滑る荷車!父さんのメンタルガード
王都へ向かう街道。
その街道は、今や普通の街道ではなかった。
バナナモンスターが空から撒き散らした白い粉。
それによって地面はヌルヌルになり、魔王軍は立っていることさえ難しくなっていた。
「うわっ!」
「また滑った!」
「立てない!」
「寝ながら戦いましょう!」
昆布の作戦によって、魔王軍は地面に寝転がったまま、空を飛ぶバナナモンスターを警戒していた。
そして――。
便意が、
「ウォーター!」
チョロチョロ。
「ウォーター!」
チョロチョロ。
と、水を出し続けている。
そのせいで街道はさらに濡れていた。
魔王は地面に寝転がりながら空を見上げる。
「……」
「……」
空には二体のバナナモンスター。
黄色い皮を翼のように開いて、パタパタと飛んでいる。
「俺達が次の魔王になる!」
「そうだ!」
「この世界を支配する!」
魔王は小さくため息をついた。
「……また次の魔王か」
昆布が言った。
「どうやら彼らも魔王の座を狙っているようですね」
「俺、別に魔王になりたいわけじゃないんですけど」
「知っています」
「便利屋やりたいだけなんです」
「それも知っています」
「なのに、どうしてこうなるんでしょう」
昆布は空を見上げた。
「たぶん、魔王様だからです」
「名前のせいですか?」
「おそらく」
「名前って怖いな……」
その時。
バナナモンスターの一体が急に方向を変えた。
「パタパタパタ!」
もう一体も続く。
「どうした?」
「下にいるぞ」
「誰が?」
「……あいつだ」
バナナモンスターが見下ろした先。
そこにいたのは――父だった。
父は地面に寝転がっていた。
「……」
父は何も言わず、空を見ている。
バナナモンスターが言った。
「あいつからだ!」
「そうだな!」
二体が父へ向かって急降下する。
「父さん!」
魔王が叫んだ。
父はゆっくり顔を上げる。
「……来るな」
バナナモンスターが迫る。
「攻撃だ!」
「次の魔王になるために!」
父は立ち上がろうとした。
しかし、
ズルッ!
「おっと」
また滑った。
父はそのまま地面に座り込む。
「……」
魔王が言った。
「父さん、大丈夫?」
「大丈夫だ」
「本当に?」
「大丈夫だ」
父は落ち着いていた。
さすが父。
精神的な強さだけなら、魔王軍でもトップクラスである。
バナナモンスターが父へ迫る。
「今だ!」
その瞬間――。
遠くから、
ガラガラガラガラガラ!
という音が聞こえてきた。
魔王が振り返る。
「……?」
昆布も振り返る。
「……?」
商人が叫んだ。
「荷車です!」
「荷車?」
商人の後ろから、空っぽの荷車が滑ってきていた。
いや。
「滑ってきている」という表現では足りない。
ズザザザザザザザザザ!
猛烈な勢いで滑っている。
「うわあああああ!」
商人が荷車の後ろから追いかけてくる。
「止まってくださーい!」
魔王が叫ぶ。
「商人さん!」
「止まりませーん!」
「荷車だけ行っちゃってる!」
「そうなんです!」
昆布が荷車を見る。
「……」
そして空のバナナモンスターを見る。
「……」
父を見る。
「……」
昆布の目が光った。
「これは……」
魔王が聞く。
「どうしました?」
昆布が冷静に言った。
「偶然ですが、良い位置に来ています」
「何が?」
「荷車です」
その時だった。
バナナモンスターが父の目の前まで迫った。
「終わりだ!」
「食べられる側の気持ちを味わえ!」
父が見上げる。
「……」
その瞬間――。
ズザザザザザザザザザザ!
荷車が父の後ろから猛烈な勢いで滑ってきた。
「え?」
父が振り返る。
「……荷車?」
魔王が叫ぶ。
「父さん、危ない!」
バナナモンスターも気付いた。
「何だ!?」
「荷車だ!」
荷車が一直線にバナナモンスターへ向かう。
「ぶつかる!」
「避けろ!」
バナナモンスターが翼のような皮を大きく広げる。
パタパタパタパタ!
そして――。
ギリギリのところで上昇した。
「危なかった!」
「荷車なんかにやられるか!」
バナナモンスターは空へ逃げた。
その直後――。
荷車が父の真上を通過する。
ズザザザザザ!
