ゴプリン、魔王軍の仲間になる
森の奥。
激しい戦いが終わった。
一つ、また一つとカップを失い、最後に残っていた蓋付きカッププリンも、魔王軍の連携によって地面に倒れている。
「……終わったな」
魔王が、少し息を切らしながら言った。
その隣では、ゴプリンが静かに立っていた。
虚無僧の編笠の下。
筋骨隆々の身体。
そして、頭の上には、きちんと守られたプリン。
「……」
ゴプリンは倒れている相手を見ていた。
勇気が恐る恐る近づく。
「ゴプリンさん、大丈夫ですか?」
「……うん」
「プリンは?」
「……大丈夫」
「よかった……」
母が胸をなで下ろした。
「本当にプリンが無事でよかったわね」
「そこなんですね、お母さん」
勇気が笑った。
「もちろんよ」
母は真顔だった。
「ゴプリンさんにとっては、命と同じくらい大切なんだから」
ゴプリンが小さくうなずく。
「……大事」
魔王も、うなずいた。
「そうだな」
そして、魔王は倒れている一つカッププリンを見た。
「しかし……」
昆布が腕を組む。
「今回の戦い、かなり激しかったですね」
「うん」
魔王が答える。
「でも、誰も大怪我しなくてよかった」
父が立ち上がる。
「私は頭を踏まれましたけどね」
「大丈夫ですか、お父さん?」
「大丈夫です」
父は頭をさすった。
「メンタルガードが効きました」
「頭にメンタルガードって意味あるんですか?」
勇気が聞いた。
「あります」
父は真顔だった。
「気持ちの問題です」
「精神論だった!」
殴打が笑った。
五利武も笑う。
「さすがお父さん」
便意は濡れた靴を見ながら言った。
「僕はウォーターが全然出ませんでしたけど……」
昆布が振り返る。
「でも最後にホットウォーターが出ました」
「出すぎましたけどね」
「はい」
魔王が遠い目をした。
「全員びしょ濡れになったけどな」
鍋が言う。
「でも、あれはあれで美味しそうでしたね」
「何がですか?」
「プリンに温水をかける料理」
「そんな料理ありませんよ!」
魔王が突っ込んだ。
その時だった。
ゴプリンが倒れている一つカッププリンの前に立った。
「……」
みんなが静かになる。
ゴプリンは、しばらく相手を見つめていた。
そして、ゆっくりと手を伸ばす。
「どうするんでしょう?」
勇気が小声で聞く。
昆布も黙って見守る。
ゴプリンは、一つカッププリンを拾った。
そして、そのまま少し離れた場所へ運んでいった。
「怒っているんでしょうか?」
五利武が聞いた。
「たぶん違うと思います」
昆布が答えた。
「ゴプリンさんは、復讐したかっただけですから」
ゴプリンは、自分の頭の上にある編笠を触った。
そして、
「……ありがとう」
と言った。
魔王が驚く。
「ゴプリン?」
「……みんな……ありがとう」
「……」
魔王は少し笑った。
「こっちこそ、ありがとうだよ」
ゴプリンは魔王を見た。
「……魔王様」
「ん?」
「……次の魔王は……魔王様」
「いや、それはまだ言ってるのか」
魔王は苦笑した。
「俺は便利屋だって」
「……魔王様」
「便利屋です」
「……魔王様」
「便利屋!」
「……魔王様」
「どっちでもいいよ!」
昆布が笑った。
「もう諦めた方がいいですよ、魔王様」
「昆布まで!」
その場の空気が少し和らいだ。
そして鍋が、何かを思いついたように手を叩いた。
「ところで」
「はい?」
「せっかくですから、みんなでプリンを食べませんか?」
全員が鍋を見る。
「プリン?」
「はい」
鍋は大きな箱を取り出した。
「実は町で買っておいたんです」
「いつの間に?」
「町に着いた時です」
「そんな時間あった?」
「料理人は食材を見逃しません」
鍋が胸を張る。
箱を開ける。
すると――
巨大なプリンが現れた。
「でかっ!」
殴打が叫んだ。
「これは……」
五利武も目を丸くする。
「何人分だ?」
「分かりません」
鍋が答えた。
「でも、かなり大きいです」
「それ、買う前に確認するところじゃない?」
魔王が言った。
巨大プリンは、皿の上に堂々と置かれた。
みんなでその周りを囲む。
父。
母。
勇気。
