寝ながら魔法!便意のウォーター大作戦
王都へ向かう街道。
魔王軍と商人は、空っぽの荷車を押しながら歩いていた。
……はずだった。
現在。
魔王軍は全員、地面に寝転がっていた。
理由は単純。
バナナモンスターが空から撒き散らした白い粉によって、街道が異常なほどヌルヌルになってしまったからである。
立とうとすると滑る。
歩こうとすると滑る。
走ろうとすると、
――ズザァァァァッ!
となる。
魔王は仰向けになったまま、空を見上げた。
「俺達はスケート初心者集団か?」
「……これ、どうするんですか?」
昆布も地面に寝転がっている。
しかし、相変わらず冷静だった。
「現状では立ち上がるのは危険です」
「そうですね」
「ならば、寝たまま戦うしかありません」
「本当に寝ながら戦うんですか?」
「はい」
「人生で初めて聞きました」
その横では父が仰向けになっていた。
「……メンタルガード」
「父さん、今それ必要?」
「必要だ」
「何に対して?」
「滑ることに対してだ」
「滑ることにメンタルって関係ある?漫才師だけじゃない?」
「ある」
父は真剣だった。
母も地面に寝転がっている。
「この体勢、意外と楽ね」
鍋も寝たまま答えた。
「料理人としては、初めて見る調理姿勢ですね」
「料理する気なの?」
「ありません」
「じゃあ何で料理人としてコメントしたの?」
「職業病です」
その一方。
商人は荷車の横で、なんとか姿勢を保っていた。
「わ、私はどうすれば……!」
魔王が商人を見る。
「商人さん、大丈夫ですか?」
「大丈夫ではありません!」
商人は荷車を掴んでいた。
「この荷車がなければ私も滑っていきます!」
「荷車が支えになってるんですね」
「はい!」
商人が荷車を見る。
空っぽの荷車。
「……空っぽなのに、こんなところで役に立つとは」
昆布が考える。
「待ってください」
「どうしました?」
「荷車を戦闘に使えるかもしれません」
全員が昆布を見る。
魔王が聞いた。
「荷車を?」
「はい」
「武器にするんですか?」
「いえ」
昆布は荷車の車輪を見る。
「この地面は非常に滑ります」
「はい」
「つまり、荷車も滑ります」
「はい」
「そしてバナナモンスターは空中にいます」
「はい」
「ならば――」
昆布が荷車を指差した。
「荷車を滑らせて、バナナの飛行ルートを制限します」
商人が目を丸くする。
「私の荷車をですか?」
「はい」
「この荷車は王都で武器や防具を仕入れるための大切な荷車なんですが」
「壊さないようにします」
「本当に?」
「たぶん」
「たぶんなんですね!」
魔王が苦笑する。
「昆布さん、商人さんが心配してますよ」
「だからこそ、まずは魔法で攻撃しましょう」
昆布が便意を見る。
「便意さん、魔法お願いします」
便意は地面に寝転がったまま、スマートフォンを握った。
「やってみます」
「お願いします」
便意は空を見上げる。
「……ウォーター!」
チョロチョロ。
小さな水が出た。
「……」
全員が見る。
魔王が言った。
「……チョロチョロですね」
便意は気にしない。
「ウォーター!」
チョロチョロ。
「ウォーター!」
チョロチョロ。
「ウォーター!」
チョロチョロ。
少しずつ。
本当に少しずつ。
地面が濡れていく。
魔王は便意を見る。
「便意さん」
「はい」
「何でウォーター何ですか?」
便意は真面目に答えた。
「この前、ウォーターが出たので」
「成功体験が忘れられないんですね」
「はい」
「でも……」
魔王は周囲を見る。
「この、ちょっとずつ水浸しになってるんですが」
「そうですね」
「さらに滑るんですが」
「そうですね」
「これ、大丈夫なんですか?」
便意は胸を張った。
「私の中では、強烈な水圧の水ビームを出しているつもりです」
「つもりなんですね」
「はい」
「現実には?」
「チョロチョロです」
「認識と現実の差がすごい!」
さらに、
チョロチョロ。
チョロチョロ。
チョロチョロ。
魔王軍の周囲がどんどん濡れていく。
勇気が寝ながら言った。
「魔王様……」
「はい」
「これは……」
「はい」
「かなり濡れてきましたね」
「そうなんですよ」
勇気が自分の服を見る。
「ビショビショです」
魔王もビショビショだった。
父もビショビショ。
母もビショビショ。
鍋もビショビショ。
昆布もビショビショ。
商人もビショビショ。
荷車までビショビショ。
魔王が便意に言った。
