魔王軍、ゴルフの先生が加入する
魔王便利屋事務所。
その日は、朝から妙に静かだった。
魔王は事務所の机に座り、依頼書を整理していた。
魔王軍の面々も、それぞれ仕事をしている。
勇気は床を掃除し、母は台所で昼食の準備。
父は新聞を読みながら牛乳を飲んでいる。
そして、空耳さんは――
「……」
いない。
魔王はため息をついた。
「空耳さん、最近いなくなるの多くない?」
すると、どこからともなく声がした。
『いるぞ』
「どこに?」
『……』
「空耳さん?」
『今、どこにいるか忘れた』
「なんでだよ!」
魔王軍が一斉に振り向いた。
勇気が言う。
「空耳さん、存在そのものを忘れてませんか?」
『大丈夫だ。声はある』
「それだけじゃダメだろ」
そんな、いつもの朝だった。
そのとき――。
殴打がスマートフォンを見ながら叫んだ。
「魔王様!」
「どうした?」
「ゴルフの大会、今日最終日です!」
「ああ、そうだったな」
魔王は思い出した。
以前、魔王便利屋事務所にやって来た男。
ゴルフクラブを持っていた。
そして――。
魔王をゴルフクラブで殴ろうとした。
しかし魔王の、
「笑いの呪い」
「魔王の睨み」
「混乱しろ」
によって、最終的にはゴルフレッスンを始めてしまった男だった。
その後、魔王軍にゴルフを教えてくれた。
魔王軍にとっては、もはや、
「ゴルフの先生」
である。
勇気が言った。
「今日は先生の応援に行きましょう!」
魔王は少し考えた。
「……そうだな」
「行きましょう!」
「でも、魔王軍全員で行くのか?」
「もちろんです!」
「目立つだろ」
殴打が真顔で言った。
「魔王軍ですから」
「そういう問題じゃないんだよ」
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■ゴルフ場
そして数時間後。
魔王軍は、ゴルフ場に来ていた。
魔王。
勇気。
殴打。
母。
父。
そして、いつの間にか現れていた空耳さん。
もちろん空耳さんの姿は誰にも見えない。
ただし、声だけは全員に聞こえる。
『魔王軍、応援するぞ』
「空耳さん、姿ないけどね」
『心はいる』
「体もいてほしいんだけど」
魔王軍は、観客席から静かにプロゴルファーを見守っていた。
すると勇気が大きな横断幕を広げた。
そこには――。
『魔王軍の先生』
と書かれている。
魔王は絶句した。
「……勇気」
「はい!」
「それ、ちょっと恥ずかしくない?」
「何がですか?」
「いや……」
魔王は周囲を見た。
観客たちが横断幕を見ている。
「魔王軍って何だ?」
「先生って誰?」
「プロゴルファーに魔王軍?」
そんな声が聞こえてくる。
魔王は顔を伏せた。
「……帰りたい」
勇気が笑顔で言った。
「でも先生、喜んでますよ!」
見ると、プロゴルファーがこちらを見ていた。
そして――。
笑っている。
どうやら横断幕に気づいたらしい。
魔王は少し安心した。
「まあ……本人が喜んでるならいいか」
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■最終ホール
試合は大接戦だった。
この時点ではまだ魔王軍の正式な仲間ではないプロゴルファーは、最終ホールを迎えていた。
一打差。
最後の一打。
会場が静まり返る。
魔王軍も息をのむ。
勇気は両手を握った。
「先生……!」
殴打も真剣な表情。
「先生、頑張ってください!」
母も、
「頑張ってー!」
父は新聞を畳み、
「ここまで来たら勝ってほしいな」
魔王も静かに見つめる。
「……あの人、ちゃんとプロなんだな」
空耳さんが言った。
『そうだぞ』
「当たり前でしょ」
『以前は魔王をゴルフクラブで殴ろうとしていたがな』
「それは今言わなくていいよ」
そして――。
プロゴルファーがクラブを構えた。
スイング。
カーン!
