魔王を倒せる勇者
またある日のことだった。
魔王便利屋事務所。
そこでは、魔王軍がいつものように仕事をしていた。
といっても、このところ勇者が来るたびに妙なことになっている。
掃除。
料理。
野球。
ゴルフ。
もはや便利屋というより、
「勇者の才能を発見する施設」
になりつつあった。
勇気が机を拭きながら言った。
「魔王様」
「ん?」
「最近、勇者が来るたびに仕事の内容が変わってませんか?」
「……そうだな」
「最初は便利屋だったはずなのに」
「今も便利屋だよ」
「本当ですか?」
「本当だ」
魔王がそう言った瞬間――。
ピンポーン。
全員が止まった。
「……」
勇気がゆっくり顔を上げる。
「来ました」
魔王も玄関を見る。
「勇者かな」
「たぶん」
魔王はインターホンのモニターを確認した。
そこに映っていたのは、一人の青年。
そして――。
両手に何かを持っている。
魔王は画面を見ながら言った。
「ゲーム機とコントローラーしか持ってないぞ」
魔王軍がモニターを覗き込む。
「本当だ」
「何しに来たんでしょう?」
「勇者じゃない可能性もありますね」
勇気が真剣に考える。
「でも最近の勇者は何を持ってくるか分からないからな」
別の魔王軍が言った。
「ゲーム機とコントローラー……」
「武器?」
「いや……」
全員で考える。
「それは、さすがに武器にならないな」
「魔王様をゲーム機で殴るとか?」
「それはゲーム機が壊れるだろ」
「コントローラーで殴るとか?」
「もっと壊れる」
魔王は苦笑した。
「普通にお客さんかもしれないだろ」
そしてインターホンの通話ボタンを押した。
「何でしょうか?」
青年が笑顔で答えた。
「こんにちは!」
「はい」
「一緒にゲームしませんか?」
「……」
魔王は固まった。
後ろの魔王軍も固まった。
「ゲーム?」
「はい!」
青年はゲーム機を掲げる。
「これ、一緒にやりませんか?」
魔王は申し訳なさそうに言った。
「仕事中ですので、結構です」
「お金はお支払いします」
魔王の眉が動いた。
「……お金?」
「はい」
魔王軍がざわつく。
「仕事?」
「ゲームを一緒にする仕事?」
「そんな便利屋ある?」
魔王が少し考えた。
そして――。
「それなら良いですよ」
「ありがとうございます!」
青年が嬉しそうに頭を下げる。
「では、お邪魔します!」
青年は事務所の中へ入ってきた。
魔王軍は青年の持っているゲーム機を見る。
「本当にゲーム機しか持ってない」
「武器ゼロですね」
「勇者じゃないかもしれません」
「でも油断するな」
勇気が言う。
「勇者というものは、何をするか分からない」
「お前、最近勇者を警戒しすぎだろ」
青年はテレビの前に座った。
「では、つなぎますね」
ゲーム機をテレビに接続する。
電源を入れる。
――ピッ。
テレビ画面にゲームのタイトルが表示された。
魔王軍が覗き込む。
「おお……」
「ゲームだ」
青年が言った。
「今日はこれをやりましょう」
魔王にコントローラーを渡す。
「魔王さん、どうぞ」
「ありがとう」
魔王が受け取る。
画面を見る。
そこには――。
二人の格闘家が向かい合っていた。
「……」
魔王の顔が少し引きつった。
「格闘ゲーム?」
「はい!」
青年は嬉しそうだ。
「僕、これ得意なんですよ」
魔王軍が一斉に青年を見る。
「……」
「……」
「勇者か?」
青年が笑う。
「え?」
「いや、なんでもない」
魔王はコントローラーを握る。
「じゃあ、やってみるか」
「はい!」
試合開始。
――ROUND 1!
魔王はボタンを押した。
キャラクターが動く。
「おお」
「パンチが出た」
「キックもある」
魔王は真剣に操作する。
しかし――。
青年のキャラクターが猛烈な勢いで攻撃してくる。
「え?」
パンチ。
キック。
投げ。
必殺技。
「ちょっと待って!」
魔王のキャラクターの体力ゲージがどんどん減っていく。
「速い!」
魔王が必死にボタンを押す。
「これか!」
――スカッ。
「違った!」
青年は冷静に攻撃を続ける。
そして――。
KO!
「……」
魔王は画面を見る。
「負けた」
青年が笑う。
「はい!」
魔王軍がざわついた。
「魔王様が負けた……」
「ゲームで……」
「勇者か?」
「まだ分からん」
勇気がコントローラーを受け取った。
「次は俺がやります!」
「頑張れ」
ROUND 2!
勇気は気合い十分だった。
「いけぇ!」
パンチ!
キック!
必殺技!
しかし――。
青年の操作は速かった。
「そこ!」
ドン!
「うわ!」
「こっち!」
ドン!
「待って!」
「はい、必殺技!」
ドォン!
KO!
勇気のキャラクターが倒れた。
「……」
勇気が固まる。
「負けた」
青年はニコニコしている。
「次、誰ですか?」
魔王軍の一人が立ち上がった。
「俺が行く」
「お願いします!」
ROUND 3!
