歓迎会
二丁目の町に、久しぶりに井戸の水が戻った。
町の人々は大喜びだった。
「水があるぞ!」
「これで料理ができる!」
「薬草もまた育てられる!」
「今日はお祝いだ!」
町長の一声で、急遽、歓迎会が開かれることになった。
魔王軍も町の広場へ案内された。
大きなテーブルがいくつも並べられる。
料理が次々と運ばれてくる。
焼いた肉。
野菜料理。
パン。
スープ。
魚。
そして、町の名物らしい料理まで並んでいく。
魔王は目を丸くした。
「すごいな……」
勇気も嬉しそうだ。
「こんなにたくさん!」
鍋は料理を見た瞬間、目の色が変わった。
「……これは」
料理人としての本能が目覚めている。
「この盛り付け……」
「鍋さん?」
「勉強になります」
鍋は料理を観察していた。
すると父が椅子に座りながら言った。
「今日は好きなものを食べれるぞ」
魔王が父を見る。
「父さん、嬉しそうだな」
父は頷いた。
「こういう日は、好きなものを食べるのが一番ですよ」
そして――
「とりあえずビールで」
「出た」
魔王が呟いた。
勇気も笑う。
「父さん、最初からそれなんだ」
「いや、まず喉を潤さないと」
「さっきまで水でびしょびしょだったじゃない」
「それとこれとは別です」
父は真顔だった。
魔王は呆れながらも笑った。
「まあ、今日はいいか」
父がビールを受け取る。
「いただきます」
ゴクッ。
「……うまい」
ものすごく幸せそうな顔だった。
母が笑う。
「お父さん、そんなに好きだったの?」
「好きですよ」
「じゃあ、二杯目も?」
「もちろん」
「三杯目は?」
「もちろん」
魔王が割り込んだ。
「父さん、今日は水を大量に浴びたんだから、ちゃんと水も飲んでよ」
「分かっています」
父はビールを置いて、水を一口飲んだ。
「……これも美味いですね」
魔王が笑った。
「そりゃ井戸が戻ったからな」
「そうでした」
父は井戸の方向を見る。
「吸水さんと吸着さんのおかげですね」
二人は少し照れた。
「俺たち、ちゃんと役に立ったんだな」
「うん」
その隣ではゴプリンが座っていた。
いや。
正確には、椅子に座るという概念が難しいので、地面にゆっくり座っていた。
ドス……。
「……」
ぷるん。
頭のプリンが揺れる。
母がゴプリンを見た。
「ゴプリンさん」
「……?」
「ゴプリンさんは、何が好きなの?」
ゴプリンは少し考えた。
そして――
「プリンが好き」
即答だった。
「……」
魔王が黙る。
勇気も黙る。
殴打も黙る。
五利武も黙る。
鍋も黙る。
便意も黙る。
昆布まで黙った。
母だけが、
「そうよね」
と笑顔で頷いた。
魔王が母を見る。
「母さん……それ以外には?」
「何が?」
「食べ物」
母はゴプリンを見る。
「ゴプリンさんはプリンが好きなんでしょう?」
「うん」
ゴプリンが頷く。
ぷるん。
魔王が言う。
「……聞くまでもなかったな」
鍋が立ち上がった。
「それなら、私がプリンを用意しましょう」
ゴプリンの目が輝いた。
「……プリン?」
「はい」
鍋が料理人らしく胸を張る。
「町のデザートを作っている人に聞いてみます」
ゴプリンは嬉しそうに頷いた。
「……プリン」
母がゴプリンの頭を見た。
「ところで、ゴプリンさん」
「……?」
「そのプリン、いつも頭に乗せているでしょう?」
「……うん」
「落としたことはあるの?」
ゴプリンが固まった。
「……」
「どうなの?」
「……ない」
魔王が言った。
「一度、かなり危なかったけどな」
ゴプリンが頭を押さえる。
「……大事」
母は少し考えた。
そして――
「そうだわ」
魔王が嫌な予感を覚えた。
「母さん?」
「明日は、プリンを守るために――」
母は笑顔で言った。
「虚無僧みたいになりましょうね」
「…………」
全員が止まった。
魔王が聞き返す。
「……何になるって?」
「虚無僧」
「なんで?」
母はゴプリンの頭を見る。
「笠をかぶれば、プリンが落ちにくいでしょう?」
魔王は頭を抱えた。
