恥の多い生涯を送ってきました。
ワタシの人生は、幸福でした。
平穏で。
恵まれていて。
何ひとつ不自由のない人生。
神はきっと、ワタシを祝福してこの世へ送り出したのでしょう。
だからでしょうか。
ワタシはいつも思っていました。
「退屈だ」と。
明日も今日と変わらない。
一年後も十年後も変わらない。
誰かを救い、
誰かに感謝され、
誰かに愛されながら。
そのまま静かに死んでいくのだろうと。
そう信じていました。
エリアス・カルミナ。
かつてこの名の男は、善良な神父でした。
二十歳という異例の若さでカルミナ領の教会を任され。
人々のために祈り、
悩みに耳を傾け、
傷ついた者を慰め、
救いを求める者へ手を差し伸べる。
領民はワタシを敬愛し、
信者たちはワタシを慕いました。
誰もが口を揃えて言ったものです。
「エリアス神父は愛の深い御方だ」と。
ええ。
その評価は間違っていません。
少なくとも、当時のワタシは本気で人々を愛していましたから。
ですが。
今にして思えば、
ワタシの心には最初から穴が空いていたのでしょう。
誰にも埋められず。
誰にも気づかれず。
ワタシ自身ですら知らなかった、小さな空洞が。
そしてある日。
その空洞が満たされてしまった、その瞬間。
エリアス・カルミナは善良な神父であることをやめたのです。
全ての始まりは、ある一人の男との出会いでした。
あれは確か……
まだバレンティアにいた頃。
ワタシが二十一歳になった日のことです。
ーーー
タッタッタ……
「全く……“ 西統戦争″など迷惑な話です。」
″隣国の軍勢が、領地付近まで迫っている。″
その報せを受けたエリアスは領民たちを教会へ避難させ、万が一に備えるための武器を探しに、教会の敷地内にある倉庫へ向かっていた。
ギィ……
古びた扉を開き、中へ足を踏み入れる。
「……クチッ」
少しホコリの混じった空気に、クシャミをひとつ。
「さて……どうしたものですかね。」
倉庫の中には農具や工具の類が整頓されて並んでいる。
武器と呼べるような物は少ないが、何も無いよりはましだろう。
「殺傷力が高いものを選んだ方がいいのでしょうが……あまり違いが分かりません。だってワタシ、人なんか殺したことないんですから。神父ですし。」
そう独りで呟きながら辺りを見回していた、その時だった。
ドォォォン!!!
轟音と共に、閉じていたはずの倉庫の扉が吹き飛んだ。
「なっ……!?」
エリアスは咄嗟に振り返る。
舞い上がる木片と土煙。
その中心から浮かび上がってきたのは――
ブゥルルフフ!!
一頭の馬だった。
扉を蹴破ってきたわりには、その佇まいは落ち着いて見える。
(どうして馬が……?)
試しにそっと首筋を撫でてみると、馬は満足そうに鼻を鳴らした。
ブゥルフフ
ドサッ
(ん、今……)
地面に、何かが落ちた。
エリアスは視線を移動させる。
そこにはーー
「だ、大丈夫ですか!?」
上等な黒いマントに身をつつみ、洒落た帽子から真紅の髪を覗かせた人間の姿があった。
服装からして、性別は男だろうか。
どこか芝居役者のような、派手な出で立ちだ。
「意識はありますか?あるなら返事をしてください!!」
「……」
軽く揺らしながら話しかけるも、返事はない。
漂う濃厚な血の香りからしても、どこかに怪我を負っていることは間違いないだろう。
「体勢を変えますよ。」
「……」
ひとまず男から帽子を取り、うつ伏せから仰向けにしてやる。
捲れたマントの下から赤銅色の軍服と、腰に備えた剣が姿を現した。
(!!)
