罪と愛
枝が風を裂くたび、短い断末魔が闇へ沈んでいく。
シュッ。
「ガアッ……」
また一人、頭部を貫かれた男が崩れ落ちた。
湿った土に血が広がる中、紫月は走る速度をほとんど落とさないまま口を開く。
「百発百中ですね……」
「ダーツは得意なんですよ。」
ロメオは軽く息を吐きながら答えた。
その手には、即席の武器として削った木の枝が数本握られている。
負傷しているとは思えない精度だった。
紫月は木々の隙間から周囲を見渡す。
そして、少し先にある岩場へ視線を止めた。
「……あの岩陰はどうでしょう?」
巨大な岩が幾重にも重なり、小さな洞窟のようになっている。
身を隠すには悪くない。
「丁度いい場所だと思います。」
ロメオの返答を聞き、紫月は速度を緩めることなく岩陰へ飛び込んだ。
湿った石の匂い。
ここに人の気配はない。
そう判断し、一歩踏み込んだ瞬間だった。
ピュッ。
反射的に紫月の脚が跳ね上がる。
カッ!!
飛来した何かを蹴り弾いた。
石壁に刺さったそれを見て、紫月は眉を寄せる。
「……毒矢?」
矢じりには、どす黒い液体が塗られていた。
しかも一本ではない。
岩陰の奥には、糸と滑車を利用した罠がいくつも張り巡らされている。
まるで、“味方以外が来ること”を想定して準備していたかのようだった。
ロメオが険しい顔をする。
「紫月さん……ここはやめておきましょう。これは教会の敷地内に仕掛けるような罠ではありません。」
「ですが……」
紫月の視線は、ロメオの脇腹へ落ちた。
走るたびに、血の匂いが濃くなっていく。
どれだけ揺らさぬよう気を遣っても、傷が深い事実は変わらない。
「……少しここで待っていてください。」
まずユキミを丁寧に地面へ横たえさせ、続いてロメオを岩壁にもたれさせるように座らせた。
「何をする気ですか?」
ロメオの問いかけに答えず、紫月は岩陰の奥へ進む。
直後。
ドォン!!
ガシャッ!!
二度、激しい破壊音が響いた。
木片や砂煙が舞い、少ししてから紫月が戻ってくる。
「罠は壊しておきました。」
淡々と告げるその姿に、ロメオは小さく苦笑した。
「あ、ありがとうございます……」
「いえ……」
紫月はロメオの前へ膝をつく。
そして、
「失礼します……」
「え、あ」
ロメオのシャツを捲り上げた。
露わになったのは、鍛え抜かれた彫刻のような身体。
しかし、その美しさを引き裂くように、脇腹には深い傷が刻まれていた。
赤黒い血が滲み、熱を持った皮膚がじくじくと脈打っている。
「……ロメオさんはここで傷を縫合してください。針と糸はありますか?それと着火具は?」
「どれもありますが……」
ロメオの手が伸びる。
そして、紫月の手首を掴んだ。
「あの男の元には行かせません」
「!」
紫月の肩が僅かに揺れる。
「……ロメオさんの縫合が終わるまで、私がこの場所を守ります。大丈夫です、死にません。」
「“約束”できますか?」
「……」
その言葉は紫月の胸を鋭く刺した。
“約束”
それは今の紫月にとって、何よりも重く、何よりも恐ろしい言葉だ。
(私は……)
紫月が言葉を失っている間も、ロメオは視線を逸らしてはくれない。
「できないんですか?」
彼はずっと、真っ直ぐに見つめてくる。
「約束……」
紫月は唇を噛んだ。
そして、
「……します」
小さく答える。
「……もう一度…」
「します。“約束”します。」
その瞬間。
ロメオはようやく、掴んでいた手を離した。
「……ありがとう……」
その声は、どこか安心したようにも聞こえた。
「……何かあれば大声で呼んでください。」
紫月はそう言い残し、岩陰から飛び出した。
湿った土へ静かに着地し、そのまま一度目を閉じる。
「……」
呼吸を整え、耳を澄ませる。
木々の擦れる音。夜風。遠くの虫の羽音。
夜とはいえ、森は賑やかだ。
(人の気配は無し……ロメオさんのおかげ……ね……)
抱えられた状態で移動しながらも、ロメオは寸分違わず敵の眉間を射抜いていた。
あの精度には、流石の紫月も驚嘆せざるを得ない。
(……もし誰か来ても、ロメオさんなら対処できるでしょう……となれば……)
紫月は洞窟まで来た道を、逆に辿り始めた。
ついでに、洞窟とは別の方向に追跡が行くよう細工もする。
(あまり離れすぎてはいけない……もし何か予想外のことがあれ…………ば……)
その瞬間だった。
キュイキェイ!!
「!」
バサバサバサッ!!
鳥たちが、一斉に夜空へ飛び立った。
枝葉を激しく揺らし、危険を告げる鳴き声を撒き散らしている。
まるで森そのものが怯えているようだった。
そして紫月の耳へ、その原因となる音が届く。
ドォオオオオン!!
(爆発音!?しかも近づいてきてっ!!)