「いや、笠をかぶったらプリンが見えなくなるよ」
「でも守れますよ」
「それはそうだけど……」
ゴプリンは少し興味を持った。
「……虚無僧?」
母が頷く。
「そう」
「……強い?」
「たぶん」
魔王が口を挟む。
「母さん、虚無僧はプリン防衛の専門家じゃないから」
「でも、笠はありますよ」
「そこだけ見てる!」
五利武が笑い始めた。
「ゴプリンが虚無僧……」
殴打も想像する。
「巨大な笠をかぶって、ドス……ドス……って歩くのか」
「……」
ゴプリンが立ち上がった。
ドス……。
そして両手を頭の上に乗せる。
「……こう?」
「そうそう!」
母が嬉しそうに言う。
「いいわね」
魔王が叫ぶ。
「まだ笠をかぶってないのに、もうそれっぽくなってる!」
ゴプリンは真剣だった。
「……プリンを守る」
「うん」
「……大事」
「そうね」
便意が言った。
「でも、虚無僧って笠をかぶって歩く人ですよね?」
昆布が答える。
「そうですね」
便意がゴプリンを見る。
「ゴプリンさんの場合、笠よりプリンのほうが目立ちそうですが」
「たしかに」
魔王も頷く。
「巨大な笠の下からプリンが出てたら、逆に目立つな」
母が考える。
「じゃあ、笠をもっと大きくしましょう」
魔王が驚く。
「もっと?」
「はい」
「どれくらい?」
母は両手を広げる。
「このくらい」
「でかすぎる!」
勇気が笑う。
「ゴプリンさんが見えなくなるよ!」
「それなら完璧にプリンを守れます」
「本人まで見えなくなる!」
ゴプリンが言った。
「……俺、どこ?」
「そうなるよ!」
広場に笑い声が響いた。
そのとき、町の人がプリンを持ってきた。
「お待たせしました!」
「……!」
ゴプリンが振り向いた。
プリンだった。
普通のプリン。
しかしゴプリンにとっては特別な存在だった。
ゆっくり近づく。
ドス……。
ドス……。
ぷるん。
「……プリン」
町の人が笑う。
「ゴプリンさん、好きなんだね」
「……うん」
ゴプリンは大切そうにプリンを受け取った。
そして――
自分の頭の上に乗せているプリンと、手に持ったプリンを交互に見る。
魔王が言った。
「……どっちもプリンだな」
「……うん」
「食べるの?」
ゴプリンは少し考えた。
「……」
「どうする?」
ゴプリンは頭のプリンを見た。
手元のプリンを見る。
そして――
「……二つとも大事」
魔王は笑った。
「なるほど」
母も笑う。
「じゃあ明日は、二つとも守りましょうね」
ゴプリンは力強く頷いた。
ぷるん。
「頭!」
魔王が叫ぶ。
ゴプリンが慌てて押さえる。
「……危ない」
「だから虚無僧なんだな……」
魔王は納得しかけた。
その横で父が二杯目のビールを飲む。
「いやあ、今日はいい日ですね」
魔王が父を見る。
「父さん」
「はい」
「父さんも明日、虚無僧になる?」
「私は結構です」
「即答だな」
父はビールを飲む。
「私は普通に働きます」
魔王が笑った。
「父さんらしいよ」
その夜。
二丁目の町には、久しぶりの笑い声が響いていた。
井戸には水がある。
町の人々は安心している。
ゴプリンも嬉しそうだ。
吸水と吸着も、初めて人間たちから感謝された。
そして魔王軍は――
町の人々と一緒に、久しぶりの温かい食事を楽しんでいた。
ただ一人。
母だけは――
翌日のために、
「ゴプリンさん用・特大虚無僧笠」
の設計を考えていた。
魔王はそれを見て、ため息をついた。
「……明日、本当にやるの?」
母は笑顔で答えた。
「もちろん」
ゴプリンも、
「……楽しみ」
と頷いた。
ぷるん。
魔王は思った。
「……プリンを守るだけなのに、どうして虚無僧になるんだ?」
誰も答えなかった。
ただ、父だけがビールを飲みながら言った。
「世の中、そういうこともありますよ」
「父さん、それで納得しないでくれよ……」
二丁目の夜は、静かに更けていった。
そして翌朝――
巨大な笠をかぶったゴプリンが町に現れることを、まだ誰も知らなかった。