より強く香る血。
そこにはーー
「ッこれは酷い……」
「……」
なんと、男は右鎖骨から左脇腹までが大きく斬り裂かれていた。
「医者を呼んできます!!」
エリアスが教会へ走ろうとした、その時。
「待て……水を……」
「水?」
かすれた声が呼び止めた。
気づけば男の手が、エリアスが腰に下げている水筒へとのびている。
「水ですね。どうぞ。」
パシっ
蓋を外した瞬間、男が水筒を乱暴に奪い取った。
んぐ……ぐ……ぐ……!!
男はとてつもない勢いで水を飲むと、
バシャ
余った水を自身の顔へぶちまける。
すると、汗でへばりついていた髪が横に流れ、その素顔が露わになった。
その顔を見た瞬間、
「……え?」
エリアスは目を見開く。
「おい……食料は?」
男は顔を拭うと、ゆっくり目を開いた。
瞳の色は、エリアスと同じ薄墨色。
「聞こえているのか……食料を」
そこまで言いかけて、男もまた固まる。
「……」
「……」
「あの……どうして、ワタシと顔が」
次の瞬間。
ダッ!!
男が、突然足を振り抜いた。
重傷を負っているとは思えない速度の、鋭い蹴り。
だが、
ガシッ。
エリアスは容易く、その足首を掴んでしまう。
「……」
「……」
「……」
「……放せ、気持ちの悪いやつめ。」
「あ、すいません。」
エリアスが手を開くと、男は不快そうに眉をひそめる。
「お前、どこの生まれだ?」
「このカルミナ領です。」
「その顔はなんだ?」
「両親が与えてくれた顔です。」
「ッチ……」
男はさらに顔を歪めた。
それもそのはず。
エリアスと突如現れたこの男はーー
「……どうして同じ顔なのでしょう。」
「俺が知りたい。」
少女にも見える中性的な美貌、真紅色の髪、薄墨色の瞳。
どれをとっても鏡合わせのように、そっくりなのだった。
ーーー
これがワタシと例の男、
マティアスとの出会いでした。
いやぁ。
今思い返しても、人生で一番驚いた出来事だったかもしれませんね。
急に馬が突っ込んできたかと思えば、その背から落ちてきた男が、自分と全く同じ顔をしていたのですから。
……ふふっ。
人生とは分からないものです。
ところで皆さんは、マティアスという名を覚えているでしょうか?
藤堂紫月の誘拐に失敗し、緑田という男に捕らえられた、ワタシの兄の名です。
皆さんはご存じないでしょうが、兄は中々に面白く……可愛げがある人なんですよ。
ワタシの方が目立つと拗ねてしまうので、兄にもしっかり着目してあげてくださいね。
ーーー
「……」
「……」
まじまじと顔を見合う二人。
あまりにも似すぎて、双子やドッペルゲンガーと言われた方が納得するレベルだ。
「ッ……色々と聞きたいことはあるが、後回しだ……」
相当傷が痛むらしい。
男は脂汗を浮かべながら、エリアスを睨んだ。
「俺を斬ったやつが……じきにこの場所へ来るだろう……だから早く治療を……」
「待ってください。今、“ じきにやって来る″と言いましたか?」
「二度も言わせるな……それより……早く医者を……」
「呼んで欲しいのなら、早急に答えてください。あなたを斬ったという人物が、この教会に来るのですね?」
「……あぁ。」
男は忌々しげに頷く。
「俺はやつの部下を相当斬り殺したからな……必ず追ってくるだろう……」
「そんな……!!」
エリアスは思わず声を荒らげた。
「教会には子どもや赤子が大勢いるのですよ!?」
「俺の知ったことか……痕跡を消す余裕などなかったんだ……」
「なのに、治療はしろと?」
「……分かった。治療が済んだら、お前たちを護衛してやる。だから早く」
「果たして、それほどの大怪我を治療できる時間が残っているのでしょうか?あなたを治療するぐらいなら見捨て、領民と避難した方が間違いなく賢明です!!」