紫月は一瞬で理解した。
(……エリアスさん、私の逃げ道なんてお見通しなのね。でも方向まで当てられるなんて……)
負傷したロメオ。
気絶したユキミ。
二人を抱えたまま、紫月はひたすら直線的に走り続けていた。
それが最も距離を稼げると判断したからだ。
下手に隠れるより、土地勘のあるエリアス相手には速度を優先した方がいい。
だが、それは同時に。
進路を読まれやすいということでもあった。
(そんなことよりも……まさか爆弾を使うだなんて……)
ロメオの傷を縫合するため、どこかで足を止める。
エリアスはそこまで読んでいたのだろう。
そうでなければ、こんな回りくどい追い詰め方はせず、真っ直ぐ追いかけてくるはずだ。
つまり――
追いつかれるのは、時間の問題。
(ここでエリアスさんを抑えるしかない……)
紫月はしゃがみ込み、地面に散らばる小石を素早く拾い集める。
ドォオオン!!
さらに近づく爆音。
ドォオオオオン!!
地面が震える。
ドォオオオオオンオオン!!
火薬の匂いが風に混じり始めた。
(……エリアスさん……)
そして。
ドォオオオオオオオオオオンンン!!
爆炎が木々を照らした。
「……ここにいましたか」
煙の向こうから、エリアスが現れる。
黒い神父服の袖を焦がしながらも、その表情は穏やかなままだった。
片手には手榴弾。
ピンは抜かれている。
エリアスは紫月を見つめ、口角を上げた。
「プレゼントです。」
ドォオオオオオオオオオオオンン!!
爆風が森を薙ぐ。
「……いりません」
だが、その中心にいたはずの紫月は無傷だった。
彼女の手には、いくつかの小石。
先ほどの爆弾は、この小石で弾き飛ばされていたのだ。
エリアスは感心したように目を細める。
「たしかに、女性には適さない贈り物でしたね。」
「あなたは……本当に私と死のうと思っているんですか?」
「えぇ、思っています。今のは、ワタシを投げた仕返しですよ。ちょっとしたイジワルです。」
いたずらを成功させた子供のような声音。
だが、その瞳だけは獣じみていた。
「怒らないでください。爆弾なんか、あなたには当たらないでしょう?」
「私が弾かなければ当たっていました。」
紫月は木の枝を構えた。
即席の武器にしては頼りないが、
彼女の手にかかれば、それは十分すぎる凶器になる。
エリアスは視線を爆発地点へ向け、くすりと笑った。
「……フフ……あの方向に殿下はいらっしゃらないんですね……」
「どうしてロメオさんを狙うのですか。」
「言ったでしょう。信者のため……ですよ。」
「話になりません……」
紫月は一歩踏み出す。
また一歩。
慎重に、確実に距離を詰める。
その時だった。
「話にならないのは、あなたの方です。」
エリアスの顔から、すっと笑みが消えた。
「っ……」
紫月の背筋を、冷たい何かが走る。
「どうして急に殿下への情が湧いたのですか?あなたはずっと殿下と距離をとっていたはずです。それは、あなたに愛する人がいるからでしょう?」
「………それは……」
エリアスは新たな手榴弾のピンに、手をかける。
「ずーっと殿下が疎ましかったのでしょう?苦手だったのでしょう?怖かったのでしょう?あなたとは違って優しくて、暖かくて、まっすぐで、笑顔が綺麗だから。」
そして手榴弾を投げた。
ドォオオオオオオン!!
紫月は先程と別方向に、爆弾を弾いてしまう。
これでは、ロメオのいない場所を教えているようなものだ。
「好きな食べ物を覚えてくれて、好きな飲み物を覚えてくれて、好きな花を覚えてくれて、好きな色を覚えてくれて、好きな景色、香り、音楽、本、服、装飾品、雑貨。好きでもない女のために、殿下がどれだけの努力を重ねたか……あなたは知りもしないで、冷たくしていたのでしょう?」
「っそれは…………」
ヒュウっ ヒュウっ
喉元に刃が押し当てられたような、そんな感覚が紫月を襲う。
「ワタシこそあなたに聞きたいぐらいです。どうして殿下を守ろうとするのですか?ずっと向き合わず、散々振り回し、何も殿下に返していないあなたが。今回のことだってそうです。あなたは国の姫という立場でありながら罪人の子との恋にうつつを抜かし、上手くいかなかくなると無責任に逃げました。そんなあなたを、殿下は追いかけてくださったのですよ?敵が何人いるかも分からないのに、馴れない土地まであなたを助けにきたのですよ?そんな殿下に、あなたは何といいましたか?」
「…あぁ……」
紫月は目を伏せた。
“ 私のことはいいので戻ってください!”