しかし結果は同じだった。
「負けた……」
ROUND 4。
「今度こそ!」
KO。
ROUND 5。
「俺はゲーム得意だから!」
KO。
ROUND 6。
「このキャラクターなら!」
KO。
ROUND 7。
「必殺技を覚えた!」
KO。
ROUND 8。
「……」
KO。
ついには魔王軍全員が挑戦した。
しかし――。
誰一人として勝てなかった。
青年は全勝だった。
魔王軍は疲れ果てていた。
「……」
「……」
「……」
青年はコントローラーを置いた。
そして不思議そうに尋ねた。
「魔王軍の皆さん」
「何?」
「面白いですか?」
魔王軍は顔を見合わせた。
勇気が正直に答える。
「難しい」
「はい」
「全然勝てない」
「はい」
「負けてばっかりだ」
「そうですか……」
青年は少し考えた。
そして突然、立ち上がった。
「ハハハハ!」
魔王軍が見る。
青年は拳を握った。
「魔王軍め!」
「?」
「俺の全勝だ!」
「……」
「俺は魔王を倒したぞ!」
「…………」
魔王軍全員が、
ぽかーん。
勇気がゆっくり立ち上がる。
「ねえねえ、君」
「はい!」
「魔王を倒すって――」
勇気は指を一本立てた。
「武器を使ったり」
二本目。
「パンチとか」
三本目。
「キックとかで」
四本目。
「現実の魔王を倒すことだと思うよ」
青年は胸を張った。
「パンチとキックと必殺技で倒したぞ!」
「ゲームの中だろ!」
魔王軍全員が突っ込んだ。
青年は真顔になった。
「でも、倒しました」
「だからゲームじゃなくて!」
勇気が画面を指差す。
「現実で倒さないと!」
青年は首を傾げる。
「現実で?」
「そう」
「……」
青年は魔王を見る。
魔王も青年を見る。
青年は魔王の体を見る。
そして――。
「いや」
首を横に振った。
「無理です」
「なんで?」
「俺、プロゲーマーだから」
「……」
「ゲームじゃなきゃ勝てないです」
魔王軍が静かになった。
魔王が尋ねる。
「プロゲーマー?」
「はい」
青年は少し照れながら言った。
「ゲーム大会に出てます」
「じゃあ、最初から勇者じゃないんじゃない?」
「勇者ですよ」
「どっちなんだ」
青年は少し考えた。
「ゲームの中では、かなり強い勇者です」
魔王は頭を抱えた。
「新しいタイプだな……」
青年はコントローラーを片付け始めた。
「じゃあ、帰ります」
「もう帰るの?」
「はい」
「今日はゲームしただけだけど……」
青年は笑った。
「でも、楽しかったです」
魔王軍も頷いた。
「まあ……」
「負けたけど」
「一回も勝てなかったけど」
「楽しかったな」
魔王も笑う。
「俺も久しぶりにゲームやったけど、面白かったよ」
青年は玄関へ向かう。
「では、ありがとうございました」
「こちらこそ」
青年が靴を履く。
そして振り返る。
「またゲームやりましょう!」
魔王軍が答える。
「次は勝つ!」
「頑張ってください!」
青年は笑って帰っていった。
玄関が閉まる。
――パタン。
しばらく沈黙。
魔王軍がテレビを見る。
そこにはまだ格闘ゲームの画面が映っていた。
勇気が呟く。
「……」
「どうした?」
「これ……」
「うん」
「便利屋の仕事だったのかな」
魔王は少し考えた。
そして机の上を見る。
そこには青年から受け取った報酬が置かれている。
「……収入はあった」
「はい」
「依頼人も満足して帰った」
「はい」
「俺たちも一応、仕事をした」
「……はい」
魔王は頷いた。
「まあ、良いか」
「良いんですか?」
「便利屋なんだから」
魔王はテレビのゲーム画面を見る。
「依頼されたことをやって、お金をもらったんだから」
勇気が納得する。
「確かに」
別の魔王軍が言う。
「ただ……」
「何?」
「最近の便利屋、仕事内容がすごくないですか?」
「掃除」
「料理」
「野球」
「ゴルフ」
「そしてゲーム」
魔王は腕を組んだ。
「……」
「魔王様?」
「便利屋って、何でも屋だろ?」
「まあ、そうですね」
「なら、ゲームもありだ」
魔王はコントローラーを手に取った。
「……」
「魔王様?」
「もう一回やってみる」
「え?」
「さっき負けたままなのが、ちょっと悔しい」
魔王軍が一斉に立ち上がった。
「俺も!」
「俺もやる!」
「今度こそ勝つ!」
「よし!」
その日から――。
魔王便利屋事務所では、仕事の合間に格闘ゲームの練習が始まった。
魔王は必死にコンボを覚えた。
「パンチ、パンチ、キック……」
勇気は必殺技を練習する。
「これだ!」
別の魔王軍は防御を練習する。
「ガードが重要なんだな」
さらに別の魔王軍は攻略法を研究する。
「相手の動きを読むんだ!」
いつの間にか全員、本気になっていた。
そして――。
魔王が一言。
「……次にあの勇者が来たら」
魔王軍が振り返る。
「勝つ」
全員が頷いた。
「はい!」
しかし魔王はすぐに気づいた。
「……」
「どうしました?」
「俺たち、何を目指してるんだ?」
勇気が答える。
「プロゲーマーですか?」
「いや、便利屋だろ」
「そうでした」
魔王は苦笑した。
テレビ画面には、
「再戦」
の文字。
魔王軍全員がコントローラーを握る。
そしてその夜。
魔王便利屋事務所には――。
「うわー!」
「また負けた!」
「なんでだ!」
「魔王様、今の惜しかったです!」
「もう一回!」
「はい!」
という声が響き続けた。
こうして魔王便利屋事務所に、
新しい業務が一つ加わった。
「一緒にゲームをする」
である。
魔王は思った。
「……本当に便利屋って何でもありなんだな」
そして――。
少しだけ楽しそうに、コントローラーを握り直した。




