酔いどれ探偵、酔いつぶれる
目が覚めたのは寒さのせいだった。
全く記憶がないのだが、事務所にいるらしいから、昨日アストと飲んで、そのまま酔いつぶれたのだろう。
夜は明けていた。
暖冬とはいえ、朝の冷気は冷たかった。
いつのまにか、わたしは毛布を2枚かぶっていた。
アストが掛けてくれたんだろうか。そういえば、アストの姿が見当たらなかった。アストは何処に行ったのだろう、と思った。
その時ふと、昔の記憶がよみがえってきた。
洋一の記憶だ。一人になると、必ず思い出す、洋一のことだ。
8ヶ月前にいなくなった、彼氏の洋一。400のバイクで交通事故にあって、それから息を吹き返さなかった。
二人で過ごした夜と次の朝に目覚めた時。幸せを一番感じるのは、目が覚めて隣で洋一が寝息をたてている時だった。洋一の顔を見ている時、この安らかな眠りを守ってあげたい、と思った。
洋一は、目覚めの悪い方だった。たいてい、わたしが先に目が覚めた。大学がある時は洋一をそっと起こした。くちびるにそっとキスをするのだ。それでも起きない時は、朝のコーヒーを湧かす。そういえば、朝御飯なんて作ってあげたことはなかった。せいぜいコーヒー。
けれども、洋一はもう、もどってこない。いくら思い出を反芻していても、落ち込んでいくだけのことだ。頭の中から、追い出さなきゃ。そう思ってみても、出来ないことは分かっていた。わたしは、ウイスキーのボトルを探した。
でも、昨日の夜に飲み干してしまったらしい。ビンの底に残っているような気もする、というくらい。さすがに、そんなものを飲む気にはなれない。
わたしは、ソファから立ち上がり、手で髪をなおす努力をしてみた。無駄、なようだった。コンビニに行って、何かアルコールを買って、それからアパートに帰ろう。そう思って事務所のドアを開けようとしたら勝手にドアが開いた。アストだった。
「よう、起きたのか。おはよう。」
「元気だね、朝から。」
「そりゃあ、コンビニまで往復すれば目も覚めるからな。」
見ると、アストは、コンビニの袋を下げていた。
「お酒?」
アストは一瞬、蔑むような目でわたしを見た、ような気がした。
「ばか。朝飯だよ。フレッシュ野菜サンドとツナ豚カツサンド、どっちがいい?」
「野菜。」
酔いつぶれるほど飲んだ、次の日に朝からコンビニのツナだの豚カツだのを食べるのは自殺行為だと思う。ま、わたしの場合、毎日のことだけど。
アストは、コンビニの袋をデスクの上に置き、その中から野菜サンドをわたしに寄越した。
「飲み物はコーヒーで良かった?」
そういいながら、カフェオレを取り出す。
「うん。ありがと。」
わたしは、カフェオレとサンドイッチを受け取って、さっきまで寝ていたソファに腰をおろした。
アストはパクパクと豚カツサンドをほうばっている。
「ねえ、よくそんなものを食べられるよね。」
アストは、口に物をいれたまま、
「ん?だって、昨日は奈々がほとんどウイスキーを飲んじまったから、1時には家に帰ったもん。」
「え?」
「飲むだけ飲んで、奈々、寝ちまうからさ。毛布をかけて、それから事務所にカギかけて帰ったよ。」
そうだったのか。わたしも一応女なんだけどな。女の子一人、こんな薄ぎたない事務所に残していくなんて。
「アスト。」
「なに?」
「薄情なやつ。」
「なんで?」
「わたし一人、こんな寒くてさみしい事務所に寝かせるなんて。」
「だから、ほら。朝飯買ってきてやっただろ。ちゃんと、食えよ。」
時々、アストって、優しいのかそれとも薄情なのか分からなくなる時がある。
わたしは、サンドイッチのビニールを破り、それからレタスだけをパンの隙間から引っぱり出すようにして食べた。
電話が鳴った。
レタスを食べ終えたところだった。
アストが電話に出た。
「はい。杉並大学探偵事務所。」
一応、アストは決まり文句をいった。でも、こんな朝早く、かかってくるなんて珍しい。普段なら、こんな時間には誰もいないのだから。
「ああ。谷口さん。」
ケーブルテレビか。わたしは、今日も取材されるのか、と気が重くなった。
アストは、真面目な顔で、ふんふんとうなずいている。わたしには、まったく相談もなしに物事が決まっていくようだった。
アストが受話器を戻し、わたしに向き直った。
「奈々。事件だ。谷口さんの姉貴が誘拐されたらしい。」




