魔王軍に「鍋」が加入する
魔王便利屋事務所。
昼前。
魔王軍のメンバーたちは、朝から忙しく働いていた。
勇気は事務所の床を掃除している。
殴打は庭でバットを振っている。
五利武はゴルフクラブを持って、素振りをしている。
母は台所で昼食を作っている。
父は居間で新聞を読んでいる。
そして魔王は――。
「腹減ったな」
その一言で、全員の動きが止まった。
勇気が顔を上げる。
「魔王様、お昼ですか?」
「うん」
殴打がバットを置く。
「今日は何を食べるんですか?」
魔王は少し考えた。
「……チャーハン」
五利武が笑った。
「またチャーハンですか?」
「いや、俺が作るんじゃない」
魔王は立ち上がった。
「今日は食べに行こう」
勇気が首を傾げる。
「どこへ?」
魔王は答えた。
「この前、俺たちのところでチャーハンを作った勇者がいただろ」
「ああ!」
勇気の顔が明るくなった。
「フライパン勇者!」
「そう」
以前、魔王便利屋事務所にやって来た勇者。
魔王を倒すために来たはずだった。
しかし、
「混乱しろ」
によってフライパンを探し始め――。
最終的には、魔王軍全員のためにチャーハンを作った。
しかも、とんでもなく美味しかった。
その後、その男は自分の料理の才能に気づき、
中華料理店で働くことになった。
魔王は言った。
「今日は、その店に行ってみよう」
勇気が立ち上がった。
「行きましょう!」
殴打も、
「先生の店ですか?」
五利武も、
「楽しみですね」
母も笑った。
「たまには外食もいいわね」
父は新聞を畳んだ。
「チャーハンか」
魔王が父を見る。
「父さん、チャーハン好きだったっけ?」
「好きだぞ」
「初めて聞いた」
「言ってないからな」
「なんで今言ったの?」
「今日チャーハンだから」
「理由が単純すぎる」
こうして魔王軍は、中華料理店へ向かった。
■中華料理店
店は街の中心部にあった。
大きな看板には、
中華料理 龍華亭
と書かれている。
店内には、香ばしい炒め物の匂いが漂っている。
魔王軍が入店すると、店員が声をかけた。
「いらっしゃいませ!」
魔王は人数を伝えた。
「何名様ですか?」
「えっと……」
魔王は人数を数える。
魔王。
勇気。
殴打。
五利武。
母。
父。
そして――。
「六人です」
『七人だ』
空耳さんが言った。
魔王は無視した。
「六人で」
『私は?』
「空耳さんは見えないから」
『心では七人だ』
「店の予約は六人でいいよ」
『ひどい』
魔王軍は席に案内された。
メニューを開く。
勇気が目を輝かせた。
「うわあ……!」
そこにはたくさんの料理が並んでいる。
麻婆豆腐。
酢豚。
エビチリ。
青椒肉絲。
春巻き。
小籠包。
チャーハン。
ラーメン。
餃子。
魔王も少し迷った。
「どうする?」
勇気が言う。
「全部食べたいです!」
魔王が笑う。
「全部は無理だろ」
五利武がメニューを見る。
「コース料理がありますよ」
「コース?」
「これです」
そこには、
おすすめ中華コース
と書かれていた。
魔王は少し考えた。
「じゃあ、これにしよう」
「はい!」
魔王軍全員でコース料理を注文した。
■料理長登場
しばらくすると、最初の料理が運ばれてきた。
前菜。
次にスープ。
そして海鮮料理。
料理はどれも美しく盛り付けられていた。
魔王軍は一口食べる。
「……」
全員が黙った。
魔王が言った。
「美味い」
勇気も頷く。
「美味しいです!」
殴打も、
「これはすごい」
五利武も、
「プロの味ですね」
母も、
「丁寧に作ってあるわね」
父は黙々と食べている。
魔王が父を見る。
「父さん」
「ん?」
「感想は?」
「美味い」
「それだけ?」
「美味いものは美味い」
「まあ、そうだけど」
そのときだった。
店の奥から一人のコックが出てきた。
白いコック服。
帽子。
真剣な表情。
その男は客席を見て――。
突然、立ち止まった。
「……!」
魔王軍も気づいた。
「……あ!」
勇気が立ち上がる。
「先生!」
コックは驚いた。
「やっぱり!」
魔王も思わず笑った。
「久しぶりですね」
そう。
そこにいたのは――。
かつて魔王を倒しに来た勇者。
そして、フライパンでチャーハンを作った男だった。
コックは深々と頭を下げた。
「その節はお世話になりました」
魔王が笑う。
「こちらこそ」
コックは嬉しそうに続けた。
「今では、どんどん料理の腕を磨いています」
そして、少し照れながら言った。