殴打。
五利武。
昆布。
鍋。
便意。
そして魔王。
ゴプリンも、その巨大プリンの前に座った。
「なんか……」
魔王が巨大プリンを見る。
「こうしてみんなで囲むと、戦いの後の宴会みたいだな」
父が言う。
「ビールが欲しいですね」
母が笑う。
「お父さん、またビール?」
「今日は頑張りましたから」
「じゃあ一本だけね」
「ありがとうございます」
魔王が巨大プリンを見る。
そして、ゴプリンを見る。
「ゴプリン」
「……?」
「このプリンを食べて、魔王軍の力になってくれるか?」
ゴプリンは巨大プリンを見た。
しばらく無言。
そして――
ゆっくりと巨大プリンの蓋を開けた。
パカッ。
「おお……」
全員が声を上げる。
巨大なプリンが姿を現す。
ぷるん。
「……」
ゴプリンの目が輝いた。
「食べる気満々ですね」
昆布が言った。
ゴプリンはスプーンを持った。
そして、
ぱくっ。
「……!」
もう一口。
ぱくっ。
さらに一口。
「速い!」
勇気が驚く。
「ゴプリンさん、さっきまで戦っていたとは思えない食べっぷりですね」
殴打が笑う。
「筋肉の維持には栄養が必要なんですよ」
五利武が真顔で言った。
「プリンで筋肉を維持するんですか?」
「糖分も大切です」
「スポーツ選手みたいになってる!」
ゴプリンは黙々と食べ続ける。
ぷるん。
ぱくっ。
ぷるん。
ぱくっ。
「……」
魔王がその姿を見ながら笑う。
「なんか、仲間になったって感じがするな」
昆布もうなずいた。
「そうですね」
そしてゴプリンを見る。
「ゴプリン族では、ゴプリンさんが最強になりましたね」
ゴプリンの手が止まった。
「……最強?」
「はい」
昆布が笑う。
「仲間のカップを奪った相手を倒して、自分のカップも守りました」
「……」
ゴプリンは少し考えた。
そして、
「……ありがとう」
と言った。
魔王も笑った。
「これからもよろしくな」
「……うん」
こうして。
ゴプリンは正式に魔王軍の仲間として、一歩を踏み出した。
ただし――
「魔王軍って、プリン食べるのが仕事なんですか?」
便意が聞いた。
「違う」
魔王が即答した。
「ですよね」
「今日は特別だ」
「じゃあ明日は?」
「知らん」
ゴプリンが巨大プリンを食べ続けている。
「……」
魔王は少し考えた。
「明日もプリンになりそうだな」
昆布が笑った。
「魔王軍の食費が大変ですね」
「便利屋の収入で足りるかな……」
魔王は少し不安になった。
---
しばらくして。
巨大プリンをほぼ食べ終えた頃。
昆布が森の先を見た。
「始まりの村も近いですね」
魔王が立ち上がる。
「じゃあ、一旦村に戻りますか」
勇気がうなずく。
「そうしましょう」
母も言った。
「おばあちゃん、心配しているかもしれないわね」
「たぶん」
魔王が苦笑する。
「俺たち、かなり長いこと村を離れてたからな」
鍋が言った。
「帰ったら、何か料理を作りましょう」
「おばあちゃんの家で?」
「はい」
「また食べるの?」
便意が驚く。
「食べますよ」
鍋は当然のように言った。
「旅の後は食事です」
「鍋さん、食べることしか考えてないですよね」
「料理人ですから」
「説得力がある!」
---
そして。
一行は始まりの村へ戻ってきた。
村の入り口が見える。
「帰ってきた……」
勇気が少し嬉しそうに言った。
「やっぱりここは落ち着くな」
魔王も笑う。
「俺たちの拠点みたいになってきたな」
昆布がうなずく。
「そうですね」
ゴプリンも村を見る。
「……」
「どうした?」
魔王が聞く。
「……ここ……好き」
「そっか」
魔王は笑った。
「じゃあ、ここもゴプリンの家みたいなものだな」
ゴプリンがうなずく。
「……うん」
一行は勇者の家へ向かった。
そして玄関を開ける。
「ただいまー!」
勇気が声をかけた。
すると――
奥からおばあちゃんが出てきた。
「お帰りなさい勇者様!」
「ただいま!」
「みんなも無事だったのね!」
「はい!」
おばあちゃんは笑顔で一行を見る。
……が。
次の瞬間。
人数を数え始めた。
「一人……二人……三人……」
