地下洞窟の怒鳴り声
魔王軍は、巨大な亀裂のような洞窟をさらに奥へと進んでいた。
先ほどからずっと、水の流れる音が聞こえている。
サァァァァァ……。
地下深くを流れる水。
その音は、進めば進むほど大きくなっていた。
ゴプリンは先頭を歩いている。
ドス……。
ドス……。
一歩進むたびに、頭の上のプリンが、
ぷるん。
と揺れる。
ゴプリンはそれを気にしながら、慎重に段差を降りていた。
魔王はそんなゴプリンの後ろを歩きながら、周囲を見ていた。
そして――。
「……あれ?」
魔王が足を止めた。
「どうしました?」
昆布が振り返る。
魔王は壁を指差した。
「良く見ると、小さな緑の生き物が頭から水を吸ってない?」
「……」
全員が壁を見る。
そこには先ほどから見かけている、緑色の小さな四本脚の生き物がいた。
体長は十数センチほど。
丸い体。
短い四本の脚。
そして――。
頭のてっぺんから、地下の水を吸い込んでいる。
チュルチュルチュル……。
「……本当だ」
勇気が呟いた。
魔王は生き物の口元を見た。
「口があるぞ」
「ありますね」
「じゃあ、なんで頭から水を吸うんだ?」
「……」
昆布は腕を組んだ。
「確かに、その通りですね」
緑色の生き物は、
チュルチュルチュル……。
と頭から水を吸い続けている。
そして、口はまったく使っていない。
「口があるのに頭から水を吸っている。不思議なモンスターですね」
昆布が真面目な顔で言った。
魔王はしばらく考えた。
「……水分補給の仕方が変わってるな」
便意がスマートフォンを取り出した。
「検索してみます」
「だからこの世界のモンスター図鑑は入ってないって」
「はい」
「もう分かってるじゃん」
便意はスマートフォンをしまった。
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お母さんの発想
母は緑色の生き物をじっと見ていた。
「でも……」
「はい?」
「口があるんだから、口からも水を飲めるのかしら?」
魔王が首を傾げる。
「どうだろうな」
母は真剣に考えた。
「もし口が二つあったら便利ね」
「二つ?」
「ええ」
母はニコニコしながら言った。
「口が二つあったら、おしゃべりしながら、ご飯も食べられるわね」
「……」
全員が沈黙した。
魔王が言った。
「お母さん」
「なあに?」
「それ、便利なのか?」
「便利よ」
「でも、口が二つあったら会話中にどっちの口が喋ってるか分からなくならない?」
母は少し考えた。
「そうねぇ」
「でしょう?」
「じゃあ、右の口がおしゃべり担当」
「担当制?」
「左の口がご飯担当」
「完全に業務分担じゃん」
昆布が真剣な顔で頷いた。
「合理的ではあります」
魔王が振り返る。
「昆布、そこ真面目に考えなくていいから」
「すみません」
五利武が緑色の生き物を見ながら言った。
「じゃあ、口が三つあったら?」
母が答える。
「一つはご飯を食べる」
「二つ目はおしゃべりをする」
「……そうだったわね」
殴打が言った。
「じゃあ三つ目は?」
母は笑った。
「ストローを吸う」
「ご飯とストローは同時じゃない方が良いよ」
魔王は頭を抱えた。
「地下洞窟で何の話をしてるんだ、俺たちは……」
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ゴプリンのプリン問題
そのとき、母がゴプリンを見た。
「そういえば」
「はい?」
「ゴプリンちゃんのプリンが落ちない様に、囲いを作ってあげたら?」
「……」
魔王はゴプリンの頭を見る。
プリンが、
ぷるん。
と揺れた。
確かに。
今まで何度も段差を降りるたびに、プリンが危うく落ちそうになっている。
魔王は頷いた。
「それは良いかもしれない」
ゴプリンが振り返った。
「……?」
母が手を広げて説明する。
「頭の周りに、こう……低い壁みたいなものを作ってあげるの」
ゴプリンは自分の頭を触った。
「……プリン?」
「そう。プリンを守るためよ」
「……」
ゴプリンは自分の頭の上のプリンを見る。
そして、
ぷるん。
と揺れる。
ゴプリンは両手でプリンを押さえた。
「……大事」
母が微笑んだ。
「そうよね」
昆布も頷いた。
「それは良いですね。この洞窟探索が終わったら作ってみましょう」
魔王が聞いた。
「何で作る?」
「木材があれば木で作れますし、革などでも可能でしょう」
五利武が言った。
「ゴルフバッグの中に何か使えそうなものあるぞ」
魔王が振り返る。
「持ってきてるの?」
「一応」
「何で地下洞窟にゴルフバッグ持ってきてるんだよ」
五利武は少し考えた。
「便利だから?」
「ゴルフ以外に使うことを想定してるのか」
殴打が言った。
「バットで囲い作るか?」
「大きすぎるだろ」
父が静かに言った。
「プリンを守るなら、柔らかい素材の方がいいでしょう」
魔王が父を見る。
「それは確かに」
父は真顔だった。
「落としたら食べられなくなりますから」
「そこまで真剣に考えてくれるんだ」
母が笑った。
「みんな、ゴプリンちゃんのプリンが好きなのね」
ゴプリンが、
「……」
と、少し嬉しそうにした。
