魔王が魔王を倒したら、次の魔王も魔王なのか
旅立ちの村を出発する前。
魔王軍は、勇者の家のおばあちゃんの家で最後の作戦会議をしていた。
テーブルの上には、村人から渡された地図。
その横には、鍋が作ったおにぎり。
さらにその横には、便意のスマートフォン。
そして、なぜかゴルフクラブとバットまで置かれている。
昆布が地図を広げた。
「では、改めて確認します」
全員が昆布を見る。
「この世界には、現在の魔王がいます」
「はい」
「その魔王の力が弱まっているため、魔物が暴れています」
「はい」
「我々は、その魔王を倒します」
「はい」
昆布が魔王を見る。
「ここまでは大丈夫ですね?」
「大丈夫」
「では、行きましょう」
その時だった。
空耳さんの声が響いた。
『ちなみに』
魔王が振り向く。
「空耳さん?」
『魔王』
「何?」
『お前は次の魔王になるんだぞ』
「…………」
全員が止まった。
魔王がゆっくり聞き返す。
「今、なんて言った?」
『だから、お前が次の魔王になる』
「…………」
勇気が目を丸くする。
「魔王様が?」
『そう』
魔王は昆布を見る。
昆布も魔王を見る。
二人とも黙っている。
やがて魔王が言った。
「ちょっと待って」
『何だ?』
「俺は今から魔王を倒すんだよね?」
『そうだ』
「で、俺が次の魔王になるんだよね?」
『そうだ』
「…………」
魔王は頭を抱えた。
「俺が魔王を倒したら、俺が魔王になるの?」
『そうだ』
「じゃあ、魔王が魔王を倒して、魔王になるの?」
『そういうことだ』
「分からない!」
昆布が立ち上がった。
「待ってください!」
全員が昆布を見る。
軍師・昆布。
こういう時こそ出番だった。
昆布はホワイトボードを持ってきた。
「整理します」
マジックで書く。
現在
「まず、現在の魔王を『魔王A』とします」
魔王が頷く。
「そして、魔王様を『魔王B』とします」
「俺が魔王B?」
「便宜上です」
「まあいいけど」
昆布は書き続ける。
魔王Aを魔王Bが倒す
「こうなります」
「うん」
「そして、その後――」
昆布が書く。
魔王B=次の魔王
魔王が見つめる。
「……俺が魔王になる」
「はい」
「でも、俺はもう魔王なんだけど」
「…………」
昆布の手が止まった。
「それは……」
勇気が言う。
「確かに」
五利武も頷く。
「魔王様は最初から魔王様ですからね」
殴打が言う。
「次の魔王になる前から魔王」
鍋が言う。
「じゃあ、次の魔王になったら、今までの魔王様とは違う魔王様になるんですか?」
便意がスマートフォンを見ながら言った。
「魔王様が魔王様になって……」
父が言う。
「やめろ。余計に分からなくなる」
母はお茶を飲みながら微笑んでいる。
「魔王様が魔王様になるのね」
「母さんまで!」
空耳さんが楽しそうに言う。
『別に難しくないだろ』
「難しいよ!」
『お前は魔王だ』
「うん」
『この世界にも魔王がいる』
「うん」
『そいつを倒す』
「うん」
『そして次の魔王になる』
「うん」
『簡単だろ?』
「簡単じゃない!」
昆布が再びホワイトボードに書いた。
①魔王様は魔王
②異世界にも魔王がいる
③魔王様が異世界の魔王を倒す
④魔王様が次の魔王になる
魔王がじっと見る。
「……④が問題だな」
昆布が頷く。
「私もそう思います」
勇気が手を挙げる。
「質問があります!」
「どうぞ」
「魔王様が次の魔王になるなら、今の魔王様は何なんですか?」
「…………」
全員が魔王を見る。
魔王は答えられない。
「俺は……」
考える。
「今の魔王様?」
昆布が言った。
「では次の魔王様になった瞬間、今の魔王様は?」
「次の魔王様?」
「では、次の魔王様の次は?」
「知らないよ!」
五利武が言った。
「魔王様が代替わりするたびに『次の魔王様』になるのでは?」
殴打が頷く。
「じゃあ永遠に次の魔王様ですね」
魔王が頭を抱えた。
「やめてくれ」
空耳さんが言う。