そう言ってしまったことを思い出して。
「それなのに、“ ロメオさんを傷つけないでください”?よくそんな言葉が言えたものですね。ずっと傷つけてきたのはあなたなのに。話にならないのは、いったいどちらですか?」
エリアスの冷たい瞳が、まるで氷の針のように胸へ突き刺さり、心の奥を凍らせていく。
顔を青くする紫月の足元を見下ろしながら、エリアスは首を傾げた。
「おや、いいのですか?」
その一言で、紫月は気づく。
いつの間にか、エリアスへ向かっていた足が止まってしまっていることに。
「っっ…………」
たまらず地面を蹴った。
涙を滲ませたまま、木の枝を振る。
しかし、
「おっと。」
軽い声と共に、エリアスは身を逸らす。
枝は空を切った。
「……っ!!」
悔しさとも、怒りとも、恐怖ともつかない感情が喉を塞ぐ。
紫月は涙を浮かべた目で、エリアスを睨みつけた。
すると彼は、わざとらしく肩を竦める。
「あらら……また泣いてしまいましたか。泣き虫ですねぇ。周りの人間が、甘やかしすぎたんでしょう。」
そこまでは、無表情だった。
だが次の瞬間。
ニィイイ
不意に、ぞっとするほど歪んだ笑みが浮かぶ。
エリアスは滑るように紫月の背後へ回り込むと、その細い身体を抱き込むように拘束した。
そして。
可愛らしい耳元へ、甘い吐息を落とす。
「周りの人間と言えばですが……実はワタシ、最初からあなたを狙っていたわけではないんです。」
「……っ」
耳元で囁かれる声に、背筋が粟立つ。
「元の狙いは、あなたのお父様だったんですよ。」
「……お父様、を?」
振り向こうとする。
だが、エリアスは腕に力を込め、顔も身体も固定した。
逃がさない。
そんな蛇のような執着が、絡みつくように伝わってくる。
「はい。東統戦争の英雄、藤堂紫十郎。ワタシは彼と戦いたくて、あなたの元へ刺客を送りました。……まぁ、捕まってしまいましたが。」
「…………あ」
瞬時に、紫月は察した。
エリアスの言う刺客とは、墨男と緑田が対峙したという赤髪の男のことだろう。
「兄にあなたを誘拐させ、人質にしてお父様を呼ぶ予定だったんです。……ですが兄は失敗した。なので次は、ワタシ自身があなたを攫おうとしたのですが……」
そこで言葉を切る。
そして、うっとりとした目を細めた。
「困ったことに、運命を感じてしまいまして。」
「まさか……それで屋敷の近くに……?」
「はい。」
あっさりと頷く。
「あなたの大切な黒服の彼を捕え、あなたを呼び寄せ、助けに来た殿下を殺し、あなたと戦うために襲撃しました。でもまさか……」
クク……ククク……
喉の奥から漏れる笑い。
その震えは、喜びそのものだった。
「まさか自分から!!ノコノコとワタシの前に現れてくださるとは!!運命のイタズラにも困ったものですよ!!」
ハハハハハハハ
悪趣味に震える、エリアスの身体。
「黒服の彼は得られませんでしたが、お友達らしき人物は拘束できました。あの青服の女性は、逃げるあなたを見かけて追いかけようとしたところを捕まったんです。」
ケラケラケラ――
笑いながら、エリアスは自分の頬を紫月へ擦り寄せる。
「そして見事、あなたの動きを抑制し、殿下を手負いにさせることに成功しました。」
「っ………」
「こんなにも上手くことが運んだのは、全部あなたが逃げ出したおかげです!!屋敷に侵入者が入ったと知りながらも、よくぞ逃げてくださいました!!ほんっとうに!!感謝していますよ!!」
ケタケタケタケタ――
笑い声が森へ響く。
そして。
エリアスの声が、すっと低く落ちた。
「おかげで……これからみんな死にます。殿下も、紫十郎様も。みんなみーんな。今夜、殺します。」
「どう……して……」
やっと出せた、か細い声。
エリアスは、それを待っていたかのように目を瞑った。
「世の中には、戦争が終わることを望まない人間もいるんですよ。武器屋、薬の売人……戦争で利益を得る者たちです。殿下が嫁ぎ先の国で死亡し、紫十郎様が同盟国側の人間に殺される。その二つが揃えば、西と東は確実に戦争になる。」
エリアスは微笑む。
まるで、美しい未来を語るように。
「それがワタシの信者たちの願いなのです。」
そして、ようやく紫月を解放した。
ドサッ
「……」
しかし、紫月は立っていられなかった。
その場へ崩れ落ち、膝が土へ沈む。
エリアスは、そんな彼女を見下ろした。
「自分の意思でここへ来た時点で、あなたも加担しているのですよ。」
「……」
「もう少し周りの人間へ目を向け、愛に気づいていれば違っていたでしょうに。」
一言一言が、心へ沈む。
逃げ場なく。
深く。
「全ては、愚かで、自分勝手で、人の心を蔑ろにしてきたツケです。」
「……」
紫月の瞳から、ぽたりと涙が落ちた。
「誰一人幸せにできていない。ただ傷つけるだけ。本当にどうしようもない人だ。ですが……」
エリアスは膝をつき、優しく紫月の頭を撫でた。
その手つきだけは、恋人を慈しむように柔らかい。
「……そんなあなたが、たまらなく愛しい。もうこの世で、あなたを愛してあげられるのはワタシだけではありませんか?」
「……え?」
紫月は言われたことが理解できなかった。
しかし、エリアスは恍惚と笑う。