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地下の生き物たち
魔王軍は再び歩き始めた。
すると、壁に張り付いていた緑色の生き物たちが一斉に動いた。
カサカサカサカサ……。
「また移動してる」
勇気が言った。
「どこに行くんでしょう?」
昆布が観察する。
「水の流れに沿って移動しています」
「水を探してるのかな?」
「おそらく」
一匹の生き物が、壁から天井へ移動した。
そして天井にある水滴に頭をつける。
チュル。
「また頭から吸ってる」
魔王が言った。
「口、完全に休んでますね」
便意が言った。
「食事中に喋る必要がないのでしょうか」
魔王が答える。
「いや、そもそも喋るのか?」
その瞬間。
緑色の生き物の一匹が、
「キュッ」
と鳴いた。
全員が止まった。
「……」
魔王が見る。
「今、鳴いた?」
「鳴きましたね」
昆布が答えた。
「口から」
「じゃあ口、ちゃんと使えるんだ」
「そのようです」
母が言った。
「かわいいわね」
すると、
キュッ。
キュッ。
キュッ。
周囲の生き物たちも鳴き始めた。
「……」
魔王が少し笑った。
「なんか会話してるみたいだな」
昆布が目を細める。
「もしかすると、この鳴き声で情報交換しているのかもしれません」
「何を?」
「水の場所とか、危険の場所とか」
魔王は周囲を見た。
大量の小さな生き物。
彼らは水脈の中で暮らしている。
もしかすると――。
この地下世界を知り尽くしているのかもしれない。
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広い空間
しばらく歩くと、洞窟が急に広くなった。
「……広い」
魔王が呟いた。
今まで狭かった通路が突然開けた。
天井も高い。
まるで地下に巨大な部屋が存在しているようだった。
水の音も、ここで一気に大きくなった。
サァァァァァァァァァ……。
「ここに水が集まっているみたいです」
昆布が言った。
床には細い水路が何本も走っている。
それらが中央へ向かって流れている。
魔王はしゃがみ込んだ。
「地下の川みたいだな」
「はい」
「これが森の水につながってるのか?」
「可能性は高いと思います」
母が水を見た。
「綺麗な水ね」
父も覗き込む。
「飲めそうですね」
便意が言った。
「でも、地下水は勝手に飲まない方がいいですよ」
「そうね」
魔王は頷いた。
「何が混ざってるか分からないからな」
そのとき。
――声が聞こえた。
「おい!」
「……?」
全員が振り返った。
「今、何か聞こえなかった?」
勇気が言った。
「聞こえました」
昆布が答えた。
「人の声です」
「人?」
魔王は立ち上がった。
全員が声のした方向を見る。
暗闇。
その先に何かがある。
そして――。
「だから言ってるだろうが!」
今度ははっきり聞こえた。
怒鳴り声だった。
魔王軍が固まった。
「……誰かいる」
父が言った。
「人間でしょうか?」
殴打が身構える。
五利武も周囲を見る。
便意はスマートフォンを握った。
母は少し心配そうな顔をした。
昆布は静かに周囲を確認する。
そしてゴプリンは――。
「……」
怒鳴り声の方向をじっと見つめていた。
魔王が小声で聞く。
「ゴプリン」
「……」
「お前、知ってるのか?」
ゴプリンは答えなかった。
ただ、
ドス。
と一歩前へ出た。
プリンが、
ぷるん。
と揺れる。
そして――。
「……あいつ」
「また『あいつ』か!」
魔王が小声でツッコむ。
その直後。
暗闇の奥から、さらに大きな声が響いた。
「いい加減にしろ!」
ビリビリと洞窟全体に響き渡る。
壁の緑色の小さな生き物たちが、
一斉に動きを止めた。
そして――。
全員が同じ方向を向いた。
「……」
魔王は息を呑んだ。
昆布も表情を変えた。
「どうやら……」
「何?」
「この洞窟の奥には、何者かがいます」
「人間?」
「分かりません」
「モンスター?」
「それも分かりません」
魔王は暗闇を見る。
水の音。
無数の小さな生き物。
そして、怒鳴り声。
ゴプリンが探していた「あいつ」。
薬草不足。
止まった井戸。
壊れた水の魔法石。
すべてが一本の線でつながり始めている。
魔王は小さく呟いた。
「……この地下に、何があるんだ?」
暗闇の奥から、
「おい! 誰かいるのか!」
という声が響いた。
魔王軍は互いの顔を見た。
そして昆布が静かに言った。
「……どうやら、向こうも私たちに気づいたようです」
魔王はため息をついた。
「便利屋の仕事で地下洞窟に入ったら、知らない誰かに怒鳴られるとは思わなかったな」
父が言った。
「メンタルガード」
母が言った。
「まず挨拶しましょうか?」
魔王は頷いた。
「そうだな」
一歩、前へ進む。
ドス。
ゴプリンも続く。
ドス。
ぷるん。
暗闇の奥から、再び声が聞こえる。
「誰だ!」
魔王は口を開いた。
「俺たちは――」
その瞬間。
ゴプリンが魔王の前に出た。
「……」
そして暗闇を見つめる。
「……あいつ」
魔王は思った。
――やっぱり、ゴプリンは何かを知っている。
そして魔王軍は、
地下水脈のさらに奥へと足を踏み入れた。