「みんなビショビショになって、さらに滑るんですが」
便意は力強く答えた。
「ビーム出るまで頑張ります!」
「まだ出てないんですね!」
「はい!」
「頑張る方向が合ってるのか分からない!」
勇気が寝転がったまま、便意に声をかけた。
「便意さんなら出来ます」
「勇気さん……」
「頑張ってください」
「ありがとうございます!」
「私たちは寝ていますけど……」
「はい」
「心は立っています」
「……」
魔王が横から言った。
「それ、今言う?」
「はい」
勇気は真剣だった。
「心まで滑ってはいけませんから」
父が頷く。
「その通りだ」
「父さんまで……」
その頃。
空中では二体のバナナモンスターが、翼のように開いた皮をパタパタさせていた。
「パタパタパタ……」
「パタパタパタ……」
そして、下を見下ろす。
バナナモンスターの一体が首を傾げた。
「……あいつら何をしてるんだ?」
もう一体も下を見る。
そこには、
寝転がっている魔王軍。
チョロチョロ水を出し続ける便意。
その水でさらに濡れる魔王軍。
荷車を必死に押さえている商人。
そして、地面に寝たまま真剣に応援している勇気。
バナナモンスターは沈黙した。
「……戦ってるのか?」
「分からない」
「攻撃してるのか?」
「分からない」
「何かの儀式か?」
「たぶん違う」
「じゃあ何なんだ?」
「……分からない」
二体は顔を見合わせた。
「俺達を倒すために、何をやっているんだ?」
その瞬間。
昆布が地面に寝たまま、静かに周囲を観察していた。
そして気付く。
「……」
「昆布さん?」
魔王が声をかける。
昆布は水浸しになった街道と、荷車の車輪を見ていた。
「魔王様」
「はい」
「便意さんの魔法」
「はい」
「今はチョロチョロですが……」
「はい」
「この水、地面をさらに滑りやすくしています」
「それは分かります」
「そして荷車の車輪も濡れています」
「はい」
昆布が目を細める。
「商人さん」
「はい?」
「荷車を押す準備をしてください」
「……押す?」
「はい」
「この状態で?」
「はい」
「滑りますよ?」
「だからです」
商人は意味が分からないまま、荷車を握った。
「何をするんですか?」
昆布は空を見上げた。
バナナモンスターがパタパタ飛んでいる。
「バナナモンスターが地上に降りてこないなら――」
昆布は荷車を見る。
「こちらから荷車を滑らせます」
魔王が目を丸くした。
「荷車を?」
「はい」
「でも空中の相手ですよ?」
「荷車そのものを攻撃するわけではありません」
「じゃあ?」
昆布は淡々と言った。
「飛行ルートを変えさせます」
商人がゴクリと唾を飲む。
「私の荷車が……」
魔王が笑う。
「まさか……」
昆布は頷いた。
「この荷車が、今回の戦闘の主役です」
「荷車が主役になるの!?」
商人が叫んだ。
その声に反応するように、空のバナナモンスターが二体ともこちらを向く。
「何か企んでいるぞ!」
「来るぞ!」
バナナの皮が、
パタッ。
パタッ。
パタッ。
大きく開いた。
そして二体が急降下を始める。
「俺達を食おうとした奴らめ!」
「今度こそ終わりだ!」
魔王軍は全員、地面に寝転がったまま空を見上げる。
便意はスマートフォンを握る。
商人は荷車を握る。
昆布は冷静に言った。
「……今です」
商人が叫ぶ。
「今って何ですかー!?」
次の瞬間――
荷車が、
ズズズズズズッ!
と、ひとりでに滑り始めた。
「うわあああああ!」
商人も一緒に滑る。
魔王が叫ぶ。
「商人さんまで滑ってます!」
昆布が答える。
「想定内です!」
「本当に!?」
荷車は街道を滑りながら、バナナモンスターの真下へ向かっていく。
そして便意は――
「ウォーター!」
チョロチョロ。
まだチョロチョロだった。
魔王が叫ぶ。
「便意さん! そろそろビームになってください!」
便意が叫び返す。
「頑張ります!」
勇気も寝たまま叫ぶ。
「便意さんなら出来ます!」
父も、
「メンタルガード!」
母も、
「頑張って!」
鍋も、
「終わったら何か温かいもの作ります!」
ゴプリンも、
「……プリン」
魔王が叫んだ。
「ゴプリン、今はそれどころじゃない!」
そして空から――
「バナナアタック!」
二体のバナナモンスターが急降下する。
地上では荷車が滑る。
魔法はチョロチョロ。
魔王軍は寝ている。
商人は荷車と一緒に滑っている。
果たして、寝ながらの魔王軍は、空飛ぶバナナモンスターを止められるのか――。