「お前……ッ」
男はエリアスに飛びかかろうとする。
だが、
「ッ……!!」
激痛が襲い、身体が思うように動かない。
男は頭に血が登り、叫ぶ。
「領民が大事ならお前が戦ったらどうだ!?教えておいてやるが……今から俺を見捨てて逃げれば、お前らは間違いなく皆殺しだ!!」
「あなたと話している時間がもったいない!!ワタシはもう教会に戻ります!!」
「あぁ、そうか!!ならば、俺は殺される前に言ってやるよ!!“ この領地には双子の弟がいるんです。どうか弟だけは狙わないでください”ってな!!」
「ッこの!!」
エリアスは男の首を勢いよく掴んだ。
このままキュウと絞めてやれば、男の命はそれで終わるだろう。
だが男は、エリアスに怯む様子はない。
「やってみろよ!?聖職者なんかやっているお前に俺は殺せないだろう!!」
「この道はワタシが望んで進んだものではない!!よって、ワタシは領主として領民を守るために、あなたを絞め殺す!!」
「なら何故やっていない??俺は普通に会話ができているぞ!?」
「そんなに死にたいなら、すぐに殺して差し上げますよ!!」
エリアスは手に、少しずつ力を込め始めた。
キリ……キリ……キリ……
「グ……」
男は苦しそうにもがく。
しかし、
「……クフッ……ククククク」
どうしてしまったのだろうか。
急に、不気味に笑い始めた。
「何が可笑しいんです!?」
「クク……いやぁ……」
すると男はエリアスの腹部に蹴りを入れ、
ガッ
勢いをつけてクルッと。
エリアスが上から首を絞めていた体勢から、男が上へと変わった。
「楽しそうだなと思って。」
「!?」
エリアスは掴んでいた男の首を、急いで横に投げる。
ドンッ
「クク……ククククク……」
男は壁に勢いよくぶつかるが、それでも笑うのを止めなかった。
「人間の首を絞めながら、そんな生き生きとした目をするやつは初めてみたよ。実はやってみたかったんだろう?…ククッ……歪んでいるな。」
「勝手に決め付けないでください!」
「なのに、どうして本気で首を絞めない?お前なら首の骨をへし折るくらい簡単なはずだ。なぁ、もっと欲に従順になれよ。退屈なまま人生を終わらせる気か?」
シャキィッ
男は腰に携えていた剣を抜き出す。
「……この剣を握れ。それだけで、これからのお前の人生はきっと楽しくなる。」
「握りません。それを握ってしまったら、人の道を踏み外すことになります。」
「人の道など、くだらんことを考えるな。いいか?本当のお前には、清い人間性なんか微塵も備わっていないはずだ。俺には分かるさ。片田舎で、能力の低い人間に囲まれながら育つ苦痛。それが嫌で、俺は剣の道に進んだんだからな。」
ここまで言い終えると、男の顔がまた苦痛に歪み出した。
アドレナリンが切れたようだ。
「……ッ」
「もう止めてください。ワタシに剣を握らせようとしても無駄です。」
「なぜだ……?」
「分かりきっているからです。剣なんか握っても、何も楽しくない。どうせ誰も」
「ワタシには敵わない。とでも言うつもりか?……ククッ……おめでたい奴だ……」
男は呼吸を荒くしながらも、エリアスへ嘲笑するような視線を向けた。
「俺もそう思っていた時期はあったさ……だけどな……剣を志して……騎士団に入った俺が……模擬戦で何回負けたと思う?」
「さぁ……」
「二回だ……この俺が二回も負けたんだ……一人はあのロメオ殿下で……もう一人は青髪の……アズーロとか言ったか?……ともかく、俺が負けたことは初めてだったんだよ……」
「その二人なら、ワタシに勝てると?」
エリアスのこの言葉に、男は明らかに不機嫌な顔をする。
「馬鹿が。今のお前は俺にも負ける……そんなに剣の道は…甘いもんじゃない……」
