魔王軍に「便意」
魔王の家。
その日の夕方。
魔王軍は、リビングに集まっていた。
テーブルの上には一枚の紙が置かれている。
そこには――。
「魔王軍・役割一覧」
と書かれていた。
魔王が腕を組む。
「だいぶ増えたな」
勇気が紙を覗き込む。
「はい!」
殴打が言う。
「物理攻撃担当です」
五利武も頷く。
「私も素早い物理攻撃担当です」
鍋は胸を張った。
「私はコックです」
母は、
「私は回復担当ね」
父は牛乳を飲みながら、
「俺は防御だ」
魔王が言う。
「父さんは物理防御とメンタル防御だね」
父は頷く。
「怒られても平気だからな」
「それを自慢していいのか分からないけど」
勇気が紙を見る。
「もっと役割が必要じゃないですか?」
「そうだな」
魔王が考える。
「魔術師とか」
母が手を挙げる。
「私、魔女だけど?」
「母さんは回復担当」
「魔術もできるわよ」
「まだ練習中でしょ」
母が少し不満そうな顔をする。
「そのうち何でもできるようになるわ」
魔王が苦笑した。
「じゃあ魔術師候補も探すか」
空耳さんが突然言った。
『魔術師なら一人いるぞ』
魔王が顔を上げる。
「誰?」
『……』
「空耳さん?」
『……』
「まさか忘れた?」
『少し待て』
沈黙。
『思い出した』
「誰?」
『便通大魔王の人』
魔王は眉をひそめた。
「……ああ!」
勇気も思い出した。
「前に言ってましたね!」
殴打が言う。
「以前、魔王様を倒しに来たサラリーマン勇者ですね」
五利武も思い出す。
「呪文を全部噛んでいた人ですね」
鍋も頷く。
「ああ、その方ですか」
魔王は苦笑した。
「そういえば、あの人どうしてるんだろうな」
その瞬間――。
ピンポーン。
全員が固まった。
魔王がインターホンを見る。
画面に映っている人物。
スーツ姿。
鞄を持っている。
そして――。
魔王は目を細めた。
「……何か見覚えがある」
勇気が後ろから覗き込む。
「あっ!」
殴打も画面を見る。
「これは……」
五利武が言った。
「まさか」
魔王が言う。
「前に呪文を全部噛んだサラリーマン勇者が来た」
魔王軍全員がざわついた。
---
■魔王軍、まず防御
勇気が言った。
「どうしましょう?」
殴打が腕を組む。
「まず防御でしょう」
五利武も頷く。
「以前、ゴルフクラブを持った勇者もいましたからね」
鍋が言う。
「営業マンの姿をしていますが、油断できません」
魔王が頷く。
「確かに」
勇気が言った。
「では、防御態勢を!」
魔王軍全員が父を見る。
父は牛乳を飲んでいた。
「……何だ?」
勇気が言う。
「父さん、最初に防御してください」
父は眉をひそめる。
「俺?」
「はい」
父はため息をついた。
「俺は物理防御とメンタル防御だから、関係なくない?」
魔王軍が考える。
殴打が言った。
「たぶん、魔法防御も強いですよ」
五利武も頷く。
「確かに」
鍋が言う。
「普段からいろいろなことに動じませんからね」
父は少し考えた。
「そうかな」
魔王が言う。
「父さん、お願い」
父は立ち上がった。
「分かったよ」
勇気が背中を押す。
「お願いします!」
殴打も押す。
「頼みます!」
五利武も押す。
「お願いします!」
父は玄関へ押し出されていく。
「自分で歩けるって」
そして玄関の前に立った。
父がドア越しに言う。
「何でしょうか?」
外から声がした。
「お忙しいところ失礼いたします!」
父は警戒する。
「……」
「便通大魔王のサンプル、いかがでしょうか?」
父の顔が変わった。
「……!」
魔王軍が後ろでざわつく。
父が叫ぶ。
「もう騙されないぞ、勇者め!」
外の男が慌てて答えた。
「違います!」
「何が違う!」
「この前は申し訳ございませんでした!」
父が黙る。
「勇者辞めて、サラリーマンになりました!」
魔王が後ろから叫ぶ。
「本当に?」
勇気が言う。
「どうします?」
鍋が小声で言う。
