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キラキラネーム魔王の俺、魔王になってみた。  作者: 耀悟


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警察官の勇者

魔王便利屋事務所。


そこは今日も平和だった。


……少なくとも、表向きは。


事務所の中では、魔王軍がそれぞれ仕事をしていた。


勇気は書類を整理している。


別の魔王軍は掃除をしている。


そして魔王は――。


ソファに座っていた。


「魔王様」


勇気が声をかける。


「ん?」


「今日は依頼、少ないですね」


「そうだな」


「最近は勇者が来るたびに忙しかったですからね」


「……」


魔王は遠い目をした。


料理を作る勇者。


家を掃除する勇者。


野球を始める勇者。


ゴルフを教える勇者。


ゲームで魔王を倒したと言い張る勇者。


「勇者って、もっと魔王を倒しに来るものだと思ってたんだけどな」


「最近はそうでもないですね」


「うん」


そのとき――。


ピンポーン。


全員が止まった。


「……」


勇気がゆっくり顔を上げる。


「来ましたね」


魔王も玄関を見る。


「また勇者かな?」


「たぶん」


「でも、今日は何を持ってるんだ?」


魔王がインターホンのモニターを見る。


そこに立っていたのは――。


制服姿の男だった。


警察官の制服。


帽子。


腰には装備品。


姿勢はまっすぐ。


表情は真剣。


魔王軍がモニターを覗き込む。


「……」


「警察官?」


「本物ですか?」


「いや、勇者かもしれません」


「警察官の勇者?」


勇気が頷いた。


「これまでいろんな勇者が来ましたから」


魔王は困った顔をする。


「でも警察官なら、俺たちが何か悪いことしたのか?」


魔王軍全員が首を振る。


「してません」


「便利屋として普通に仕事してます」


「昨日は依頼で庭の草むしりをしました」


「その前は家具の組み立て」


魔王は頷いた。


「だよな」


インターホンから声が聞こえる。


「こんにちは」


「はい」


「少しお話をよろしいでしょうか」


魔王軍がざわつく。


「怪しい」


「いや、警察官だから普通では?」


「でも勇者かもしれません」


「だからなんで勇者前提なんだよ」


魔王はインターホンに向かって尋ねた。


「何でしょうか?」


警察官の男が答えた。


「この辺りで不審な人物が目撃されていまして」


「不審な人物?」


「はい」


「どんな人ですか?」


「魔王のような人物だという情報が――」


「……」


魔王は黙った。


魔王軍も黙った。


勇気が小声で言う。


「魔王様……」


「分かってる」


魔王はため息をついた。


「俺のことじゃないよな?」


魔王軍が答える。


「どうでしょう」


「いや、俺だろ」


インターホンの警察官が続ける。


「念のため、中を確認させていただいても?」


魔王は少し考えた。


「どうぞ」


扉を開ける。


警察官の男が立っていた。


「失礼します」


男は事務所の中を見渡す。


そして魔王を見る。


「……」


魔王を見る。


魔王軍を見る。


もう一度、魔王を見る。


「あなたがここの責任者ですか?」


「はい」


「お名前は?」


「魔王です」


警察官の眉がわずかに動いた。


「……魔王?」


「はい」


「本名ですか?」


「そういう名前です」


「そうですか」


警察官は何かを書き込む。


魔王軍が小声で話す。


「本当に警察官っぽい」


「演技じゃないですね」


「いや、勇者かもしれない」


「だから……」


魔王は警察官に尋ねた。


「何か問題でも?」


警察官は答える。


「いえ」


そして周囲を確認する。


「ただ……」


「はい」


「この事務所」


「何でしょう?」


「少し変わっていますね」


「……」


魔王軍が目を逸らす。


警察官は事務所内を歩く。


机。


椅子。


テレビ。


ゲーム機。


ゴルフクラブ。


掃除道具。


調理器具。


そして――。


大量の勇者関連グッズ。


警察官が立ち止まる。


「これは?」


「……」


魔王が答える。


「勇者が置いていったものです」


「勇者?」


「はい」


「何人くらい来ました?」


魔王は考える。


「……結構」


「具体的には?」


「数えるのが面倒になるくらい」


警察官は真剣な顔でメモする。


「なるほど」


魔王軍が顔を見合わせる。


勇気が小声で言った。


「やっぱり……」


「何?」


「この人、ただ者じゃないです」


警察官が突然こちらを振り向いた。


「何か?」


「いえ!」


勇気が姿勢を正す。


警察官は少し笑った。


「皆さん、緊張しなくて大丈夫ですよ」


「はい!」