「あなたは剣の道で、何を得たんですか?」
「夢だ。」
男の瞳が、星の光を受けたようにキラキラと輝く。
「あの二人に勝ったら……東の大陸にでも行って……世界で……一番の剣士になる……」
「それはまた……大きな夢ですね。」
「……あぁ。」
カチャ
男は剣を持ち上げた。
「同じ顔のよしみだ……貸してやるから、行ってこい。」
「……」
差し出された、銀色の刃。
暗い倉庫の中で輝く鋼は、まるで銀河を閉じ込めたように美しい。
エリアスは差し出された剣をーー
「夢……ですか。いいですね。」
いつの間にか握っていた。
無邪気に微笑むエリアスと、邪悪に笑う男。
「ワタシも……夢を見てみたいです。」
この、子どものような純粋な願いが。
エリアスが最初に見つけた、剣を握る理由となった。
ーーー
ふふ……
改めて振り返ってみると、ワタシは兄の影響をかなり受けたようです。
ちょっぴり意地悪なところなんか、特に。
さてさて。
この後のことですが、ワタシは兄のフリをして戦地へ赴き、兄はワタシのフリをして教会で治療を受けることになりました。
そのために服の交換をしたのですが……
兄の服装は無駄に装飾品が多くて、着替えが大変だったことを覚えています。
ですが、小物やアクセサリーの趣味は中々良く。
手入れもしっかり行っているようで、意外な一面を見ることができましたね。……ふふっ。
では。
ここからはワタシが初めて人を殺した時の話に移りましょう。
どうぞ、ご覧ください。
ーーー
「……」
エリアスは馬に乗り、男が斬られたという場所の近くまで来ていた。
しかし、ある問題に直面する。
「……いったい、誰があの人を斬ったのでしょう?」
少し向こう側に見えるのは、緑の軍服を着た人間が七十人ほどと、
鎧で全身の守りを固めている人間が百三十人ほど。
男によれば、バレンティアの騎士は鎧をつけると弱者とみなされる風潮があるらしく、軍服のみで戦っている人物が味方らしい。
男の軍服が赤いのは、身分の高さと大将格であることを示すためだとか。
「まぁ……いいです。こんなに悪目立ちする服を纏っていれば、向こうからやってくるでしょう。」
エリアスはひとまず、もっと戦地へ近づいてみることにした。
コツ コツ コツ コツ
しばらく進んでいるとーー
「……これは」
道に、鎧がいくつか転がっている。
手足のない鎧ばかりだった。
「……」
エリアスは馬から降り、鎧を間近で見てみる。
そして、
「これは酷い……」
思わず顔をしかめた。
なんと鎧の中には、しっかりと中身が入っていたのだ。
顔は青白く、憎悪と苦痛に満ちた死に顔。
死因は、失血死だろう。
「鎧の間接部を的確に狙い、手足をバッサリですか。誰がこんなに非道なことを……」
と、その時。
「……こ……の……」
エリアスのすぐ後ろから、か細い声が聞こえる。
「?」
振り返ってみると、まだ微かに動く鎧があった。
「おや、まだ生きているんですね。もう虫の息のようですが……」
動く鎧の中身は、他と同じように顔面が蒼白。
唇が震えているあたり、失血で伴う寒さが酷そうだ。
「……苦しそうですね。」
エリアスは兜をジッと眺める。
(ふむ……この構造なら外せそうです。)
そして、そっと兜を脱がせた。
ガチャ
中からは、憎しみを全て詰め込んだような目をした、歳若い青年の顔が現れる。
「可哀想に……」
エリアスは目を瞑り、手を組んだ。
「どうか……天では暖かい場所で、苦痛なく過ごせますように。」
神父として、空へ祈りを込める。
そしてーー
ザクッ
青年の首を、男から借りた剣で切り落とした。
「……」
エリアスは自身の手をジッと眺める。
「初めて……人を殺してしまいました……」
と、その時。
ダダッ!!
