虚無僧プリン
翌朝。
二丁目の町には、いつもとは少し違う光景が広がっていた。
「い草を探しましょう」
昆布が言った。
魔王が聞き返す。
「い草?」
「はい」
「何に使うの?」
昆布は真剣な顔で答えた。
「ゴプリンさんの笠です」
「……本当に作るのか」
「昨日、お母さんが提案したではありませんか」
母も頷いた。
「プリンを守るためですもの」
魔王はゴプリンを見る。
ゴプリンは静かに立っていた。
頭にはいつものプリン。
「……」
ぷるん。
ゴプリンは両手で頭を押さえる。
「……守る」
魔王はため息をついた。
「分かった。やろう」
こうして――
魔王軍による、
「ゴプリンのプリンを守るための特大編笠製作計画」
が始まった。
---
町の外へ出ると、昆布が地面を見ながら歩いていた。
「い草は、水辺に生えていることが多いです」
母も辺りを見る。
「この辺りならありそうね」
勇気が手を挙げた。
「見つけた!」
「どこですか?」
「これ!」
勇気が草を持ち上げる。
昆布が確認する。
「……違います」
「違う?」
「それは普通の草です」
「そっか」
殴打も探す。
「これじゃないか?」
「それも違います」
五利武が拾う。
「これは?」
「違います」
便意が拾う。
「これは?」
「それも違います」
便意が落ち込む。
「俺、草を見る目がないんですね」
魔王が言った。
「まあ、普通はい草なんて見分けないよ」
父も草むらを見る。
「そもそも、い草ってどんな形なんですか?」
昆布が説明する。
「細くて長い草です」
父が周囲を見る。
「細くて長い草……」
「はい」
「じゃあ、あれは?」
父が指差す。
昆布が見る。
「……それです!」
「おお!」
「い草です!」
一気に全員が動いた。
「見つけた!」
「こっちにもあるぞ!」
「こっちにも!」
「いっぱいあります!」
町の人々も協力してくれた。
「これで笠を作るのか?」
「そうらしい」
「モンスターの笠?」
「プリンを守るらしい」
「……プリン?」
「俺もよく分からない」
そんな会話をしながら、みんなでい草を集めていく。
ゴプリンだけは――
「……」
少し離れたところで待っていた。
ぷるん。
「ゴプリン、動かないほうがいいぞ」
魔王が言う。
「……うん」
「プリンが落ちるから」
「……分かった」
ゴプリンは直立した。
完全に動かない。
町人が笑った。
「ずいぶん真面目だな」
「プリンのためですから」
魔王は答えた。
---
い草を集め終わると、広場へ戻った。
昆布と母が中心になって作業を始める。
「まず、い草を揃えます」
昆布が説明する。
「そして、均等な間隔で編んでいきます」
母も横から教える。
「力を入れすぎないでね。強く引っ張ると形が崩れるから」
勇気がい草を編む。
「こう?」
「そうです」
殴打も編む。
「こうか?」
「少し強すぎます」
「力加減が難しいな」
五利武も編む。
「俺、ゴルフのグリップなら得意なんだけど」
「これはグリップではありません」
「ですよね」
鍋も黙々と編んでいた。
便意も編んでいる。
父も編んでいる。
魔王も編んでいる。
そして――
「昆布さん」
魔王が言った。
「これ、本当に俺たち全員でやる必要ある?」
「あります」
「即答だな」
「完成度を上げるためです」
母が笑う。
「それに、みんなで作ったほうが楽しいでしょう?」
魔王は周りを見る。
みんなが黙々とい草を編んでいる。
「……まあ、そうだな」
少しずつ笠の形が出来上がっていく。
しかし問題が一つあった。
「ゴプリンさんの頭のサイズが大きいですね」
昆布が言った。
魔王がゴプリンを見る。
「まあ、体も大きいからな」
昆布は測る。
「普通の笠では入りません」
母も頷く。
「お皿が大きいものね」
ゴプリンの頭には、いつものプリン皿が乗っている。
その周囲を守る必要がある。
昆布が考えた。
「皿の外側まで覆う形にしましょう」
魔王が聞く。
「それだとプリンが見えなくならない?」
「見えなくてもいいんです」
母が答えた。
「守ることが目的ですから」
「なるほど……」
昆布が設計図を描く。
「ここを大きくして――」
母が調整する。
「この部分は少し丸くしましょう」
「はい」
二人は職人のように作業を続けた。
魔王は感心した。
「なんか本格的だな」
父が言う。
「こういうのは、ちゃんと作ったほうがいいですよ」
魔王が父を見る。
「父さん、こういうの得意なの?」
「いえ」
「じゃあ何で言ったの?」
「なんとなくです」
「……父さんらしい」
---
数時間後。
ついに――
「できました!」
昆布が声を上げた。
全員が振り返った。
巨大な編笠が完成していた。
大きい。
とにかく大きい。
普通の人間なら二人くらい入れそうなサイズだ。
魔王が呟く。
「……これ、笠?」
昆布が頷く。
「はい」
「……でかいな」
「ゴプリンさん用ですから」
ゴプリンが笠を見る。
「……」
ぷるん。
魔王が言った。
「じゃあ、かぶってみるか」
ゴプリンは頷いた。
「……うん」
しかし、ここからが問題だった。
プリンを崩してはいけない。
皿を動かしてもいけない。