「……」
父が目を閉じる。
「……」
そして父が吹き飛ばされて、
「おぇー!」
と大きく言った。
魔王が驚く。
「父さん!?」
父は胸を押さえた。
「……メンタルガード」
「そこで!?」
父はゆっくり立ち上がろうとする。
「メンタルガードを使ったから胃は痛くないぞ」
魔王が言った。
「胃が痛くなるような状況だったの!?」
「荷車が頭の上を通過した」
「それは確かに怖いけど!」
父は真顔だった。
「おぇー」
「まだ気持ち悪いんじゃない!」
母が心配そうに言う。
「大丈夫?」
父は親指を立てた。
「大丈夫だ」
「メンタルで何とかしてるだけじゃない?」
「その通りだ」
魔王は少し黙った。
「……父さん、すごいのか、すごくないのか分からない」
昆布が言った。
「精神的には非常に強いです」
「そこだけは間違いないですね」
その頃。
バナナモンスターは空中で再び体勢を整えていた。
「危なかった」
「あの荷車、危険だ」
「でも――」
一体が魔王軍を見下ろす。
「こっちは空中だ」
もう一体が笑う。
「そうだ」
「地面を滑っている奴らには、俺達は攻撃できても――」
「俺達には攻撃できない!」
二体が笑う。
「パタパタパタ!」
魔王が空を見上げる。
「……確かに」
昆布が言った。
「まだ問題があります」
「どうしましょう?」
魔王が考える。
その時。
便意がスマートフォンを見ながら言った。
「魔王様」
「はい?」
「魔法……」
「お願いします」
「やってみます」
便意が手を前へ出す。
「ウォーター!」
チョロチョロ。
「……」
魔王が見る。
「便意さん」
「はい」
「まだチョロチョロですね」
「はい」
「ビームは?」
「まだです」
「ですよね」
便意は諦めない。
「ウォーター!」
チョロチョロ。
「ウォーター!」
チョロチョロ。
魔王軍の周囲が少しずつ濡れていく。
バナナモンスターが空から見ている。
「……」
「あいつら、何をやってるんだ?」
「さあ」
「水を出しているぞ」
「でも弱いな」
「チョロチョロだ」
二体は笑った。
「そんな水で俺達を倒せると思っているのか!」
その時。
魔王が立ち上がった。
ズルッ!
「うわっ!」
また滑った。
「……」
魔王は地面に手をつく。
「このままじゃ攻撃できない」
昆布が言った。
「はい」
魔王は空を見る。
バナナモンスター。
地上には魔王軍。
距離がある。
「……」
魔王は少し考えた。
そして――。
目つきが変わった。
「魔王の睨み」
バナナモンスターの動きが止まった。
「……!」
二体とも空中で固まる。
パタッ。
翼のように開いた皮も止まった。
魔王が続ける。
「混乱しろ」
「……?」
一体のバナナモンスターが首を傾げる。
「俺は……」
「……」
「右に行くんだったか?」
もう一体が言う。
「いや、左だ」
「そうだったか?」
「たぶん」
「じゃあ上か?」
「下じゃないか?」
「俺、今どっち向いてる?」
二体とも完全に混乱していた。
翼を動かそうとする。
パタッ。
「右!」
パタッ。
「左!」
「違う!」
「上!」
「そっちは下だ!」
二体が空中でぐるぐる回り始める。
「うわ!」
「飛べない!」
「どこへ行くんだ!」
「分からない!」
魔王が言った。
「……効いた」
昆布が頷く。
「混乱しています」
バナナモンスターはうまく飛べなくなった。
「うわあああ!」
「落ちる!」
二体がゆっくり下降してくる。
「今です!」
昆布が叫んだ。
「五利武さん!」
五利武は地面に寝転がったまま、ゴルフクラブを握った。
「はい!」
「打てますか?」
五利武は笑った。
「もちろん」
「寝たままで?」
「プロですから」
「関係あるんですか?」
「たぶんあります」
五利武はクラブを構えた。
一体目のバナナモンスターが落ちてくる。
「そこ!」
五利武が振る。
「ポーン!」
バナナモンスターが跳ね上がる。
「うわっ!」
そのまま落ちてくる二体目。
「こっち!」
五利武が再び振る。
「ポーン!」
「うわああ!」
二体のバナナモンスターが空中で連続して弾かれる。
魔王が叫ぶ。
「二連打!」
五利武は寝たままクラブを握っている。
「もう一回いきます!」
「まだやるの!?」
「プロなので!」
「だから関係あるの!?」
三度目。
「ポーン!」
四度目。
「ポーン!」
バナナモンスターは、
「うわあああ!」
「何でこんなに打たれるんだ!」
と言いながら落下していく。
そして――。
ドサッ。
二体とも街道に落ちた。
「……」
「……」
動かない。
魔王軍全員が見つめる。
魔王が言った。
「……止まりましたね」
昆布が確認する。
「はい」
勇気が寝たまま言った。
「五利武さん……」
「はい」
「ナイスショットです」
五利武が笑う。
「ありがとうございます」
殴打が言う。
「俺も打ちたかった」
五利武が答える。
「次は一緒に打ちましょう」
「うん」
魔王が言う。
「いや、次がある前提なの?」
その時――。
商人が荷車を追いかけて戻ってきた。
「はぁ……はぁ……」
魔王が言う。
「商人さん、大丈夫ですか?」
「大丈夫です……」
商人は息を整えながら荷車を見る。
「私の荷車が……」
魔王が言う。
「大活躍でしたよ」
「本当ですか?」
「はい」
昆布も頷く。
「バナナモンスターの攻撃を逸らし、飛行ルートを乱しました」
商人は嬉しそうに荷車を撫でる。
「そうか……」
「はい」
「この荷車……お父さんも吹き飛ばした」
商人は誇らしげに言った。
「王都へ行くためだけじゃなかったんですね」
魔王が笑う。
「今日は立派な戦力でした」
商人は荷車を見つめる。
「……」
そして、荷車の車輪を見る。
「ただ……」
「はい?」
「ものすごく滑りますね」
「そうですね」
「これ、王都までこのままですか?」
魔王軍全員が黙った。
昆布も黙った。
便意も黙った。
魔王がゆっくり便意を見る。
「……便意さん」
「はい」
「そのウォーター……」
「はい」
「いつまで続きます?」
便意はスマートフォンを見る。
「……」
「?」
「分かりません」
「ですよね!」