猛烈なスピードで、何かが突っ込んでくる。
「おっと。」
キィィイイン!!
エリアスは反射的に剣を立て、一撃を防いだ。
「ッ生きていやがったかぁぁああああああ!!」
そう叫ぶのは、二十代半ばほどの青髪の男。
鎧を纏っていないが、エリアスが見た緑の軍服とは少しデザインが違う。
恐らく、隣国の騎士だろう。
「なるほど、あなたですか。」
「あぁ!?」
エリアスは後ろへ跳び、青髪から距離をとった。
青髪は息を荒くしながら鬼の形相で睨む。
「お前、そこの男を何故殺した!?」
「何故と言われまし……言われても、ただの介錯だ。苦しそうだったからな。」
「誰のせいでっっ、その男や周りの人間がそんな姿になったと思っている!?!?」
「俺の知るところではない。」
「っあぁぁあああああああ!!!」
青髪は顔を真っ赤にしながら、叫ぶ。
その反応を見たエリアスは悟った。
(……この騎士たちの手足を斬ったのは、あの人でしたか。とんでもない人ですね。)
間違いなく、全てはあの赤髪の男の仕業だ。
耳障りのいいことを言っておきながら、エリアスを自分の身代わりとして送り出し、自分はまんまと治療だけして逃げる。
首を絞められていたのに笑っていたのは、この策略を思いついたからなのだろう。
つまり、エリアスは嵌められたのだ。
(それは愚かだったワタシも悪いとして……それを説明して、この青髪の男が納得するはずもない。戦いは避けられない。かなりマズイ状況です……)
「おい、何を笑っていやがる!?!?」
「え?」
この男は何を言っているのか、エリアスは分からなかった。
しかし、そっと自身の口元に手を当てて気づく。
(あれ……どうして笑って……)
「死ねッ!!」
考える間もなく、青髪が突きを放つ。
シュッ
身を逸らし、躱すエリアス。
ーーッゾク
「!?」
その瞬間、自分の中で初めての感覚が走った。
「死ね死ね死ね死ね死ねッ!!」
突きを避けられた青髪は、直ぐさま横に薙ぐ。
スッ
これは後ろに身を倒し、“ つ”の字になって回避。
ガッ!!
ついでに、片足を上げて顎を蹴った。
青髪の体勢が崩れたところで、一閃。
シュッ!!!
ーーー
……この時は本当に災難でした。
あの場でワタシが死ねば、兄を殺して仇をとったと勘違いした青髪は満足し、兄の一人勝ち。
兄はそれが狙いだったんですね。
しかしまぁ……
手足だけ切ってトドメをささないとは、本当に人が悪い。
あれでは恨みを買って当然でしょう。
青髪さんも災難でしたね。
……ふふ。
ワタシが勝ったから笑い話で済んでいますが、もし負けていたら中々ひどい話です。
ーーー
戦いは、エリアスの圧勝に終わった。
「ゴフッ……」
青髪が苦しそうに血を吐く。
腹を斬られたのだ。
「今、楽にします。」
エリアスがトドメをさそうとした、その時。
「お前……誰だ……」
「ん?」
「誰なんだよ……お前は……あの赤髪じゃないだろう……」
「!」
エリアスは目を見開く。
「……どうして分かったんですか?」
「ッお前の剣……下手くそなんだよ……」
「……」
「あの赤髪は……人は最悪だが……剣は美しかった……」
ヒュウッ ヒュウッ
青髪の呼吸が、どんどん乱れていく。
もう、彼の死期も近いだろう。
「なら、どうして彼に傷を負わせることができたのですか?」
「あいつらの……お陰だよ……」
青髪は、転がる仲間たちを見た。
「赤髪は……俺との戦いに……手を抜いていやがったから……油断している隙に……あいつらが……もがいて……脚に飛びついて……」
「見事、隙を作り出したのですね。手足の無い状態で。」
「あぁ……逃げられちまったが……深手を与えることは……できた……なのにッ」
一筋の涙が、頬を伝う。
「お前を見て……トドメをと……ゴフッ……思ったのにぃッ!!」
「……」
「ほん……ものは……どこに……」
「とある教会で、治療を受けています。」
「ち……りょう……!?」
青髪は目を大きく開くと、それを最後にこと切れた。
「……」
「……」
エリアスは膝をつくと、