そして警察官は魔王を見る。


「実は――」


男が一歩前へ出た。


「俺は勇者です」


「やっぱり!」


魔王軍が一斉に叫んだ。


魔王は額を押さえる。


「またか……」


警察官の勇者は胸を張った。


「俺は勇者として、魔王を逮捕しに来ました」


「逮捕?」


魔王が目を丸くする。


「倒さないんですか?」


「倒す必要はありません」


「なるほど」


魔王は少し安心した。


「じゃあ話し合いで――」


「魔王を逮捕します」


「話し合いになってない!」


勇者は腰の装備に手を伸ばした。


魔王軍が緊張する。


「魔王様!」


「大丈夫」


魔王は落ち着いている。


「俺は何も悪いことしてない」


「しかし、あなたは魔王でしょう」


「それだけで逮捕されるの?」


「勇者の仕事です」


「勇者の仕事、最近おかしくないか?」


魔王が苦笑する。


そして――。


魔王は微笑んだ。


笑いの呪い。


「……」


警察官の勇者が口元を押さえた。


「ふっ……」


「?」


「くっ……」


「どうした?」


「はは……」


勇者は突然笑い始めた。


「ははははは!」


「来た!」


勇気が叫ぶ。


「笑いの呪いです!」


勇者は笑いながらも姿勢を崩さない。


「はははは!」


魔王軍が驚く。


「笑ってるのに立ってる!」


「すごい!」


「警察官だからか?」


勇者は笑いながら言った。


「魔王……!」


「何?」


「あなたを……!」


「うん」


「逮捕……!」


「無理だろ」


「はははは!」


勇者は笑いながら魔王へ近づこうとする。


しかし魔王は――。


睨んだ。


魔王の睨み。


ピタッ。


勇者が止まった。


「……」


「……」


魔王軍が静かになる。


勇者は完全に動けない。


魔王が言う。


「やっぱり勇者だったか」


勇者は動けない。


やがて笑いの呪いが切れる。


勇者が息を整える。


「……」


「どうした?」


「あなた……」


「うん」


「やはり強いですね」


「そう?」


「笑わせて動きを止めるとは……」


「それ、俺の能力だから」


「そして睨みで完全に制圧する」


「まあ」


勇者は魔王を見つめる。


「これは通常の逮捕では難しい」


「いや、そもそも逮捕する理由ないよ」


魔王軍が頷く。


「そうですよ」


「魔王様は何もしてません」


「むしろ便利屋として働いてます」


「地域の役に立ってます」


警察官の勇者は考え込む。


「……」


そして突然、


「混乱しろ」


魔王が言った。


「……」


魔王軍が見守る。


勇者はしばらく立ったまま。


そして――。


「……」


警察官の勇者は突然、事務所を歩き始めた。


「?」


勇気が首を傾げる。


勇者は窓を確認する。


玄関を確認する。


棚を確認する。


机の下を確認する。


「何してるんだ?」


魔王が尋ねる。


返事はない。


勇者は今度は玄関の外へ出た。


魔王軍も後を追う。


すると勇者は事務所の周囲を歩きながら、


「ここは死角になるな」


「?」


「こっちは見通しがいい」


「……」


「ここに物を置くと不審者が隠れやすい」


「……」


勇気が気づいた。


「防犯チェックしてる?」


勇者は答えない。


さらに事務所の裏へ回る。


「この窓、鍵を確認してください」


「え?」


「植木が大きすぎます」


「どうして?」


「侵入者が身を隠せます」


魔王軍が驚く。


「すごい……」


「事務所の防犯設備を調べてる」


「混乱してるのに、警察官としての能力が出てる」


魔王も感心する。


「なるほど……」


勇者はさらに続ける。


「玄関には明るい照明を」


「はい」


「インターホンは録画機能付きがいいでしょう」


「はい」


「郵便物をためない」


「はい」


「鍵は二重に」


「はい」


「そして――」


勇者が魔王を見る。


「貴重品は目立つ場所に置かない」


「分かりました」


魔王軍は完全に聞き入っていた。


「すごく勉強になる」


「さすが警察官」


「勇者だけど」


「勇者だけど警察官」


気づけば――。


魔王便利屋事務所は、簡易的な防犯講習会になっていた。


勇者は模型を使って説明する。


「不審者は、人目につかない場所を好みます」


「なるほど」


「ですから、周囲を整理することが重要です」


「分かりました」


「それから、知らない人が来たときは、すぐに扉を開けない」


魔王が頷く。


「これは重要だな」


勇者は言う。


「インターホンで確認してから対応してください」


魔王が少し考える。


「……」


「どうしました?」


「今日それを俺がやったな」


「そうですね」


「俺が最初に確認した」


「はい」


魔王軍が笑う。


「魔王様、自分で防犯講習を実践してたんですね」


「そういうことになるな」