「便通大魔王は飲みたいですね」
五利武も頷く。
「確かに」
殴打も、
「飲みたいです」
勇気も、
「僕もです!」
魔王は父を見る。
父は考えている。
「……便通大魔王は何本だ?」
外のサラリーマンが答えた。
「この前のお詫びに――」
少し間を置いて。
「百本、お持ちしました」
「百本!?」
魔王軍全員が反応した。
勇気が叫ぶ。
「百本もあれば、みんな便通良くなるな!」
鍋も、
「かなり飲めますね」
五利武も、
「一人では飲み切れませんね」
殴打が計算する。
「六人なら……」
魔王が言う。
「父さん」
父は即答した。
「じゃあ、もらうか」
「判断早っ!」
---
■父、扉を開ける
父が玄関の扉をゆっくり開けた。
そこにいたのは――。
以前のサラリーマン勇者。
スーツ姿。
革靴。
営業鞄。
そして手には――。
大量の便通大魔王。
「どうも!」
父は目を細める。
「……本当にサラリーマンになったんだな」
「はい!」
「勇者は?」
「辞めました」
「本当に?」
「はい!」
するとサラリーマンは、突然スマートフォンを取り出した。
「では、皆さん」
父が警戒する。
「何だ?」
サラリーマンはスマホを掲げた。
「スマホさん、読んで」
魔王軍全員が固まった。
スマートフォンから機械的な音声が流れる。
「ファイアー」
「……」
「ウォーター」
「……」
「アイス」
「……」
「サンダー」
魔王軍が一斉に父を見る。
父もスマホを見る。
サラリーマンが満面の笑みを浮かべた。
「これで呪文を噛まなかったぞ!」
「……」
「うまく考えただろ!」
父が真顔で答えた。
「噛まなかったけど――」
サラリーマンが笑顔のまま固まる。
「呪文は自分で唱えないと出ないんじゃないか?」
「…………」
サラリーマンの顔から笑顔が消えた。
「はっ……!」
父が言う。
「気づいてなかったのか?」
サラリーマンはスマホを見る。
スマホは何も言わない。
「スマホさん……」
沈黙。
「スマホさん?」
当然、返事はない。
サラリーマンは頭を抱えた。
「……そうだった」
魔王軍が笑い始める。
勇気が言う。
「スマホに魔法を唱えてもらおうとしたんですね!」
「はい……」
魔王が笑う。
「発想は面白いけどね」
そのとき――。
魔王の口元が少し上がった。
サラリーマンが気づく。
「え?」
魔王が笑った。
「……」
魔王の笑顔。
笑いの呪いが発動した。
サラリーマンが突然笑い出す。
「ふっ……」
「はは……!」
「ははははは!」
「なんで笑ってるんだ俺!」
笑いが止まらない。
魔王軍も笑っている。
父だけは冷静だった。
「また始まったな」
魔王は笑いながら言った。
「ごめん、一分だけ」
サラリーマンは笑い続ける。
「ははははは!」
そして――。
一分。
魔王は表情を変えた。
サラリーマンの前を見る。
魔王の睨み。
ピタッ。
笑いが止まった。
身体も動かない。
魔王軍が静かになる。
サラリーマンは目だけを動かす。
すると――。
「スマホさん、読んで」
スマホが答える。
「ファイアー、ウォーター、アイス、サンダー」
魔王は呆れた。
「なんで今?」
父が言った。
「動けないのにスマホに頼んでるぞ」
魔王はため息をついた。
「じゃあ――」
魔王の目が少し変わる。
「混乱しろ」
---
■サラリーマン、便通大魔王を飲み始める
次の瞬間。
サラリーマンの身体から力が抜けた。
「……」
彼は辺りを見回す。
そして――。
テーブルの上に並べられた便通大魔王を見つけた。
「……」
一本取る。
ゴクッ。
「……」
もう一本。
ゴクッ。
もう一本。
ゴクッ。
魔王が慌てる。
「ちょっと待って!」
勇気が叫ぶ。
「飲みすぎです!」
殴打が言う。
「一本ずつでいいですよ!」
五利武も、
「そんなに急いで飲むものではないでしょう!」
しかしサラリーマンは止まらない。
「ゴクッ!」
「ゴクッ!」
「ゴクッ!」
次々と飲んでいく。
