて話すことにした。


「……まだお互いに忙しいので、婚約者らしいことは特には。ただ……たまにお出かけをしたり、共通の趣味を楽しんだりはしています。」


「ほうほう。今はお互いを知っていこう、みたいな?」


「はい。その表現が一番適切だと思います。」


「なるほどね〜。」


ミキは笑顔で頷く。


(やっぱ、まだロメオに恋してるって感じじゃないかー。)


その一方で、胸に奥で引っかかっていることがあった。


(…………墨男さんへの気持ちはどうなったんだろ。)


そう、墨男の存在である。


紫月がロメオを選んだことは、偶然遊びに行った墨男の送別会の日に、紫水から聞いた。


その選択に驚きはしたが、あのロメオを見れば首を傾げる理由はない。


それでもだ。


(恋に、そう簡単に区切りってつかないよね。もう大丈夫なのかな……)


初めて紫月に出会った日。


ミキとユキミは、紫月の正直な気持ちを聞いた。

長く抱えていた苦しみを、涙ながらに吐き出す彼女を見た。


そして、あの山での日。


墨男が紫月へ、自分の想いを正直に明かしているところを見た。


あの時、ミキは二人の想いが通じ合っていることを確信して、ガッツポーズを決めたものだ。


そのはずだったのに……



(どうして、墨男さんを選ばなかったんだろう……)


思わず、そう考えてしまう。


もちろん、紫月の立場を考えれば気持ちだけの問題ではないのだろう。


いろんなものを背負っている彼女だからこそ、簡単に決められたことではなかったはずだ。


それでも。


(恋する気持ちくらい、大切にして欲しかったなー。)


思い切って聞いてみたい気持ちもあったが、そこまで無粋なことはしない。


なぜならミキは、なんだかんだ言っても二十歳を過ぎた“ 大人”だったから。


「……さん。」


「……」


「ミキさん。」


「あ……なに?」


ぼーっとするミキを、紫月は真剣な表情で見つめていた。


「改めて……私たちの世界に来てくださり、ありがとうございました。皆さんがいてくださったから、私や墨男、ロメオさんや家族は生きています。本来迎えるはずの悲惨な未来を変えてくださった御恩、一生忘れません。」


「え、いいよ別に。」


「いいえ。この御恩は、これからの皆さんをお守りすることで返していきます。」


「おぉ、ありがとう。」


「そして、お聞きしたいのですが……」


「ん?」


ミキが首を傾げる。


紫月の瞳が、僅かに濁った気がした。


「……ミキさんの暮らすこの国は、とても平和ですね。」


「うん。昔は戦争もあったけどね。」


「ですが皆さんは、戦争が行われていた時代に生きていたわけではないですよね。」


「ミキどころかママだって生きてないよ。それがどうしたの?」


「……どうして、平気なのですか?」


「ん、どういうこと?」


ミキには、紫月の言いたいことがよく分からなかった。


彼女はただ、暗い表情で続ける。


「……皆さんは山に入ったあの日、人が死ぬところを何度も見たはずです。それも、私たちが敵を斬るところを。なのに、もう日常に戻れて、私とロメオさんと仲良くしてくださることが……不思議です。」


「……あ」


「そうです、忘れてはいけません。私は……」


紫月は苦しそうにしながら、その言葉を紡いだ。


「ーー人殺しです。」


「!」


ビュウッ!


それまで穏やかだった風が、突然強く吹き抜けた。


「ですから……」


「あ、そういえば。佐々木さんに何か取ってもらった気がする。なんだったかな……“ 死に対するダメージ”だっけ?」


「え?」


今度は、紫月が目を見開いた。


「たしかに、あの日は店に帰ってから気持ち悪くて吐いたな。それを佐々木さんが背中をさすってくれて、なんか楽になったんだよね。だから平気なのかも。」


「……私は人を殺したんですよ?」


「うーん。改めて言われると驚いたけど、別になんとも思わんな。紫月だって、殺したくてそうしたわけじゃないでしょ?」


「その“ 死に対するダメージ”って……」


そこまで言いかけて、紫月は止める。


「どうしたの?」


「……いえ。あの佐々木さんという方は、謎の多い方だなと。」


「それな!何者なんだろうね!ラーメン誘ったら来てくれるかな?」


「あんなに美味しいのですから、絶対に来てくれますよ。」


「お、さてはハマったな?」


二人は再び、笑いながら帰路につく。


「次は豚骨ラーメンでも紹介しようかな〜。」


「まぁ、豚骨ですか。味の想像がつきませんね……」


その笑顔の裏で、紫月の中では複雑なものが渦巻いていた。


(“ 死に対するダメージ”が取られていいはずがないわ。だって、それは人が傷つくことを嫌がる、優しい感情のはずでしょう?私には薄れてしまった……もう取り返せない感情……)


そう言いたかった。


けれど……


(でも……もし取られていなければ、皆さんは長く苦しむことになってしまう。そして、私やロメオさんが、恐ろしく見えて仕方がないでしょうね。)


彼女は口を噤む選択をする。


なぜなら紫月は、


(……………………………………そんなの嫌。)


なんだかんだ言っても、まだ二十歳にも満たない“ 子ども”だったのだから。

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