『ちなみに、魔王には歴代魔王がいる』
「歴代!?」
『初代魔王、二代目魔王、三代目魔王……』
昆布が聞く。
「つまり、この世界では魔王というのは役職なのですか?」
『そうだ』
「なるほど」
昆布が書く。
魔王=役職
「それなら理解できます」
魔王も少し安心する。
「そういうことか」
しかし昆布は続けた。
「つまり魔王様が現在の魔王を倒せば、次の魔王として就任する」
「うん」
「では、魔王様は『魔王』という名前でありながら、『魔王』という役職にも就くわけですね」
「…………」
魔王が止まった。
「待って」
昆布も止まる。
「どうしました?」
「俺、名前が魔王なんだよね?」
「はい」
「で、役職も魔王になるんだよね?」
「はい」
「じゃあ……」
魔王はゆっくり言った。
「俺が魔王という名前のまま、魔王という役職になるの?」
昆布が考える。
「……そうなります」
「同じじゃん」
「同じですね」
勇気が笑い始めた。
「魔王様、魔王という名前で魔王になるんですね!」
「ややこしい!」
母が言った。
「でも覚えやすいですよ」
「何が?」
「名前と役職が同じだから」
「そういう問題じゃないよ」
その時。
家の外から声がした。
「魔王様ー!」
全員が振り向く。
村人だった。
「はい!」
魔王が返事をする。
村人は安心したように言う。
「どうか、魔王を倒してください!」
魔王が頷く。
「分かりました」
村人はさらに頭を下げる。
「そして、次の魔王になってください!」
「…………」
魔王の顔が引きつった。
勇気が小声で言う。
「魔王様が魔王を倒して、魔王になる……」
殴打が続ける。
「魔王が魔王に勝つ」
五利武が続ける。
「そして魔王になる」
鍋が言う。
「魔王の名前の人が魔王になる」
便意が言う。
「魔王様が魔王様になる」
父が言う。
「だからやめろ」
昆布は黙っていた。
そして、ホワイトボードに一行だけ書いた。
「魔王様が魔王を倒して、次の魔王になる」
魔王がそれを見る。
「……文章としては成立してるんだよな」
昆布が頷く。
「はい」
「でも意味が分からない」
「私もです」
空耳さんが笑う。
『面白いだろ?』
魔王はため息をついた。
「空耳さんが俺を魔王にするって言った時から、ずっとこうなんだよ」
『そうだったか?』
「そうだよ」
『まあいいじゃないか』
「よくない」
『とにかく、魔王を倒せ』
「はい」
『そして次の魔王になれ』
「はい……」
魔王は立ち上がった。
そして魔王軍を見る。
「行くぞ」
勇気が立ち上がる。
「はい!」
殴打がバットを持つ。
「物理攻撃、準備完了」
五利武がゴルフクラブを持つ。
「素早い物理攻撃、準備完了」
便意がスマートフォンを持つ。
「魔法……準備中です」
鍋が言う。
「食料、準備完了です」
母が言う。
「回復、準備完了です」
父が言う。
「防御、準備完了」
昆布が地図を畳む。
「作戦、準備完了です」
魔王は頷いた。
「よし」
そして玄関を出る。
旅立ちの村の小さな道を、魔王軍が歩いていく。
村人たちは手を振っている。
「頑張ってください、魔王様!」
「魔王を倒してください!」
「そして次の魔王になってください!」
魔王は歩きながら小さく呟いた。
「……本当に俺が魔王を倒して、俺が魔王になるのか?」
昆布が隣を歩きながら答えた。
「そういうことです」
「じゃあ、今の俺は何なんだ?」
「魔王です」
「次の俺は?」
「魔王です」
「その次は?」
「魔王です」
「……」
魔王は空を見上げた。
「この世界、魔王って言葉が多すぎないか?」
昆布が真顔で答えた。
「同感です」
その頃。
遠く離れた場所では、魔物たちが騒いでいた。
しかし、魔王軍はまだ知らない。
この世界の魔王がなぜ弱くなったのか。
そして、なぜ魔物たちがこれほどまでに騒いでいるのか。
今はまだ――。
ただ一つの依頼だけが、魔王軍の前にある。
魔王が魔王を倒す。
そして――。
次の魔王になる。




