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キラキラネーム魔王の俺、魔王になってみた。  作者: 耀悟


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父さん、防御力だけ異常に高い

翌朝。


魔王の家には、いつも通りの朝がやってきた。


キッチンには、朝食の匂いが漂っている。


焼いたパン。


卵焼き。


味噌汁。


そして、牛乳。


一見すると、ごく普通の家庭の朝食だった。


ただし。


テーブルの上には、一つだけ普通ではないものがあった。


母親の手。


正確には――


母親の手のひらから出ている、小さな光だった。


「……きれい」


母親は朝食を食べながら、自分の手のひらを眺めていた。


昨夜、初めて現れた回復魔法の光。


朝になっても、まだ少しだけ残っている。


「本当に魔法なんだ……」


母親は嬉しそうに手を動かす。


光も一緒に揺れる。


「お母さん、朝ごはん冷めるよ」


魔王が言った。


「分かってるわよ」


「ずっと手を見てるけど」


「だって嬉しいんだもの」


「まあ……気持ちは分かるけど」


魔王も少し笑った。


向かいでは、父親が新聞を読みながら牛乳を飲んでいる。


ゴクゴク。


ごくごく。


いつもの朝だった。


その時。


『お父さん!』


突然。


空耳の声が響いた。


「えっ!?」


父親が驚いた。


次の瞬間。


ブーッ!