笠を勢いよくかぶせてもいけない。
魔王が言う。
「みんな、慎重にな」
母が頷く。
「そうね」
昆布が指示する。
「左右から少しずつ下げます」
勇気が笠を持つ。
殴打も持つ。
五利武も持つ。
鍋も持つ。
父も持つ。
魔王も持つ。
「せーの……」
全員がゆっくり下げる。
「ゆっくり……」
「もっとゆっくり……」
「プリンが……」
ぷるん……。
「止まって!」
全員が止まった。
ゴプリンも完全に静止した。
「……」
魔王が小声で言う。
「大丈夫か?」
ゴプリンが小声で答える。
「……大丈夫」
「じゃあ続ける」
ゆっくり。
ゆっくり。
さらにゆっくり。
そして――
カポッ。
笠がゴプリンの頭に収まった。
「…………」
全員が見上げた。
巨大な編笠。
その下から見えるゴプリンの顔。
筋骨隆々の巨大な体。
黒いブーツ。
そして――
わずかに見えるプリン。
魔王が固まった。
勇気も固まった。
殴打も固まった。
五利武も固まった。
便意も固まった。
鍋も固まった。
父も固まった。
母だけが、
「まあ……」
と言った。
昆布が眼鏡を押し上げる。
「……」
魔王が小声で言った。
「昆布」
「はい」
「これ……」
「はい」
「なんか……」
昆布がゴプリンを見上げる。
「……中ボス以上の見た目ですね」
ゴプリンは無言だった。
巨大な笠。
筋骨隆々の体。
顔は笠の影で暗くなっている。
町人たちも遠巻きに見ている。
「……」
「……」
「……怖い」
誰かが呟いた。
別の町人も言う。
「昨日までプリン食べてたモンスターなのに……」
「今日は完全にボスだ」
「森の奥で会ったら逃げる」
「絶対逃げる」
魔王がゴプリンを見る。
「ゴプリン……」
「……?」
「なんか、強そうだな」
「……強い?」
「うん」
ゴプリンは少し嬉しそうだった。
「……魔王になれる?」
魔王は苦笑した。
「いや、そういう方向じゃない」
「……そうか」
ゴプリンは少し残念そうだった。
その瞬間。
ぷるん。
「プリン!」
魔王が叫んだ。
ゴプリンが慌てて両手で頭を押さえる。
「……大丈夫!」
昆布が叫ぶ。
「笠をかぶっていても揺れます!」
母が言った。
「でも、前より安全よ」
「確かに」
魔王は笠を見る。
「これなら何かが飛んできても、プリンに直接当たりにくいな」
五利武が言う。
「しかも見た目の威圧感がすごい」
殴打も頷く。
「敵が近づいてきたら、それだけで逃げるかもしれない」
便意が言った。
「でも、町の人も逃げそうです」
「……」
魔王が町人を見る。
町人たちはまだ少し距離を取っている。
魔王はゴプリンに近づいた。
「ゴプリン」
「……?」
「大丈夫」
「……?」
「見た目は怖いけど、お前はいい奴だから」
ゴプリンは黙って魔王を見る。
そして――
「……うん」
ゆっくり頷いた。
ぷるん。
笠が少し揺れる。
しかし、プリンは無事だった。
母が嬉しそうに言う。
「成功ね」
昆布も頷く。
「はい」
魔王も笑った。
「じゃあ、これからゴプリンは――」
一瞬考えて、
「虚無僧プリンだな」
「……虚無僧プリン」
ゴプリンが自分で呟く。
「……いい」
町人の一人が小さく笑った。
「虚無僧プリン……」
別の人も笑う。
「なんだそれ」
さらに別の人が笑う。
「でも、悪くないな」
やがて広場に笑い声が広がった。
ゴプリンは大きな笠の下で、少し嬉しそうに立っていた。
筋骨隆々。
巨大な体。
真っ黒なブーツ。
顔を覆う巨大な編笠。
見た目だけなら、どう見ても――
強敵。
いや。
中ボス。
いや――
魔王軍の中でも一番「ボスっぽい」。
しかし、その頭の下には――
大切なプリンがある。
魔王はゴプリンを見て笑った。
「よし」
「……?」
「これでプリンは守れるな」
ゴプリンは頷いた。
「……大事」
ぷるん。
今度は笠がしっかりプリンを守っていた。
そして昆布は、新たな問題に気づいた。
「……魔王様」
「何?」
「一つ問題があります」
「何だ?」
昆布はゴプリンを指差した。
「この格好で町を歩いたら、敵どころか味方まで逃げる可能性があります」
「…………」
魔王はゴプリンを見る。
巨大な笠。
筋骨隆々。
無言。
ドス……。
ゴプリンが一歩歩く。
ドス……。
もう一歩。
ドス……。
魔王は言った。
「……確かに」
ゴプリンが振り返る。
「……俺、怖い?」
魔王は少し考えてから答えた。
「……プリンを持ってることを知らなかったら、かなり」
「……」
ゴプリンは少し落ち込んだ。
母が優しく言った。
「でも大丈夫よ」
「……?」
「中身は優しいゴプリンさんでしょう?」
ゴプリンは頷いた。
「……うん」
魔王も笑った。
「じゃあ大丈夫だ」
そして魔王軍は――
巨大な編笠をかぶった、
虚無僧プリン・ゴプリン
とともに、町の中を歩き始めた。
ドス……。
ドス……。
ぷるん……。
町人たちは道を開ける。
「……」
「……」
誰も何も言わない。
魔王が小声で言った。
「やっぱり怖がられてるぞ」
昆布も小声で答えた。
「見た目だけなら、かなりの強敵ですから」
ゴプリンが小さく呟く。
「……プリン、大事」
魔王は笑った。
「そこだけは変わらないな」