「騙して申し訳ありません。どうか天では、仲間と共に安らかに……」
少し前にそうしたように、空へ祈る。
「……」
そして目を開け、
「クク……クククッ……ハハハハハハッ!!!」
笑った。
「凄いです!!凄かったです!!命のやり取りがこんなにワクワクするだなんてっ!!人が真に絶望した時、そんな顔をするだなんて知らなかった!!面白い!!非常に面白い!!」
エリアスは剣を、高らかに掲げた。
「下手くそ!!下手くそですって!!初めて言われましたよ、そんな言葉!!あの人の剣がそんなに美しいのなら、ぜひ見てみたい!!もっと!!もっと剣を知りたいっ!!」
そして、少し先にいる集団へと足を進め出す。
「剣を知るために、人を斬りましょう!!あんなに沢山いるんですから!!」
こうしてエリアスは甲冑の騎士を壊滅させ、この地に“ 赤髪英雄譚”という伝説を残した。
ーーー
これが、ワタシが剣に魅入った記念すべき日。
あぁ……本当にこの日は楽しかった。
ククッ。
この後の展開ですが、ワタシは適当なバレンティアの騎士に「腹を斬られた。この近くの領地で医者を探す。」と言い残し、無事に教会へと帰りました。
そして自室のドアを開けると……何とそこにはグッスリと眠る兄の姿。
ワタシがツンツンして起こすと、飛び上がっていましたよ。
功績を伝えると、それはもう悔しそうで悔しそうで。
クククッ……
意外なことに、兄はかなり演技上手だったようで、領民は誰も入れ替わりに気づいていませんでした。
ワタシの手柄は、ただ人の寝室で寝ていただけの兄の物になったわけです。
ふふふっ。
では、次で最後。
最後はあの子……紫月が求めていた、ワタシが剣を握るメインの理由に繋がるお話です。
意外と短いので、最後までお付き合いください。
ーーー
シュッ!
シュッ!
月が黄金に輝き、生物が寝静まる頃。
エリアスは剣を振っていた。
「もう少し、手首を柔らかく使え。」
「はい!」
シュッ
シュッ
あと五十回ほど、同じ動作を繰り返した。
「よし、一旦休憩だ。」
「はい。」
素振りを終え、エリアスは汗を拭う。
「今晩もお付き合いくださり、ありがとうございます。……兄さん。」
「何度言わせる。その呼び方はやめろ。」
「いいじゃないですか、実際に兄弟なのですし。」
「フンッ……」
赤髪の男、マティアスは不機嫌そうに鼻を鳴らした。
実はあの入れ替わりの後、実家に戻ったマティアスの調べで二人は生き別れた兄弟だと言うことが判明したのだ。
何か思うところがあったのか、マティアスはエリアスにそれを報告。
そのことを知ったエリアスは大層喜び、入れ替わりの時の恩を理由に、夜な夜なマティアスから剣術を習っているのだ。
「明日は来るなよ。来客がある。」
「あぁ、また女性ですか。その性格なのに何故かモテますよね。」
「俺のこの顔と、セクシーフェロモンじゃないか?」
「そんなキメ顔で言われても……」
もう冗談を言い合える仲、というわけでもない。
エリアスはともかく、マティアスは冗談を言わない質だ。
つまり、マティアスの“ セクシーフェロモン”発言は真面目も大真面目。
「ところで……お願いがあるのですが。」
「断る。」
「ワタシ、今日が誕生日なんですよ。」
「断る。」
「ワタシの活躍で給金が上がったんですよね?」
「……なんだ。」
マティアスが露骨に舌打ちする。
こう見えて、この男は意外と義理堅い。
「一振りで構いません。兄さんの本気の剣を見せてください。」
「いつも見ているだろう。」
「いつもの適当な振りではありません。本気の一振りです。お願いします。」
「……」
「今度、兄さん好みのお酒を持ってきますから。」
「……」
しばし沈黙が流れるが、
やがてマティアスは深いため息を吐いた。
「はぁ……面倒くさい。」
そう言いながら、姿勢を真っ直ぐに正す。
スッ
剣を構えた。
「わぁ……」
それだけで、エリアスは感嘆の息を漏らす。
なんと凛とした佇まいだろう、と。
「……」
マティアスは何も言わない。
ただ静かに。ジッと前だけを見据え、
シュッ!