父親が口に含んでいた牛乳を、盛大に吹き出した。


正面にいた魔王の顔面へ。


「…………」


魔王の顔に、牛乳が滴る。


「…………」


父親は固まった。


母親も固まった。


魔王も固まった。


空耳だけが普通に喋る。


『お父さん!』


「……なんだ急に」


父親が言った。


魔王はゆっくりと顔を拭いた。


「父さん」


「……すまん」


「牛乳、全部かかったんだけど」


「……すまん」


「二回謝っても牛乳は戻らないよ」


「……本当にすまん」


母親が笑いをこらえている。


「ふふっ……」


「母さん、笑わないで」


「だって、朝から牛乳まみれになる魔王なんて面白いじゃない」


『なかなかの飛び散り具合じゃったな』


「空耳さんのせいだからね!」


『わしは呼んだだけじゃ』


「急に大声で呼ぶからだよ!」


父親はティッシュを取りながら、空耳に言った。


「それで、なんだ?」


『いや、ちょっと聞きたいことがあってのう』


「なんだ?」


『最近、仕事の方は順調かね?』


父親は新聞を畳んだ。


そして、少し遠い目をした。


「順調に怒られてますよ」


「……」


魔王は何とも言えない顔をした。


母親も手を止めた。


「あなた……」


「いや、仕事自体は順調だよ」


「怒られることが?」


「そこじゃない」


父親はため息をついた。


「仕事はちゃんとしてる」


「でも怒られる」


「そう」


「なんで?」


「いろいろあるんだよ」


父親は牛乳を一口飲んだ。


今度は慎重に。


「書類の提出が遅い」


「それは?」


「上司が急に締め切りを早めた」


「なるほど」


「会議で発言が少ない」


「それは?」


「何を言っても怒られそうだから」


「なるほど……」


「電話の対応が遅い」


「電話が鳴ってるのに?」


「出ようとしたら、先輩が先に取った」


「……」


「昼休みが長い」


「実際は?」


「規定時間内」


「……」


魔王は父親を見た。


「父さん」


「なんだ」


「それ、結構大変じゃない?」


「まあな」


父親は苦笑した。


「でも、会社員なんてそんなもんだ」


その時。


空耳の声がした。


『では――』


空耳の声が妙に真面目だった。


『違う世界に行く頃には、メンタルガードも出来るようにしてやろう』


父親が顔を上げた。


「……今、必要なんだけど」


魔王が吹き出した。


「確かに」


母親も頷く。


「異世界に行く前に、今の世界で必要ね」


『そうじゃったか』


父親が言った。


「むしろ俺は今、そこが一番欲しい」


『では、メンタルガードを……』


父親が期待する。


「本当にできるのか?」


『……』


「空耳さん?」


『……』


「どうした?」


空耳が少し気まずそうに言った。


『もう、防御力に全振りしてしまったからな』


「防御力?」


『うむ』


「俺の?」


『お父さんのじゃ』


父親は困惑した。


「いつ?」


『かなり前じゃ』


「知らないんだけど」


『お前が武器で殴られても大怪我しなかった時じゃ』


父親は固まった。


「……それ、スキルだったの?」


『そうじゃ』


魔王が口を挟む。


「じゃあ父さん、もう防御力が高いの?」


『ものすごく高い』


父親は首を傾げた。


「実感ないぞ」


『上司に怒られても会社に行けるじゃろ』


「……」


『取引先に怒られても次の日に出勤するじゃろ』


「……」


『会議で怒られても昼飯を食うじゃろ』


「……」


「確かに」


魔王が頷いた。


「父さん、精神的にかなり強いじゃん」


父親は考え込んだ。


「そうなのか……?」


『精神防御力だけなら、かなりのものじゃ』


「じゃあ、メンタルガードはいらないのか?」


『いや』


「いらないんじゃないの?」


『防御力とメンタルガードは別物じゃ』


「どう違う?」


空耳が説明する。


『防御力というのは、攻撃を受けても耐える力』


「うん」


『メンタルガードは、そもそも攻撃を受けた時に傷つきにくくする力』


「なるほど」


『お父さんは、防御力は高い』


「うん」


『しかし、毎回ちゃんと傷ついておる』


「……」


父親は静かに牛乳を飲んだ。


「それは……」


『痛いけど耐えておる』


「……」


『だから強い』


父親は少しだけ黙った。


そして、


「……なんか褒められてる気がしない」


魔王が笑った。


「でも、父さんらしいよ」


母親も微笑む。


「あなた、昔からそうだったものね」


「そうか?」


「嫌なことがあっても、次の日には普通に起きて会社に行くじゃない」


「まあ……」


「私だったら休むわ」


「俺も休みたいよ」


「じゃあ休めばいいじゃない」


「生活があるからな」


魔王は父親を見つめた。


いつも普通の父親だと思っていた。


特別な力もない。


魔法も使えない。


勇者でもない。


魔王でもない。


ただ毎朝会社へ行って、仕事をして、怒られて、帰ってくる。


そんな父親。


しかし。


もしかすると。


父親には、父親にしかない強さがあるのかもしれない。


魔王は思った。


「……父さん」


「なんだ?」


「魔王軍の役割、決めようとしてるんだけど」


「俺も入るのか?」


『もちろんじゃ』


父親が嫌そうな顔をする。


「俺、戦えないぞ」