ボールは美しい軌道を描いて飛んでいく。
観客がざわめく。
ボールはグリーンへ。
そして――。
見事にカップの近くへ。
最後のパット。
静かに構える。
打つ。
コロコロコロ……。
カップへ。
――入った。
一瞬の静寂。
そして。
大歓声。
「優勝だ!」
魔王軍も立ち上がった。
「やったー!」
「先生!」
「優勝だ!」
勇気は横断幕を高々と掲げる。
『魔王軍の先生』
プロゴルファーはそれを見て、深々と頭を下げた。
魔王も拍手した。
「……よかったな」
空耳さんが言った。
『魔王軍の先生、優勝だ』
「なんか学校の先生みたいになってるけどね」
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■数日後
それから数日が経った。
魔王便利屋事務所。
魔王が事務所の掃除をしていると――。
コンコン。
ドアを叩く音がした。
「はい」
魔王がドアを開ける。
そこに立っていたのは――。
先日のプロゴルファーだった。
「こんにちは」
「あっ!」
魔王が驚く。
「先生!」
勇気が後ろから叫ぶ。
「先生だ!」
殴打も立ち上がる。
「優勝おめでとうございます!」
プロゴルファーは笑顔で頭を下げた。
「この前は、応援ありがとうございました」
そして、嬉しそうに言った。
「見事優勝出来ました」
魔王も笑った。
「おめでとうございます」
「皆さんが応援してくれたおかげです」
勇気が胸を張る。
「横断幕、効果ありましたか?」
「はい。ものすごく嬉しかったです」
魔王は少し照れながら言った。
「まあ……魔王軍としては当然ですよ」
すると――。
『お前の名前は何だ?』
突然、空耳さんの声が響いた。
プロゴルファーが固まった。
「……?」
周囲をキョロキョロする。
右を見る。
左を見る。
天井を見る。
机の下を見る。
「誰ですか?」
魔王が言った。
「空耳さんです」
「空耳さん?」
『私だ』
「どこですか?」
『ここだ』
「どこですか?」
『……』
空耳さんが黙る。
魔王が言った。
「また自分がどこにいるのか分からなくなったんじゃないでしょうね?」
『……今、探している』
「何を?」
『私自身を』
「もういいよ!」
魔王軍が笑う。
するとプロゴルファーが改めて答えた。
「私の名前ですか?」
『そうだ』
プロゴルファーは姿勢を正した。
「私の名前は――」
一呼吸置いて。
「ごりふです」
「ごりふ?」
魔王が聞き返す。
「はい」
プロゴルファーは説明した。
「数字の五に、利益の利に、武士のぶで――」
「え?」
「五利武と書いて、五利武と読みます」
魔王軍が沈黙した。
勇気が言う。
「……ゴルフと似てますね」
「はい」
魔王が言った。
「プロゴルファーで、名前が五利武」
「はい」
殴打が腕を組む。
「ものすごくゴルフ向きの名前ですね」
「よく言われます」
空耳さんが突然言った。
『五利武』
「はい」
『魔王軍に入れ』
五利武が目を見開く。
「え?」
魔王も目を見開く。
「いやいやいや!」
空耳さんは続ける。
『魔王軍に入るのだ』
魔王が慌てる。
「いや、待って!」
『何だ?』
「五利武さん、プロゴルファーやった方が良いでしょ!」
五利武も頷く。
「私もプロゴルファーは続けたいです」
「ほら!」
魔王が空耳さんに言う。
「優勝したばかりなんですよ!」
『分かっている』
「じゃあなんで魔王軍に入れって言うの?」
空耳さんが少し間を置いて答えた。
『いや、魔王が警察に通報しなかったから、五利武は優勝出来たんだ』
「どういう理屈?」
五利武が苦笑する。
「確かに、以前は魔王様をゴルフクラブで殴ろうとしてしまいました」
「そうなんですよ」
魔王は遠い目をする。
「かなり危なかったですからね」
『しかし魔王は警察に通報しなかった』
「まあ……」
『だから五利武は、その後ゴルフの才能を伸ばし、優勝した』
魔王は考えた。
「……まあ、結果だけ見ればそうですね」
『ならば、その恩を魔王軍で返せ』
五利武は真剣に聞いている。
魔王は嫌な予感がした。
空耳さんが続ける。
『そのゴリラの様な腕力と――』
魔王が眉をひそめる。
「ゴリラ?」
五利武の腕を見る。
確かに太い。
ゴルフクラブを振り続けて鍛えられた腕は、かなり立派だった。
『そして目に見えないくらいの素早いスイング』
五利武が自分のゴルフクラブを見る。
『それを活かして――』
空耳さんが言い切った。
『素早い攻撃担当するのだ』
魔王軍が一斉に五利武を見る。
五利武は少し考えた。
そして――。
「そういう事なら、もちろん魔王様のお役に立ちます」
魔王は頭を抱えた。
「入るんだ……」
「はい!」
「いや、いいんですけど……」
五利武は真剣な顔で言った。
「魔王様には以前、私の過ちを許していただきました」
「まあ……」
「その恩を返したいと思っています」
魔王は少し黙った。
そして笑った。
「分かりました」
五利武が頭を下げる。
「ありがとうございます。魔王様」
勇気が拍手する。
「新しい仲間だ!」
殴打も嬉しそうに言う。
「物理攻撃担当が増えましたね!」
魔王が振り返る。
「……あれ?」
殴打が頷く。
「私は物理攻撃担当です」
「そうだったな」
「五利武さんも物理攻撃担当」
「そうなるね」
殴打が少し考える。
「私と五利武さん、攻撃方法が似ていますね」
五利武が言う。
「私はゴルフクラブです」
殴打はバットを持ち上げる。
「私はバットです」
魔王軍が二人を見る。
バット。
ゴルフクラブ。
魔王が言った。
「……スポーツ用品店みたいになってきたな」
勇気が笑う。
「魔王軍武器庫ですね!」
魔王が首を振る。
「いや、できれば武器じゃなくてスポーツ用品として使ってほしい」
空耳さんが言った。
『でも攻撃担当だぞ』
「なんで嬉しそうなんだよ」
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■五利武の実力
魔王軍は庭に出た。
五利武がゴルフクラブを持つ。
「では、私のスイングをご覧ください」
魔王が言う。
「危ないので、人には絶対向けないでくださいね」
「もちろんです」
五利武が構える。
そして――。
振った。
ブンッ!