「だってそうでしょう?あなたを……これほど必要としているのはワタシだけです。」
白い指先が、紫色の髪を梳く。
「ずっと言っていますよ。ワタシはあなたに運命を感じた、と。」
彼は一本の剣を取り出した。
そして、紫月へ差し出す。
「あなただけを感じて……死にたい。そのためにわざわざ、あなたの分まで持ってきました。」
剣先が、静かに揺れる。
「これを握れば、もう何も考えなくていい。苦しまなくていいんです。今回の首謀者であるワタシを斬れば、あなたは責任を取ることができる。もしかすれば……殿下やお父様も助かるかもしれませんねぇ?」
「……」
目の前の剣は、何よりも甘い誘惑だった。
ドクン。
ドクン。
ドックン。
「ねぇ、何も躊躇うことはないでしょう?」
紫月の視界は滲み、思考は白く霞んでいく。
「あとには純粋な、楽しい斬り合いしか残っていないんですから……」
「……」
何も考えられない。
考えたくない。
苦しい、苦しい、苦しい、苦しい。
だから……
紫月は無意識のうちに、その差し出された剣へ手を伸ばしていた。
エリアスは、頬をバラ色に染める。
「互いの魂を感じながら、骨の髄まで……」
紫月の指先が剣へ触れた、
その時だった。
「しづきぃぃいいいいいいいいいいい!!!!!」
雷鳴のような怒号が、森を揺らした。
地面が震え、空気が裂ける。
その声だけで、獣たちが怯えて逃げ出していくほどの圧だ。
直後。
「しづきぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!」
木々を薙ぎ倒す勢いで現れたのは、熊のように巨躯の男。
藤堂紫十郎だった。
「実は……」
「え……」
エリアスは紫月に何かを告げ、そのまま後方へ跳躍。
するとーー
「俺の娘に何をしているぅうううううう!!!!」
紫十郎の刀が、暴風のように振り下ろされた。
キィィイイイイン!!
「重いっ……!」
「ッちィ!!」
エリアスは咄嗟に剣を差し込み、防御する。
しかし、
キシッ……
嫌な音と共に、エリアスの剣から鋼の欠片が零れ落ちた。
「ははっ……とんでもない方だ。」
「当然だァ!!!!」
二人は距離をとった。
刀と剣を構え合い、間合いを図る。
「大人しく首を差し出せば、楽に死なせてやる!!」
「罪状は?」
「紫月の誘拐!!屋敷への襲撃!!殺人!!違法薬物の生成と売買!!他にも言えばキリがない!!!」
「確かに、そんな凶悪犯は野放しにできませんね。思い切り来てください。」
「フンッ」
紫十郎が踏み込む。
ドッ
大地が爆ぜるような勢いのまま、大上段から剣を振り下ろした。
「そんな大振りっ――」
当たらない。
そう言い切るはずだった。
だがーー
「っ!!」
体を逸らし、スレスレで避ける。
本能が、紫十郎の一太刀を受けることを拒んだのだ。
直後。
背後の大木が数本まとめて両断され、轟音を立てて崩れ落ちる。
「……ははっ」
冷や汗が、エリアスの頬を伝った。
「避けたかァッ!!」
「ふふっ……!!」
その瞳は恐怖ではなく、歓喜に染まっている。
シュッ
キィイイン!!!
シュッ シュッ
その後も斬りこんでいく紫十郎。
対してエリアスは、五感、身体能力、剣の頑丈性など全てを駆使して猛攻を防ぐ。
「強い、硬い、速いっっ!!」
「避けてばかりだな!?小僧!!」
戦いが白熱するなかーー
「姫様!!」
黒服の青年、墨男が森を駆け抜けて現れた。
彼は真っ先に紫月の元へ走る。
「姫様!!よくぞご無事で!!」
勢いのまま抱きつきそうになり、
「あっ」
寸前で我に返る。
慌てて、紫月の肩へ手を置いた。
「姫様、お怪我は!?姫様!!」
軽く揺する。
しかし、
「……」
反応がない。
いや。
そもそも、墨男を見ていなかった。
その菫色の瞳は、別の方向を見つめている。
「……?」
墨男も視線を追う。
だが、そこには何もない。
「姫様……?」
「………………………墨男」
ようやく。
ようやく紫月の焦点が、墨男へ合った。
「ロメオ……さんは……」
「殿下ですか? お姿は見えませんが……」
「ロメオ……さん……」
紫月はふらりと立ち上がる。
そして、先程から見つめていた方向へ歩き出した。
その時。
「追ってください!!」
「「「はい。」」」
エリアスの声に反応し、木陰から三人の黒服が現れた。
一人は男。一人は女。一人は少年。
家族のようにも見える。
「藤堂の娘……!!」
三人は紫月を睨みつけ、追いかけようとした。
だが。
「がァっ!!」
女の身体が止まる。
胸から、血塗れの刃が突き出していた。
「姫様に近づくな!!」
墨男が、女の心臓を貫いたのだ。
「この……よくもぉおおおおおおおお!!」
「ッ……!!」
女を殺され、激高する少年。
その目を見た瞬間。
ーーまた殺すんだな。俺と小夜のように。
ーーどうして嘘をついたの?
墨男の脳裏に、あの二人の影がよぎった。
「影丸……小夜……!!」
墨男が奪った二つの命。
「……」
頭の奥から声が聞こえる。
怨念のこもった、憎悪の声が。
頭の奥から。
――また殺すんだな。俺と小夜のように。
「死ねェッ!!」
背後から男が襲いかかる。
ガッ!!