「俺も戦わせたくない」


『戦闘要員ではない』


「じゃあ何?」


空耳が答える。


『防御役じゃ』


父親が眉をひそめる。


「防御役?」


『うむ』


「盾を持つのか?」


『いや』


「鎧?」


『違う』


「バリア?」


『それも違う』


父親が困惑する。


「じゃあ何を防ぐんだ?」


空耳は答えた。


『肉体と精神じゃ』


「……」


魔王も納得した。


「確かに」


母親が笑った。


「あなたにぴったりね」


父親は複雑そうな顔をする。


「俺は魔王軍で、怒られても平気な人になるのか?」


『すでに完成しておる』


「じゃあ、スキルポイントは?」


『ない』


「ないの?」


『全部防御力に振った』


魔王が思わず叫んだ。


「スキル偏りすぎ!」


父親が振り向く。


「俺もそう思う」


母親が笑う。


「でも便利じゃない」


「何に?」


「会社で」


父親は黙った。


「……確かに」


魔王が言う。


「父さん、会社で怒られることを前提にした能力を最初から持ってるって嫌じゃない?」


「俺だって嫌だよ」


『しかし非常に有用じゃ』


「どこで?」


『異世界』


「異世界でも怒られるのか?」


『分からん』


「じゃあ意味ないだろ」


魔王が笑った。


『異世界には魔物もおる』


「うん」


『勇者もおる』


「うん」


『魔王もおる』


「俺だよ」


『そして、強敵もおる』


「……」


『そんな時、お父さんが前に立つ』


父親が目を丸くする。


「俺が?」


『そうじゃ』


「攻撃を受けるのか?」


『そうじゃ』


「嫌だよ」


『しかし耐える』


「嫌だよ」


『かなり耐える』


「だから嫌だって」


魔王が笑った。


「父さん、盾役じゃん」


「俺、盾になるの?」


「たぶん」


『ただし』


空耳が付け加える。


『お父さんの本当の役割は、みんなの心を守ることじゃ』


父親が少し黙った。


「……心を?」


『そうじゃ』


「どうやって?」


『お父さんがいつも通りにしていればいい』


「いつも通り?」


『どんなことが起きても、朝になったら牛乳を飲む』


父親は手に持っていた牛乳を見る。


『それだけで、周りの者は安心する』


魔王は少し笑った。


「……確かに」


母親も頷いた。


「あなたが普通にしていると、家の中が落ち着くものね」


父親は照れくさそうに新聞を開いた。


「そういうものか」


『そういうものじゃ』


そして父親は、新聞を読み始めた。


その姿を見ながら、魔王は思った。


魔王軍には。


魔法を使う者。


料理をする者。


掃除をする者。


戦う者。


守る者。


教える者。


いろいろな人間がいる。


そして。


特別な能力がなくても。


ただそこにいることで、周りを安心させる人もいる。


魔王は小さく笑った。


「……父さんの役割、決まったね」


「何だ?」


「防御役」


「精神防御?」


「うん」


「……悪くないな」


父親は少し嬉しそうだった。


すると。


母親が手を上げた。


「じゃあ、私は回復役」


「うん」


「あなたは防御役」


「そうだな」


「じゃあ魔王は?」


父親と母親が魔王を見る。


魔王は考えた。


「……」


魔王。


元世界チャンピオン。


便利屋。


笑わせる魔王。


混乱させる魔王。


そして魔王軍の中心。


「俺は……」


魔王は少しだけ笑った。


「みんなが無事に帰ってこられるようにする役かな」


空耳が静かに言った。


『それが魔王じゃ』


「……」


魔王は少し照れた。


「なんか、魔王っていうより引率の先生みたいだけど」


『細かいことは気にするな』


「またそれかよ」


その時だった。


一階から声がした。


「魔王さーん!」


「魔王さん、今日の仕事ありますかー?」


「今日、庭の草刈りしませんか?」


「昨日のゴルフの続きをやりたいです!」


「ゲームの続きもやりましょう!」


「料理も作ります!」


「掃除もします!」


一気に声が聞こえてくる。


魔王は目を丸くした。


父親が新聞から顔を上げる。


母親も笑っている。


空耳が言った。


『ほら』


「何?」


『もう魔王軍じゃ』


魔王は一階へ向かう階段を見た。


そこには、かつて自分を倒そうとしていた者たちがいる。


今では。


自分の家に普通に集まってくる。


魔王は苦笑した。


「……本当に魔王軍になってきたな」


そして。


まだ誰も知らなかった。


この小さな一軒家で始まった「魔王軍の役割決め」が。


やがて世界中の人々を巻き込む、大きな旅へとつながっていくことを。


ただ、その日の朝は。


そんな大事件より先に。


「魔王さん、朝ごはん余ってます?」


「あるよ」


「じゃあ食べていいですか?」


「いいよ」


「俺も!」


「俺も!」


「私も!」


魔王はため息をついた。


「……ここ、本当に魔王の家なのかな」


父親が新聞を読みながら答えた。


「食堂じゃないか?」


母親が笑う。


「便利屋兼、食堂兼、魔王軍本部ね」


空耳が言った。


『魔王城じゃ』


魔王は即答した。


「一軒家だよ」


朝の魔王軍本部は。


今日も平和だった。

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