魔王が頭を抱える。
「混乱って、そういう方向なの!?」
鍋が心配そうに言う。
「大丈夫でしょうか……」
父は冷静に言った。
「さすがに止めた方がいいんじゃないか?」
魔王軍全員で止めようとする。
「もういい!」
「飲みすぎ!」
「置いて!」
しかしサラリーマンは便通大魔王を持ったまま――。
家の中を歩き始めた。
魔王が言う。
「どこ行くんだ?」
サラリーマンは何も答えない。
キョロキョロ。
キョロキョロ。
そして――。
「トイレ!」
「そこか!」
サラリーマンはトイレを探し始めた。
廊下を歩く。
リビングを見る。
台所を見る。
洗面所を見る。
そして――。
「あった!」
トイレを発見。
勢いよく入っていく。
バタン。
ドアが閉まった。
魔王軍は沈黙した。
勇気が言う。
「……」
殴打も黙る。
五利武も黙る。
鍋も黙る。
母が言う。
「……大丈夫かしら」
父が時計を見る。
「待つしかないな」
魔王も腕を組む。
「そうだね」
空耳さんが言った。
『便意が来たな』
魔王が言う。
「名前、まだ聞いてないよ」
『そうだった』
「なんで分かるんだよ」
『雰囲気だ』
「雰囲気で便意って分かるの?」
それからしばらく――。
誰も何も言わなかった。
---
■ようやく出てきたサラリーマン
しばらくして。
トイレのドアが開いた。
サラリーマンが出てきた。
少し疲れた顔をしている。
魔王軍が一斉に見る。
サラリーマンは深々と頭を下げた。
「魔王軍の皆様」
「はい」
「助かりました」
魔王が言った。
「……まあ、トイレが見つかってよかったですね」
サラリーマンは晴れやかな顔をしていた。
「本当にありがとうございました」
空耳さんが言った。
『お前の名前は何だ?』
サラリーマンは驚いた。
「え?」
また周囲をキョロキョロする。
「誰ですか?」
魔王が言う。
「空耳さんです」
「またですか?」
『私だ』
「どこですか?」
『ここだ』
「……」
サラリーマンは諦めた。
「名前ですか?」
『そうだ』
サラリーマンは胸を張った。
「私の名前は――」
少し間を置いて。
「便意です」
「…………」
魔王軍全員が黙った。
勇気が小声で言う。
「……便意さん?」
「はい」
殴打が首を傾げる。
「すごい名前ですね」
五利武も、
「印象に残ります」
鍋は少し困った顔をする。
「料理を作っている途中に聞いたら、少し驚きますね」
魔王軍は顔を見合わせた。
魔王が言う。
「便意さんは――」
勇気が続ける。
「仲間にしなくても良いでしょう」
殴打も頷く。
「すでに役割はかなり揃っています」
五利武も、
「物理攻撃担当もいます」
鍋も、
「料理担当もいます」
父は、
「防御担当もいる」
母は、
「回復担当もいるわね」
勇気は、
「補助もいます!」
魔王が頷く。
「そうだね」
すると空耳さんが言った。
『いや』
魔王が嫌な予感を覚える。
『便意は、魔術師だ』
「……」
『魔術師なのだ』
魔王が言う。
「でも、噛んじゃうから魔法使えないよ」
便意が少しうつむく。
「……」
空耳さんが続ける。
『噛まなければ』
「そこが問題なんだよ」
『魔術師は、便意しかいない』
魔王軍が顔を見合わせる。
空耳さんが言う。
『魔術にスキルを全振りするか』
魔王が叫ぶ。
「スキルの振り方が極端すぎる!」
便意は目を輝かせた。
「魔術に……全振り……」
魔王が便意を見る。
「もしかして――」
便意はゆっくり顔を上げた。
「私は……」
そして深々と頭を下げた。
「誰かは存じ上げませんが、ありがとうございます」
「誰か分かってないんだ」
便意は続けた。
「ぜひ、魔王軍に入て下い!」
「噛んだ」
勇気が言った。
「今、噛みましたね」
「……!」
便意が口を押さえる。
「す、すみましぇん!」
魔王軍が沈黙する。
魔王が言った。
「また噛んだ……」
便意は必死だった。
「私は、このままでは魔術師にすらなれましぇん!」