「?」
「四人……五人……」
「どうしました?」
「六人……七人……」
「おばあちゃん?」
「八人……九人……」
最後にゴプリンを見る。
「……十人?」
魔王が苦笑する。
「まあ、だいたいそんな感じです」
おばあちゃんの顔が固まった。
「…………」
そして台所を見る。
「…………」
鍋を見る。
「…………」
巨大な鍋。
小さな鍋。
皿。
食器。
そして――
おばあちゃんが叫んだ。
「お帰りなさい勇者様!」
「はい!」
「そんなにご飯作ってないわよ!」
家の中に声が響き渡った。
「ですよね!」
勇気が頭を下げた。
「すみません!」
「何人増えたの!」
「えっと……」
勇気が指を折る。
「最初より……かなり増えました」
「かなりじゃないわよ!」
おばあちゃんが言った。
「家に帰ってきたら知らない筋肉虚無僧までいるじゃない!」
ゴプリンが立っている。
「……」
おばあちゃんが見る。
ゴプリンが見る。
「……」
「……」
ゴプリンが小さく頭を下げる。
「……こんにちは」
おばあちゃんが目を丸くする。
「しゃべった!」
魔王が言った。
「そこですか!」
勇気が突っ込む。
おばあちゃんはゴプリンをじっと見る。
「あなた……モンスター?」
「……うん」
「怖くないの?」
ゴプリンは少し考えた。
そして、
「……プリン好き」
「……」
おばあちゃんはゴプリンの頭を見る。
虚無僧の編笠。
その下のプリン。
「……そう」
「……うん」
「じゃあ、プリン食べる?」
ゴプリンの目が輝く。
「……食べる」
「おばあちゃん!」
勇気が叫んだ。
「さっきご飯ないって!」
「プリンならあるわよ」
「なんでプリンはあるんですか!」
おばあちゃんは真顔で答えた。
「勇者様が帰ってくると思って、買っておいたのよ」
「愛情がすごい!」
その瞬間。
鍋が前に出た。
「私が作りますから」
おばあちゃんが振り返る。
「あなたが?」
「はい」
「何を作れるの?」
「だいたい何でも」
鍋が胸を張る。
「中華料理が得意です」
「中華?」
「はい」
「この村で?」
「問題ありません」
鍋は台所を見渡した。
「材料もあります」
「いつの間に確認したんですか?」
昆布が聞く。
「料理人ですから」
「またそれ言った!」
魔王が笑った。
鍋はすぐに料理を始めた。
包丁が、
トントントントン!
まな板を叩く。
「速い!」
勇気が驚く。
鍋が野菜を切る。
「何を作るんですか?」
「炒め物です」
「早い!」
「次にスープ」
「さらに?」
「炒飯も作ります」
「多い!」
父が嬉しそうに言った。
「いいですね」
母も笑う。
「おばあちゃん、今日は大宴会ね」
「宴会って……」
おばあちゃんは苦笑する。
「でも、みんな無事に帰ってきたんだから、それくらいしてもいいわね」
魔王は、その言葉を聞いて少し笑った。
「……そうだな」
昆布も静かにうなずいた。
「帰れる場所があるというのは、大切ですね」
「昆布、急にいいこと言うな」
魔王が言った。
「たまには言いますよ」
「いつも作戦の話ばかりだから」
「軍師ですから」
「それもそうか」
その横で、ゴプリンが台所を見ている。
「……」
鍋が振り返る。
「ゴプリンさん」
「……?」
「何か食べたいものありますか?」
ゴプリンは少し考える。
「……プリン」
「やっぱり」
全員が笑った。
おばあちゃんも笑う。
「じゃあ、食後に出してあげるわ」
「……!」
ゴプリンの目が輝いた。
魔王が言う。
「よかったな、ゴプリン」
「……うん」
ゴプリンは嬉しそうに答えた。
そして魔王軍は――
始まりの村で、久しぶりの食卓を囲むことになった。
しかし。
魔王はまだ知らなかった。
この村での平和な食事の後。
彼らを待っているのは――
割れた水の魔法石。
黒い核。
今はまだ――
誰も、そのことを知らない。
「ご飯できましたよー!」
鍋の声が響く。
「いただきます!」
一同の声が重なった。
ゴプリンだけは――
「……プリン」
と言った。
「まだ食事始まってないぞ!」
魔王のツッコミが、始まりの村の家に響き渡った。