勇者は次々に説明していく。


そして――。


一時間。


二時間。


三時間。


「……」


魔王軍が疲れてきた。


勇気が小声で言う。


「この人……」


「うん」


「めちゃくちゃ真面目ですね」


「そうだな」


魔王も感心していた。


しかし――。


やがて勇者がふらっと座った。


「……あれ?」


「どうした?」


勇者は周囲を見る。


「俺は……」


「うん」


「何をしていたんだ?」


魔王軍が顔を見合わせる。


魔王が答えた。


「防犯講習」


「……防犯講習?」


「そう」


「俺は魔王を逮捕しに来たんじゃ……」


「最初はそうだった」


「それが?」


「俺が混乱させた」


勇者は頭を抱える。


「またか……」


魔王軍が笑う。


「でも、すごかったですよ」


「何がですか?」


「防犯の知識」


「そうですか?」


「はい」


「説明も分かりやすかったです」


「事務所の危険な場所も全部見つけてくれました」


「そういえば……」


勇者は周囲を見る。


「ここ、結構危ないですね」


「そうなんですか?」


「この荷物の置き方」


「はい」


「地震が来たら倒れる可能性があります」


「……」


魔王軍が荷物を見る。


「確かに」


「それから、このコード」


「はい」


「足を引っかけるかもしれません」


「確かに」


「ここも整理しましょう」


「はい!」


魔王軍が動き始める。


勇者も立ち上がる。


「手伝います」


「ありがとうございます!」


いつの間にか――。


防犯だけではなく、事務所の整理整頓まで始まっていた。


「これはこっち」


「はい!」


「これは棚に」


「はい!」


「通路を広く」


「はい!」


魔王はその様子を見ながら笑っていた。


「……」


勇気が言う。


「魔王様」


「何?」


「この人も、便利屋になってません?」


「……」


魔王は頷いた。


「なってるな」


しばらくして事務所は見違えるほど綺麗になった。


コードも整理された。


荷物も片付いた。


窓の周辺もすっきりした。


玄関には防犯ライトまで設置された。


勇者は満足そうに頷いた。


「これなら安全ですね」


魔王が言う。


「ありがとう」


「いえ」


勇者は少し照れながら笑った。


「俺、警察官の仕事が好きなんです」


「そうなんだ」


「人を守る仕事ですから」


魔王は少し黙った。


そして笑った。


「それなら、勇者より警察官を続けた方がいいんじゃない?」


勇者は考え込んだ。


「……」


「どうですか?」


「そうかもしれません」


勇気が言う。


「絶対その方が向いてますよ」


「そうですね」


勇者は頷いた。


「魔王を倒すより、人を守る方が自分には合っているかもしれない」


魔王は嬉しそうに言った。


「それがいいと思う」


勇者は立ち上がった。


「では、俺は帰ります」


「うん」


「今日はありがとうございました」


「こちらこそ」


勇者が玄関へ向かう。


そして振り返った。


「もし何かあったら――」


魔王軍が一斉に耳を傾ける。


「いつでも警察に相談してください」


「はい!」


「安全第一です」


「はい!」


勇者は敬礼した。


「では!」


魔王も軽く頭を下げた。


「ありがとう」


勇者が外へ出る。


扉が閉まる。


――パタン。


しばらく沈黙。


勇気が言った。


「魔王様」


「ん?」


「事務所、めちゃくちゃ安全になりましたね」


「そうだな」


「防犯ライトもついた」


「うん」


「窓も整理された」


「うん」


「荷物も片付いた」


「うん」


魔王は事務所を見渡す。


「……」


そして一言。


「今回も便利屋の仕事だったな」


魔王軍が頷く。


「ですね」


勇気が笑う。


「勇者なのに、ちゃんと仕事をして帰っていきましたね」


「うん」


魔王は笑った。


「最近の勇者、俺を倒すより役に立ってるな」


その瞬間。


――ピンポーン。


全員が止まった。


「……」


魔王が玄関を見る。


「また来た?」


勇気が小声で言う。


「防犯講習の成果を見せる時です」


「そうだな」


魔王はインターホンのモニターを見る。


画面には――。


普通の配達員が映っていた。


魔王は慎重に確認する。


「……」


「魔王様?」


「ちゃんと確認してから開ける」


勇気が笑う。


「警察官の勇者、最後まで役に立ってますね」


魔王は頷いた。


「本当だな」


そしてインターホン越しに言った。


「はい、今開けます」


魔王便利屋事務所は――。


少しだけ安全になった。


そしてまた一人。


勇者が魔王を倒さずに、


誰かの役に立つ道


を見つけて帰っていった。

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