「また!」
「魔術師を目指していたので!」
「うん」
「魔術師になりつぁい!」
「また噛んだ!」
便意は顔を真っ赤にする。
「……」
魔王軍は心配そうに見つめた。
勇気が小声で言う。
「大丈夫かな」
殴打も、
「かなり心配ですね」
五利武も、
「魔法を使う前に呪文で詰まりそうです」
鍋が言う。
「でも、本人は本気ですよ」
魔王は便意を見る。
便意は真剣な顔をしていた。
魔王はため息をつく。
「分かりました」
便意が顔を上げる。
「本当ですか?」
「魔王軍に入ってください」
「ありがとうございます!」
便意は嬉しそうに頭を下げた。
「よろしくお願いしましゅ!」
「最後まで噛むんだな」
「すみましぇん……」
---
■魔術師・便意
空耳さんが言う。
『決まりだ』
「何が?」
『魔王軍・魔術師』
便意の目が輝く。
「魔術師……」
空耳さんが続ける。
『魔法の才能はある』
魔王が聞く。
「本当に?」
『たぶん』
「たぶん?」
『私は魔術の専門家ではない』
「じゃあ何で言ったの?」
『雰囲気だ』
「また雰囲気かよ!」
便意はスマートフォンを握りしめた。
「私、頑張ります!」
魔王が言う。
「でも、無理に魔法を使わなくてもいいからね」
「はい!」
「まずは呪文を噛まない練習から」
「分かりました!」
便意は真剣に構える。
「ファイアー」
「……」
「ウォーター」
「……」
「アイス」
「……」
「サンダー」
魔王軍から拍手が起きる。
「言えた!」
「言えましたね!」
便意が嬉しそうにする。
「やりました!」
空耳さんが言う。
『では魔法を出してみろ』
便意が固まる。
「……」
魔王が言う。
「そういえば、魔法を出すにはどうするんだ?」
便意がスマホを見る。
「スマホさん、読んで」
スマホが、
「ファイアー、ウォーター、アイス、サンダー」
と言った。
魔王が頭を抱える。
「だからそれじゃ出ないって!」
便意が慌てる。
「そうでした!」
そして自分で唱える。
「ファイアー!」
しかし何も起こらない。
「……」
便意がもう一度。
「ファイアー!」
何も起こらない。
勇気が言う。
「まだ練習中ですね!」
母が近づく。
「私も最初はそうだったわ」
便意が母を見る。
「魔王様のお母様も魔法使いなんですか?」
母が笑う。
「魔女よ」
「魔女……!」
便意の目が輝いた。
「教えてください!」
母も嬉しそうにする。
「もちろん」
魔王はその様子を見て笑った。
「魔術師の師匠ができたな」
空耳さんが言う。
『魔術師が増えた』
魔王が訂正する。
「まだ一人だよ」
『魔女も魔術師に含めれば二人だ』
「母さんは魔女」
『細かい』
「大事だよ」
---
■便通大魔王、残り97本
そのとき便意が思い出した。
「あっ!」
魔王が振り返る。
「どうした?」
「便通大魔王ですが――」
持ってきた箱を見る。
「まだ、97本あります」
勇気の目が輝いた。
「97本!」
殴打も笑顔になる。
「かなりありますね」
五利武も、
「みんなで飲めます」
鍋も、
「冷やしておきましょうか?」
母が言う。
「冷蔵庫に入るかしら?」
父は箱を見る。
「……一本くらい今飲むか?」
魔王が父を見る。
「父さん、さっきから便通大魔王に積極的すぎない?」
父は真顔だった。
「100本ももらったからな」
「そういう問題じゃないだろ」
勇気が一本取る。
「じゃあ、いただきます!」
ゴクッ。
「おいしい!」
殴打も一本。
「確かに美味しいですね」
五利武も、
「飲みやすい」
鍋も、
「食事にも合いそうですね」
魔王も一本手に取る。
「じゃあ俺も」
ゴクッ。
「うん」
便意が嬉しそうに言った。
「ぜひ皆さんで飲んてくだい!」
魔王が振り返る。
「また噛んだ」
「……」
便意がうつむく。
「飲んでください……」
「今度は言えたね」
そのとき勇気が言った。
「そういえば、便意さん」
「はい?」