墨男は振り向きざまに、回し蹴りを叩き込んだ。
「ァグッ……」
男の身体が吹き飛び、墨男も男の上へと跳ぶ。
そのまま。
ザッ!!
男の喉を、一息で掻き斬る。
――また殺したな。
ーーまた罪を重ねるのね。
まだ聞こえる、呪いのような囁き。
だが墨男は、その声を聞きながらも、目の前の少年へ向き直った。
「殺すさ……姫様を守るためなら、何人だって!!」
「このぉおおっ!!」
少年が刀を振りあげる。
墨男は腕が上がった隙に、腹を狙って
ザシュッ――
一閃。
次に首を狙い、
ザシュッーー
もう一閃。
ブシャァアア
少年の首が宙を舞った。
血飛沫が夜気へ散る。
「……」
墨男は、自分の血塗れの手を見つめた。
「……姫様……ずっと……こんなお気持ちだったのですね……」
顔へかかった返り血を静かに拭うと、墨男はそのまま、紫月の後を追って駆け出した。
ーーーーーー
ロメオの突きが、夜気を鋭く裂いた。
――フッ!!
彼の拳が、寸分違わず敵の喉を穿つ。
「ッ……」
短い断末魔。
喉元を潰された男は白目を剥き、そのまま糸の切れた人形のように地へ崩れ落ちた。
ドサッ、と湿った音が響く。
「△&☆#!!」
すぐ傍で、ユキミが悲鳴とも言葉ともつかない声を上げた。
顔は青白く、肩は震えている。
無理もなかった。
つい先ほどまで気絶していたのだ。目を覚ませば爆発音が鳴り響き、知らない人間が何故か襲ってきて、目の前で人が死ぬ。
とても、現実を落ち着いて直視できる状態ではない。
ロメオは拳を軽く払うと、申し訳なさそうに眉を下げた。
「ごめんね。少し過激で。」
「うぅ……やばいって……これ……」
ユキミは膝を抱えて座り込んでいる。
(……まずいな……この子を抱えての移動だと……逃げられるだろうか……)
ロメオは頭を悩ませていた。
自分が負傷しているのはさして問題では無い。
問題は、ユキミが起きてしまったことだ。
気絶していれば何とか抱えての移動も可能だったが、混乱している人間相手にはそうはいかない。
余計にパニックを起こすこともある上に、行動が読めないからだ。
(それでも動かないと……全員で帰らないければ、僕の友人が泣いてしまう。)
ロメオはユキミの腕をそっと自分の肩へ回し、立ち上がらせる。
「っ……」
縫ったとはいえ、脇腹の傷が軋む。
左脚も熱を持ち、踏み込むたび鈍痛が走った。
それでもロメオは笑った。
「ごめんね、行くよ。」
爆発音のした方向へ。
出来る限り速く、森を駆ける。
ある程度の距離を進んだ頃だった。
(……誰か来る)
ロメオは足を止めた。
月明かりの奥。
木々の隙間を縫うように、一つの影が走ってくる。
「あれは……」
長い紫色の髪をなびかせた、月光の如く儚げに輝く美少女。
「……紫月さん?」
「ロメオさん……!!」
紫月はロメオの元へ辿り着くなり、
ガクン
と膝からその場へ崩れ落ちた。
「ど、どうしたんですか!?」
ロメオは慌ててしゃがみ込む。
すると紫月は、俯いたまま震える声を漏らした。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
壊れた祈祷機のように、同じ言葉を繰り返す。
「落ち着いて!! 何があったんですか!!」
ロメオが肩を掴むと、紫月は涙を零しながら顔を上げた。
「私……聞いたんですっ……エリアスさんに……」
「聞いたって………何をですか?」
ロメオの胸の奥がざわつく。
特に“ エリアスに聞いた”という事実から、嫌な予感がした。
「ロメオさんは……ロメオさんにも……」
紫月は、息を詰まらせながら言った。
「好きな人がいるって……」
「――っ」
ロメオの心臓が跳ねた。
まるで、秘密を直接握り潰されたような感覚に陥る。
「故郷に好きな人がいるって……私……それなのに!!」
地面に、紫月の涙がぽたぽたと零れ落ちる。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……!!」
「落ち着いてください、紫月さん。」
ロメオは静かに肩へ手を置いた。
「謝らないでください。何も悪いことなんてしていないじゃないですか。それに、その話だって……」
「しています!!」
紫月は激しく首を振った。
「ロメオさんは私と同じ境遇なのにっ……それでも優しくしてくれました……なのに私は……冷たい態度ばかりとって……教会に迎えに来てくださった時も……“ 戻って”なんて言ってしまって……」
「そんなこと、僕は気にしていません。だから思い詰めないでくだ」
「そんなわけないじゃないですか!!」
紫月は叫んだ。
「私には分かります!!好きな人がいて……それなのに、結婚する人が決まっている!!それがどんな気持ちかっ……」
「そのことは戻ってゆっくり話しましょう。まずはここから脱出するべきです。生きて帰ったら、何時間でもお付き合いしますから……だから」
ロメオの言葉は、そこで止まった。
目の前で起きていることが信じられなくて。