「お口に合うと嬉しいです」
魔王軍は笑顔になった。
「もちろんです」
■料理人としての成長
コース料理は続いた。
魚料理。
肉料理。
野菜料理。
そして、名物料理。
どの料理も美味しかった。
しかし魔王軍が一番楽しみにしていた料理がある。
それは――。
チャーハン。
最後の方に、大皿で運ばれてきた。
魔王が見た瞬間、笑顔になった。
「来た」
勇気が身を乗り出す。
「チャーハン!」
五利武も笑う。
「先生の原点ですね」
殴打が言う。
「以前、魔王様の家で作っていただいたものと同じでしょうか?」
コックが厨房から顔を出す。
「もちろんです」
そして大きなフライパンを見せる。
「ただ、あれからかなり練習しました」
魔王がチャーハンを見る。
米は一粒一粒がほぐれている。
卵の香り。
ネギの香り。
具材のバランス。
見た目だけでも分かる。
かなり腕が上がっている。
魔王軍は取り分けて食べた。
一口。
「……」
魔王が目を閉じる。
「うまい」
勇気も、
「美味しい!」
殴打も、
「美味しい」
五利武も、
「これは優勝できますね」
「何の?」
「チャーハン選手権です」
「そんな大会あるの?」
「ないと思います」
「思いますって何だよ」
母も嬉しそうに食べる。
「すごく美味しいわ」
父も一口食べて――。
「うん」
魔王が父を見る。
「どう?」
父は真顔で言った。
「米が喜んでいる」
「急に詩人になったな」
空耳さんが言う。
『米の気持ちが分かるとは、さすが父親だ』
「空耳さん、適当なこと言わないで」
『私は米ではないから分からない』
「そりゃそうだよ」
■コック、再登場
しばらくすると、コックが再び客席へやって来た。
「お料理の方はいかがでしょうか?」
魔王軍全員が顔を上げる。
魔王が答えた。
「やっぱり美味しいです」
勇気も、
「すごく美味しいです!」
殴打が、
「美味しいです」
五利武も頷く。
「素晴らしいです」
母も、
「料理を楽しんでいるのが伝わってきます」
コックは嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます」
魔王は言った。
「また腕を上げたんではないですか?」
コックは照れながら頭を下げた。
「はい。皆さんに料理を食べてもらったあの日から、もっと上手くなりたいと思って、毎日練習しています」
魔王は微笑んだ。
「それは良かったです」
そのとき――。
『お前の名前は何だ』
空耳さんだった。
コックが固まった。
「……?」
キョロキョロ。
右を見る。
左を見る。
天井を見る。
厨房を見る。
「誰ですか?」
魔王が言う。
「空耳さんです」
「空耳さん?」
『私だ』
「どこですか?」
『ここだ』
コックはさらにキョロキョロする。
魔王軍は慣れている。
勇気が小声で言った。
「いつものですね」
殴打も頷く。
「いつものです」
五利武が言う。
「空耳さんは姿が見えませんからね」
『見えないだけでいる』
魔王が言った。
「はいはい」
コックは困惑しながら言った。
「えっと……私の名前ですか?」
『そうだ』
コックは姿勢を正した。
「私の名前は――」
少し間を置く。
「鍋です」
魔王軍が沈黙した。
「……鍋?」
勇気が聞き返す。
「はい」
魔王が言う。
「鍋?」
「はい」
空耳さんが言った。
『鍋』
「そのまんまだな」
鍋は苦笑した。
「よく言われます」
勇気が聞く。
「お名前の由来は?」
鍋は少し考えた。
「……料理上手になって欲しかったらしく、鍋です」
魔王軍が笑う。
鍋も笑った。
■空耳さん、また勧誘する
すると空耳さんが言った。
『鍋』
「はい」
『魔王軍のコックになれ』
鍋の顔が真剣になった。
「……魔王軍のコック」
魔王はすぐに反応した。
「いやいや!」
『何だ?』
「鍋さんはコックやった方が良いでしょ!」
鍋も頷く。
「私も今の仕事は好きです」
魔王が言った。
「ほら」
『しかし魔王軍にも必要だ』
「まあ……料理担当は必要だけど」
魔王軍全員が頷く。
勇気が言った。
「魔王軍、食事が大事ですから!」
殴打も、
「戦うにも体力が必要です」
五利武も、
「プロとしても食事は重要です」
母が言う。
「毎日の食事は大事よ」
父も頷く。
「うまい飯は大事だ」
魔王は父を見る。
「父さん、今日は食べ物の話になると積極的だね」
父は真顔で言った。
「チャーハンが美味かったからな」
「単純だな」
すると鍋が静かに口を開いた。
「魔王さん」