「便意さんは、何本飲んだんですか?」
便意が考える。
「えっと……」
魔王軍が数える。
一本。
二本。
三本。
魔王が言った。
「三本だね」
勇気が驚く。
「三本で便意来たんですね!」
便意が恥ずかしそうにする。
「はい……」
殴打が言う。
「早いですね」
五利武も、
「ものすごく早い」
鍋が笑う。
「名前の通りですね」
魔王が言った。
「それ、自分で言うとちょっと恥ずかしくない?」
便意は苦笑した。
「……はい」
空耳さんが言った。
『便意だから仕方ない』
「空耳さん!」
『何だ?』
「名前でいじらないで!」
魔王軍が笑う。
---
■魔王軍、また一人増える
その夜。
魔王は新しく作った魔王軍名簿に名前を書いた。
魔王
勇気
殴打
五利武
鍋
便意
そして――。
魔王は役割欄を書く。
勇気――補助勇者。
殴打――物理攻撃。
五利武――素早い物理攻撃。
鍋――コック。
母――回復・魔女。
父――物理防御・メンタル防御。
そして。
便意――。
魔王は少し考えた。
「……魔術師」
書き終える。
しかし、その横に小さく、
「現在、呪文練習中」
と付け加えた。
便意は名簿を見て嬉しそうに笑った。
「本当に……魔術師になったんですね」
魔王は頷く。
「うん」
「ありがとうございます」
「ただし――」
魔王は便意を見る。
「サラリーマンは続けてください」
便意が驚く。
「え?」
魔王は笑った。
「せっかく便通大魔王の営業ができるんだから」
「はい!」
「勇者を辞めても、サラリーマンまで辞めなくていい」
便意は嬉しそうに頭を下げた。
「分かりました!」
勇気が言った。
「じゃあ、魔王軍にはサラリーマン魔術師がいるんですね!」
殴打が頷く。
「かなり珍しいですね」
五利武も笑う。
「プロゴルファーもいますから、今さらですね」
鍋も言う。
「コックもいます」
父は新聞を読みながら、
「俺は普通のサラリーマンだけどな」
魔王が父を見る。
「父さんも魔王軍なんだけど」
「そうだったな」
空耳さんが言う。
『魔王軍は職業の幅が広い』
魔王が頷く。
「確かに」
そして魔王は名簿を眺めた。
勇者。
元勇者。
プロ野球選手。
プロゴルファー。
コック。
サラリーマン。
魔女。
そして魔術師。
魔王は苦笑した。
「……これ、本当に軍隊なのかな」
勇気が笑う。
「魔王軍ですよ!」
空耳さんも言った。
『間違いなく魔王軍だ』
魔王はため息をついた。
「まあ、いいか」
その日。
魔王の家には、また一人仲間が増えた。
かつて魔王を倒そうとしたサラリーマン勇者。
呪文を噛み続ける男。
スマートフォンに呪文を読ませようとする男。
そして、便通大魔王を三本飲んで、あっという間に便意を迎えた男。
その名は――。
便意。
彼はこれから、
サラリーマンとして働きながら、
魔王軍の魔術師を目指す。
ただし――。
最大の問題は、
魔法を覚えることより先に、
呪文を噛まずに言えるようになることだった。
そして魔王軍の冷蔵庫には――。
便通大魔王が、あと97本。
魔王は冷蔵庫を開けて呟いた。
「……これ、いつ飲み切るんだ?」
父が後ろから言った。
「毎日一本なら、三か月くらいだな」
「父さん、妙に計算が早いな」
空耳さんが言った。
『毎日二本にすれば、もっと早い』
魔王が叫ぶ。
「空耳さん、便通大魔王を消費することを魔王軍の目標にしないで!」
魔王の一軒家に、笑い声が響いた。
そしてその隣では――。
便意が一人、真剣な顔で呪文の練習をしていた。
「ファイアー……」
「ウォーター……」
「アイス……」
「サンダー……」
一度も噛まない。
便意は嬉しそうに笑った。
「……できた」
その瞬間。
台所から鍋の声がした。
「便意さん、夕食ですよ!」
便意が答える。
「はい、今行きましゅ!」
「噛んだ!」
魔王軍全員が笑った。
便意は顔を赤くしながら、夕食の席へ走っていった。