魔王軍全員の髪が揺れた。
「……」
魔王が固まる。
勇気が目を丸くする。
「今、何が起きました?」
殴打が真剣な顔になる。
「速い……」
五利武が言う。
「まだ普通のスイングです」
「普通?」
魔王が聞き返す。
「はい」
五利武がもう一度構える。
「では、少し速くします」
ブンッ!
今度は風圧が庭の木の葉を揺らした。
魔王が目を細める。
「見えなかった」
殴打も頷く。
「私にも見えませんでした」
勇気が言う。
「僕にもです!」
母が驚く。
「ゴルフって、そんなに速いの?」
父が新聞を見ながら言った。
「……ゴルフ、怖いな」
魔王が五利武を見る。
「すごいですね」
五利武は笑った。
「プロですから」
魔王は少し考える。
「じゃあ……」
五利武を見る。
「魔王軍では、物理攻撃担当ということで」
「はい!」
「ただし――」
魔王は指を一本立てる。
「人を傷つけるためには使わないこと」
五利武は即答した。
「分かりました」
「俺は戦うのが嫌いだからね」
「承知しています」
「それなら――」
魔王は笑った。
「正式加入で」
五利武が深々と頭を下げた。
「ありがとうございます。魔王様」
勇気が叫ぶ。
「五利武さん!」
「はい」
「これから一緒に頑張りましょう!」
「よろしくお願いします」
殴打も手を差し出す。
「物理攻撃担当同士、よろしくお願いします」
五利武も握手する。
「こちらこそ」
魔王軍に、新たな仲間が加わった。
――素早い物理攻撃担当。
ゴルフクラブを使う、プロゴルファー。
名前は五利武。
そして魔王には、一つだけ確認しておきたいことがあった。
「五利武さん」
「はい?」
「プロゴルファーは――」
「続けます」
「よかった」
魔王は心から安心した。
「プロゴルファーは辞めなくて良いですからね」
五利武が笑顔で答えた。
「もちろんです」
空耳さんが言う。
『では、魔王軍とプロゴルファーを両立だ』
魔王が頷く。
「それが一番いい」
勇気が言う。
「魔王軍の先生が、今度は魔王軍の攻撃担当ですね!」
五利武が笑う。
「皆さん、またゴルフを教えますよ」
魔王軍全員が顔を見合わせた。
「お願いします!」
魔王は苦笑した。
「……またゴルフ大会、応援に行かないとな」
父が新聞を開きながら言った。
「魔王軍、だんだんスポーツクラブみたいになってきたな」
母が笑う。
「いいじゃない。健康的で」
魔王は庭を眺めた。
そこには――。
ゴルフクラブを持つ五利武。
バットを持つ殴打。
フライパンを持つ勇気。
そして、魔法の練習をしている母。
普通の一軒家の庭とは思えない光景だった。
魔王は小さく笑った。
「……まあ、悪くないか」
空耳さんが言った。
『うむ。順調に魔王軍らしくなっている』
魔王が振り返る。
「どこが?」
『分からない』
「おい」
『私も今、考えているところだ』
「最初から考えてから言ってよ!」
こうして魔王軍には――。
プロゴルファーを続けながら戦力にもなる、
五利武
が正式に加わった。
そして魔王軍の物理攻撃担当は、また一人増えた。
ただし、その攻撃方法は――。
ゴルフクラブ。
魔王は最後まで、
「できればゴルフの道具として使ってほしい」
と思っていた。