「斬ってください。」
紫月が、剣を差し出していた。
「……は」
「私を……斬ってください……」
その手は小刻みに震えていた。
「ずっと……ロメオさんの心を傷つけてきました。その傷と同じものを、私につけてください……」
「何を……言っているんですか!!」
ロメオの声が荒くなる。
「殴っても蹴っても構いません。どんな罵倒も受けます。」
「出来るわけないでしょう!!」
「あ……ロメオさんは……そうですよね……なら……」
紫月は左手へ剣を持ち替えた。
そして切っ先を、自分の右手へ向ける。
ガッ。
ロメオが即座に腕を掴んだ。
「何を馬鹿なことを!!」
「……ここまでのことになってしまった以上、ケジメはつけるべきです。そしてこれは、償いでもあります。」
「君の体が傷ついて何の償いになるんですか!!そんなことをしたって誰も喜ばないでしょう!?」
「悲しむ人もいません。ずっと誰かを傷つけていた私には……当然のこと。」
「いい加減にしろよ!!」
ロメオは右手を振り上げた。
紫月は目を閉じ、顔を上げる。
自身の頬を、赤く染めてくれることを期待して。
だが……
ピタ。
「……どうして殴らないんですか?」
「僕は女性を殴ったりしない。何があっても。」
ロメオの手は、頬に優しく触れただけだった。
「本当に君は……僕のことを何も分かっていないね。」
「……すいません」
「ずっと、そんな男だと思っていたのかい?」
「……すいません」
「謝ってばっかりだな、君は。………そうだ、僕にも謝らせてよ。」
紫月が目を瞬かせる。
「ロメオさんが謝ることなんて、何もありませんが……?」
「ううん。」
ロメオは少しだけ視線を伏せた。
月光が、その整った横顔を淡く照らす。
「僕に好きな人がいるって話……本当なんだ。」
「――!」
紫月の瞳が大きく揺れた。
知っていたことだが、本人の口から聞かされると改めて驚いてしまう。
「そう……ですか……」
紫月は、震える指先から力を抜くようにして、握っていた剣をゆっくりと下ろした。
草の上へ落ちた切っ先が、鈍く反射する。
ロメオはそんな彼女を見つめたあと、静かに口を開いた。
「紫月さんは、僕に“優しくしてくれた”って言ってくれたけれど……僕が君にやってきたことは、全部……好きな人にしてあげたかったことなんだ。」
「……」
紫月の肩が、小さく揺れた。
「……ずっと君で、欲求を満たそうとしていた。本当にすいません。」
そう言って、ロメオは深く頭を下げる。
まるで、自分の罪を告白するように。
「そんな……!」
紫月は慌てて身を乗り出した。
「謝らないでください!むしろ、私みたいな捻くれた女が相手で申し訳ないです……!!」
「……“捻くれた”女の子、か。」
ロメオは苦笑した。
「正直、君にそう思っていたこともあったよ。どうしてここまでやっているのに、可愛い顔の一つも見せてくれないんだってね。」
「……実際、可愛くないですから」
紫月は俯く。
だがロメオは、はっきりと首を横に振った。
「僕は初めて君を見た時、“なんて綺麗な人なんだろう”って思ったよ。」
ロメオの金髪が、淡く煌めく。
「同時に、“笑った方がもっと可愛いだろうな”ともね。」
「ぇ……」
紫月の顔が、かぁっと赤く染まった。
リンゴみたいに真っ赤になったその顔を見て、ロメオは小さく吹き出す。
「気づいてないと思うけど、君ってかなり感情が顔に出るタイプなんだよ。」
「そ、そんなこと……」
「あるよ。そういう所を見ると、本心から“可愛いらしいな”って思えた。だけど……」
ロメオの表情が曇る。
「その表情を、墨男君やリコ達だけじゃなく……僕にも向けて欲しかった。」
「……」
紫月は何も言えなかった。
思い返せば、ロメオの前ではいつも仏頂面だった。
時には睨んだり、避けたり、逃げたこともあった。
そんなことばかりしていたのだ。
「でも、その気持ちを君には伝えて来なかったから、僕らの距離はずっと遠かったのかもしれない。今はそう思うよ。」
夜風が、二人の間を通り抜ける。
「結局、僕も君も……お互いに向き合っていなかったんだ。」
その言葉に、紫月は長い睫毛を伏せた。
「……ロメオさんはずっと、私のことを呼んでくださっていましたよ。私がもう少し大人になって……ロメオさんの暖かい声に耳を向けていれば……今とは違っていたはずです……」
「急に大人になれ、という方が無理な話だよ。僕も紫月さんも、まだ子供に当てはまる歳じゃないか。……これから二人で大人になって、今までの時間を取り戻していけばいいんだよ。」
「……私にそんな資格はありません。この場所に来てしまった時点で、取り返しのつかないことをしています……ユキミさんを巻き込んで……ロメオさんに怪我を負わせて……エリアスさんを止めることも出来なくて……」
「取り返しはつくよ。僕も君もユキミも、まだ生きているんだから。」
「エリアスさんは言っていました……ロメオさんも、お父様も、みんなを殺すって……私のせいで……」