剣を振った。
ーーゾクゾクッッ
「ッッ!!!」
たった一振り。
本当に、それだけだった。
だが、エリアスは身体がシビれて動けなくなる。
切っ先が描いた銀色の軌跡だけが、脳裏に焼き付いて離れない。
「……これで満足か?」
マティアスが剣を下ろす。
「……」
「おい。」
「……満足……いえ……」
「はぁ?」
「感動しましたッッ!!」
「うわッ」
マティアスがこれ以上ないほど顔をしかめる。
なぜなら、エリアスの瞳から大量の涙が……いや、
「ッ……ありがとうございました……ズビッ……」
大量の涙と鼻水が溢れ出していたからだ。
(俺と同じ顔で鼻水なんか出すなぁぁあ!!)
「美しい……ズビッ……なんて美しいのでしょう!あの青髪が言っていた通り、本当に美麗な剣です!……ズビッ」
しかし、エリアスは涙や鼻水よりも感動を伝えることの方が大事らしい。
「兄さん……」
「ゲッ。」
徐々に近づいてくるエリアスと、離れるマティアス。
「ワタシ、夢ができました。」
「そうか良かったな、離れろ。」
「兄さんみたいに美しく剣を振りたい。」
「やめろ、来るな!!」
「そして、世界で一番の剣士になりたいです。」
「ッはぁ!?」
マティアスの額に青筋が浮かぶ。
エリアスから離れていたはずが、今度は詰め寄っていった。
「俺を差し置いて世界一になれるわけないだろうが!!」
「確かに、今はワタシの負けですが……未来は分かりませんよ?」
「ありえない。絶対にありえない!!お前もう帰れ!!」
「では、また明日。」
「女が来ると言っただろう!!絶対に来るな!!」
「ならあと一振り!!最後にもう一振り見せてください!!」
「嫌だね!!」
ーーー
赤髪の男が振った、たった一振り。
その剣は……
エリアス・カルミナの心に、生涯消えることのない炎を灯し、純粋な夢を与えたのである。
本にするのなら、締めの文はこんなところでしょうか。
どうしてワタシは、この時の夢を忘れてしまっていたのか……。
“ 兄のように美しく剣を振り、世界一の剣士になる”。
これがワタシの、一番やりたいことだったはずなんですけれどね。
いつからか道が逸れてしまったようです。
さて。
ここまでで、話は終わりです。
おつかれ様でした。
今回お見せしていったエピソードは、ワタシが紫月と戦っていて、ぼんやりと思い出していた記憶です。
“ 何故、剣を握るのか”。
あの答えが、今ならスっと言えます。
夢を叶えるためです。
果たして、ワタシのこの夢は叶うのか……ふふっ。
いいえ。
結果を言ってしまうと、ワタシは紫月に負けます。
負けて、死にます。
最期を迎えるのは当然でした。
ずっと夢だけを追い続けていれば良かったのに、愚かにも初心を忘れ、ただの意地悪な子悪党へと成り下がってしまった。
こんな大きな恥を抱えたワタシが、彼女に勝てるはずがありません。
ですが、幸せに死にましたよ。
では、次の話もお楽しみに。