「はい」
「私……」
鍋は魔王をまっすぐ見た。
「魔王さんの所で料理して、料理の楽しさを再確認出来たんです」
魔王は黙って聞いていた。
「最初は、ただ勇者になろうと思っていました」
「はい」
「魔王を倒すことが、自分の使命だと思っていました」
魔王は苦笑する。
「実際、俺を倒しに来ましたからね」
「はい……」
鍋も苦笑する。
「でも、あの日、魔王さんの家で料理を作って――」
一度言葉を止める。
「みんなが美味しいと言ってくれた」
魔王軍は静かに聞いている。
「そのとき初めて、自分が料理をしていること自体が楽しいんだと気づきました」
魔王は微笑んだ。
「それなら――」
鍋が頭を下げた。
「ぜひ魔王軍のコックにしてください」
勇気が拍手する。
「やった!」
殴打も笑う。
「正式加入ですね」
五利武も、
「料理担当が増えました」
母も嬉しそうに言った。
「これから料理がもっと楽しくなりそうね」
魔王は鍋を見る。
「分かりました」
「ありがとうございます!」
「ただし――」
魔王は指を一本立てた。
「料理の修行は続けてください」
鍋が驚く。
「はい?」
魔王は笑った。
「料理人として、もっと腕を磨いた方がいいです」
そして――。
「料理の修行を続けても良いですからね」
鍋は目を輝かせた。
「はい!」
■魔王軍の新しい役割
こうして、鍋は正式に魔王軍へ加入することになった。
役割は――。
魔王軍・コック。
魔王軍の食事を担当する料理人である。
勇気が言った。
「これで魔王軍のご飯は安心ですね!」
殴打が言う。
「戦闘前の食事も重要です」
五利武が、
「大会前の食事もお願いします」
鍋が笑う。
「もちろんです」
母が言った。
「私も料理を手伝います」
鍋が慌てる。
「魔王様のお母様も料理がお得意なんですか?」
魔王が答える。
「普通だと思います」
母が笑う。
「普通よ」
空耳さんが言った。
『魔女だから料理魔法も使えるぞ』
母が振り返る。
「そうだった!」
魔王が嫌な予感を覚える。
「母さん、変な魔法は使わないでね」
「大丈夫よ」
『この前、料理を自動で作る魔法を考えていたぞ』
「空耳さん!」
母が笑う。
「便利じゃない?」
魔王は頭を抱えた。
「……便利だけど、鍋さんの仕事がなくなるから」
鍋が笑った。
「大丈夫です」
魔王が見る。
「私は、自分の手で料理を作ることが好きですから」
魔王は嬉しそうに笑った。
「それならいい」
■そして厨房へ
その日の夜。
鍋は魔王軍と一緒に魔王の一軒家へ戻った。
そして台所を見る。
「ここが魔王軍の厨房ですか?」
魔王が答える。
「まあ、普通の家の台所だけどね」
鍋は周囲を見る。
「いいですね」
「何が?」
「料理ができます」
魔王は少し笑った。
「じゃあ、今度またチャーハン作ってください」
鍋が頷く。
「もちろんです」
勇気が手を挙げる。
「僕も食べたいです!」
殴打も、
「私も」
五利武も、
「私もお願いします」
母も、
「私も楽しみ」
父は何も言わなかった。
魔王が父を見る。
「父さんは?」
父は静かに言った。
「大盛りで」
「やっぱり言った」
全員が笑った。
空耳さんも言う。
『私もチャーハンが食べたい』
魔王が言った。
「空耳さん、食べられるの?」
『分からない』
「じゃあどうするの?」
『気持ちだけ食べる』
「意味分からないよ」
鍋は笑った。
「では、今度皆さんのために作ります」
魔王軍全員が喜んだ。
こうして魔王軍には、新しい仲間が加わった。
かつて魔王を倒そうとしていた勇者。
フライパンを手に取り、
魔王軍にチャーハンを食べさせた男。
その男は今――。
中華料理人として腕を磨きながら、
魔王軍のコック・鍋
となった。
そして魔王は思った。
「……魔王軍って、本当に変な集団になってきたな」
殴打はプロ野球選手。
五利武はプロゴルファー。
勇気は補助勇者。
母は魔女兼回復役。
父は精神防御担当。
そして――。
鍋は中華料理人。
魔王は便利屋。
勇者たちは誰も魔王を倒さない。
むしろ魔王の家に集まってくる。
魔王は少し考えてから、笑った。
「まあ……」
「悪くないか」
その瞬間。
『次は何を食べる?』
空耳さんが聞いた。
魔王は即答した。
「知らないよ!」
『鍋に聞けばいい』
「鍋さんを酷使するな!」
鍋が笑う。
「大丈夫ですよ」
魔王軍が笑う。
その日、魔王の一軒家には――。
いつもより少しだけ、美味しそうな料理の匂いが漂っていた。