どこまでも、自分を責める紫月。
そんな彼女に、ロメオは小さくため息をついた。
「……ねぇ、紫月さん。少しいいかな?」
「は、はい……何なりと。」
紫月は緊張したように息を呑む。
ロメオは目を閉じ、一度だけ深呼吸をして――
「暗いよ!!」
「っ!?」
森に響き渡るほどの大声で叫んだ。
紫月がびくりと肩を跳ねさせる。
「君がそうなる気持ちは僕にはよく分かるよ!!戦争を経験して!!結婚を決められて!!心の整理がつかなくて!!苦しくて!!でもっ!!ずっと後ろを向いていて楽しいのか!?そんなの、“生きている”って言えるのか!!」
「え……あ……」
紫月は完全に圧倒されていた。
こんなロメオを、見たことがない。
いつだって穏やかで、優しくて、怒ることなんてなくて。
どんな冷たい態度を向けても笑っていた彼が、今は本気で怒っている。
「これがずーーーっと言いたかったことだよ!!」
ロメオは勢いのまま続ける。
「さっきも償いとか言っていたけれど、結局は罰してもらった方が楽になれるからっていうだけだろう!!それを求められる僕の気持ちを考えもしないで!!そんなことをしてもらうために、僕は怪我まで負ったんじゃない!!」
「っ……」
「それに僕も悪かったって言っているのに!!自分が悪いばっかりで!!話が進まないじゃないか!!もう少しリコ達の楽観的なところを見習ったらいい!! あの子達は、生きていてすごく楽しそうだからね!!」
そこまで叫んで、
「……あ」
ようやくロメオは我に返った。
「…………すみませんでした。」
急にしおらしく頭を下げる。
その瞬間。
「姫様!!殿下!!」
聞き慣れた声が森へ響いた。
黒服を翻しながら現れたのは、墨男だ。
彼はロメオの血に濡れたシャツを見るなり、顔色を変える。
「殿下!!そのお怪我は!?」
「うん……僕は大丈夫。それよりも……」
ロメオが視線を向ける。
墨男も釣られて紫月を見ると、思わず目を瞬かせた。
「姫様?そんなに目を大きく開かせて、いかがされたのですか?」
「紫月さん、さっき自分の右手を刺そうとしていたんだ。」
「は!?」
墨男の声が裏返る。
「今回のことを償うために、自分で傷をつけるって。誰も悲しむ人はいないからってさ。」
「何を仰っているのですか姫様!!」
墨男は血相を変えた。
「そんなことをすれば、私も大旦那様も悲しむに決まっています!!」
「え……私……こんなに迷惑をかけてしまったのに……?」
紫月は、本気で分からないという顔をした。
その反応に、ロメオは額を押さえる。
「聞こえていたと思うけど……僕が怒鳴った理由も分かっただろう?」
「はい……よく分かりました……」
墨男は真顔で頷いた。
ロメオは疲れたように肩を落とす。
「墨男君も何か言ってやってくれ。僕は少し疲れたから……」
「……そうさせていただきます。」
墨男は深く一礼し、改めて紫月へ向き直った。
そして、真っ直ぐ彼女を見つめる。
「姫様は……私にとって、最も大切な御方です。」
「「えっ」」
あまりにもストレートな言い方に、紫月だけでなくロメオまで驚いた。
「姫様は美しく、賢く、可憐で清純で……剣では並び立つ者がいないほどの腕前をお持ちで……」
「ま、待って墨男……!」
「お優しくて……いつも暖かい。私にとって、月のような存在です。」
「っ……!」
ぶわ、と。
紫月の顔が耳まで真っ赤になった。
湯気でも出そうな勢いである。
「そんな御方に、“悲しむ人はいない”などと思わせてしまった原因は……半端な行動ばかりしてきた私にあります。本当に申し訳ございませんでした。」
墨男はその場で土下座した。
「そ、そんなことないわ!墨男は私を守っていてくれていたじゃない……!」
「いいえ。私は姫様を傷つけてばかりでした。姫様が戦を終えて帰られた日から……」
墨男は懐へ手を入れる。
そして取り出したのは、小さな白い花。
「……シロツメクサ……」
「申し訳ございませんでした、姫様。“約束”を覚えていないというのは、嘘です。」
「!」
紫月の心臓が、大きく跳ねた。
「私には……姫様の人生の責任を取る、という選択ができませんでした。大旦那様の元を離れれば、甲斐性どころか食べるものすら怪しい。そんな未来に……姫様をお連れしたくなかったのです。」
「墨男……」
「姫様との約束を、一日たりとも忘れたことなどございません。私にとっては尊くて……過ぎた夢であり、大切な思い出です。」
「墨男。」
呼ばれて、墨男は顔を上げる。
「ごめんなさい。あなたの心遣いを、私は少しも分かっていなかった。幼い頃からずっと尽くしてくれていたのに……自分勝手に、“忘れられた”って決めつけて……なかったことにしていたの……」
「私のしたことは、心遣いなどではありません。あれは姫様の笑顔を奪ってしまった私の罪。罰を受けるべきは姫様ではなく、私の方です。」
墨男は自身の小刀を抜き、紫月へ差し出した。
「どうぞ、私を罰してください。」
「え……?」
「煮るなり焼くなり、何なりと。」
「そんな……」
助けを求めるように紫月がロメオを見る。
「ンフ……」
ロメオは困ったように笑った。
「僕の気持ち、分かったかい?」
「……はい……すいませんでした……」
「罰っていうのは、自分で決めるものじゃないんだよ。」
ロメオは苦笑しながら墨男の肩を叩く。
「ほら、顔を上げて。従者が主人を困らせちゃダメだよ。」
「あ……申し訳ございません。」
「似た者同士なんだね、君たち。……みんなもそう思わない?」
「「!」」
ガサリ、と茂みが揺れる。
そこから現れたのはーー
ミキ、リコ、セリナ、そして雪乃だった。
「皆様!?どうしてここに!!」
「……どこから見ていたんですか?」
顔を赤らめる墨男と紫月を見て、四人は顔を見合わせ
――ニヤァ
と笑った。
「ロメオの声が聞こえたから来てみれば……チョードねぇ。」
「“姫様は私にとって最も大切な御方です”だっけ?ね、セリナ。」
「“月のような存在です”も追加ね、リコちゃん。」
「「ねー!」」
二人はケラケラ笑う。
「良かったですね紫月さん!!告白シーンですよ!ウフフフフ!!」
「ミキ様!!ご、ご容赦ください!!」
ミキは紫月をからかったつもりだが、墨男の方がダメージを受けてしまった。
一方。
「あ、ユッキー大丈夫?」
「おい、軽いやないかーい。……めっちゃ気まずかったよ……」
青い顔で答えるユキミ。
「何となく話聞いてたら、途中から“ あれ、あたし邪魔者じゃない?”ってなったもん……」
「あれ、そういえば何で捕まったの?」
「酷いよリコちゃん!!ワンピースの丈が長くて転んでたら、みんなが置いて行ったんだよ!!」
ユキミは騒がしいやり取りができるほどには回復していた。
親友の顔を見て安心したのもあるだろう。
「……ごめんなさい。」
ふいに、紫月が呟く。
その場の全員が彼女を見た。
「私……皆さんにも酷いことを言ってしまって……」
「え、何が?」
「……え?」
リコは本気で分かっていない顔だった。
セリナが小声で補足する。
「ほら、“あなたたちなんか”ってやつ。」
「あー、あれか。」
そして。
リコはあっけらかんと笑った。
「別に気にしてないよ?」
ミキとセリナも頷く。
「バレバレの隠し事をしたミキたちも悪かったし……」
「“ 友情に時間は関係ない”とか誰か言った気もするけど、こればかりは一緒にいた時間が短かったから疑心暗鬼になっただけだよね。」
「「ぎしんあんき……?」」
「だから紫月さん、もっと遊びましょ。遊んで、信頼できるくらい仲良くなれば解決でしょ。」
知らない単語に首を傾げるアホ二人を、セリナはスルーした。
「あはは。」
ユキミは何の話か分からないので、とりあえず笑っておく。
「皆さん……」
ぽろ、と涙が落ちた。
今日だけで何度目になるか分からない。
「姫様……皆様は、姫様を心配してここまで来たのですよ。ずっと騒がしくて大変だったんですから。」
その涙を、雪乃がそっと拭う。
「殿下も、大旦那様も、墨男も、私も……姫様を想う気持ちは同じです。だから……もう居なくならないでくださいね……」
「……えぇ……本当に、ごめんなさい……」
凍りついていた心が、少しずつ溶けていくのを紫月は感じた。
止まらない涙を、ずっと雪乃が拭いてくれている。
その様子を見ながら、セリナがロメオへ小声で尋ねた。
「……良かったの?墨男さんに告白みたいなこと言わせちゃって。」
「うん……仕方がないよ。彼女は、墨男君が好きなんだから。」
「損する性格だね、ロメオって。」
「……」
少しだけ。
ほんの少しだけ、ロメオは切なそうに笑った。
けれど……
「ロメオさん。」
紫月が彼を呼んだ。
「……はい。」
「ありがとうございました。」
その声は、前よりずっと柔らかい。
「帰ったら……ゆっくり、お話したいです。付き合っていただけますか?」
「もちろん。」
ロメオは優しく目を細める。
「お茶を用意して、何時間でも付き合いますよ。とびきりの場所があるんです。」
「とびきりの場所……?」
「紫月さんは知らない、秘密の場所です。期待してくださって構いませんよ。」
「まぁ……」
そして。
ふわり、と。
「……ふふっ。楽しみです。」
彼女は笑った。
「「「「「「「!!?」」」」」」」
全員が固まる。
「……姫様……っ」
「墨男っ、姫様が……笑って……!」
久しぶりに笑みを見た、墨男と雪乃は感極まったように涙ぐみーー
「「「「可愛いーーーー!!!」」」」
初めて見る友人の笑顔に、ユキミ、ミキ、リコ、セリナは目を輝かせーー
その輪の中で。
「……」
ロメオだけは、静かに彼女を見つめていた。
月光を浴びて笑う紫月は、
今まで見てきたどんな景色よりも、美しく見えた。
「……綺麗だ。」
心から。
そう、思った。
ユキミは転んで三人に置いていかれた後に、逃げる紫月を丁度見かけたので追いかけました。
だけどまた転んでしまい、物音に気づいたエリアスの手下に連れ去られちゃいました。
あらら。




