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キラキラネーム魔王の俺、魔王になってみた。  作者: 耀悟


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魔王、プロ野球選手を千本ノックする

魔王の家。


いつものように、朝は静かだった。


庭では鳥が鳴いている。


台所では、昨日作ったチャーハンの匂いがまだ少し残っている。


リビングでは、魔王軍がテレビを見ていた。


勇気はソファに座りながら、昨日のことを思い出していた。


「昨日の勇者、美味しかったな……」


「チャーハン?」


「うん」


「また作ってほしいですね」


「今ごろ中華料理店で働いてるんじゃない?」


魔王はコーヒーを飲みながら答えた。


「人生、何がきっかけになるか分からないよな」


空耳さんが言った。


『魔王の新能力のせいじゃがな。』


「そうなんだけど」


そのときだった。


家の外から――


「……」


何かが聞こえた。


魔王が窓を見る。


「誰かいる?」


勇気も窓から外を見る。


「……なんですか、あれ?」


庭の向こう。


道路に、一人の男が立っていた。


背が高い。


体格もいい。


そして――


野球のユニフォームを着ていた。


手にはバット。


帽子をかぶっている。


ただの野球少年ではない。


体つきが違う。


立っているだけで、長年鍛えてきた選手の雰囲気がある。


魔王は目を細めた。


「……強そうだな」


「野球選手みたいですね」


勇気が言った。


魔王は男の顔を見た。


「……あれ?」


「どうしました?」


「なんか……見たことある顔なんだけど」


魔王はテレビのほうを振り返った。


テレビには、ちょうどプロ野球のニュースが映っていた。


そして画面に映っていた選手と――


庭に立っている男の顔が――


そっくりだった。


魔王はもう一度庭を見る。


「……」


テレビを見る。


「……」


庭を見る。


「……」


テレビを見る。


「……プロ野球選手じゃん」


勇気が驚いた。


「ええっ!?」


魔王軍全員が窓に集まった。


「本物?」


「本物だ!」


「なんでプロ野球選手が魔王の家に?」


魔王は腕を組んだ。


「分からない」


空耳さんが言った。


『勇者じゃな。』


「絶対?」


『絶対じゃ。』


「どうして?」


『野球のユニフォームを着て、バットを持って、魔王の家の前におる。』


「それだけで?」


『十分じゃろ。』


「雑だな……」


玄関のチャイムが鳴った。


ピンポーン。


魔王は立ち上がった。


「とりあえず出てみるか」


玄関を開ける。


男は魔王を見ると、堂々と言った。


「魔王!」


「はい」


「今日こそお前を倒す!」


魔王は男の顔を見る。


やはり見覚えがある。


「……やっぱり本物のプロ野球選手だよね?」


「そうだ!」


「なんで?」


「魔王を倒すためだ!」


「プロ野球は?」


「今日は休みだ!」


「休みの日に魔王を倒しに来たの?」


「そうだ!」


魔王は頭を抱えた。


「有給休暇の勇者もいたけど、プロ野球選手まで……」


男はバットを構えた。


「いくぞ!」


魔王はため息をついた。


「じゃあ……」


空耳さんの声が響く。


『笑いの呪いじゃ。』


魔王はニコッと笑った。


「……」


男の口元が震えた。


「フッ……」


「……」


「フフ……」


「始まったな」


「ハハハハハハ!」


男は突然大笑いした。


「ハハハハハハハ!」


「……」


魔王軍は少し離れて見守る。


「一分間だよね?」


「うん」


「でも……」


勇気が男を見る。


「この人、体力ありそうですよ」


「確かに」


プロ野球選手は笑いながらも立っている。


「ハハハハハ!」


「まだ笑ってる」


「ハハハハ!」


「あと十秒」


「ハハハハハ!」


「三秒」


「ハハハ……!」


「終了」


ピタッ。


男は笑うのをやめた。


「……はぁ……」


肩で息をしている。


「魔王……」


「うん」


「なかなか……やるな……」


「そっちも体力あるね」


「プロだからな」


「そこは関係あるの?」


男は再びバットを構えた。


「今度こそ――」


魔王は睨んだ。


ギロッ。


「……!」


男の動きが止まった。


「……」


「……」


「動けない」


「うん」


「これが魔王の睨み……」


「そう」


「目を合わせないようにしていたのに……」


「今、俺が睨んだんだから仕方ないよ」


しばらくして魔王が視線を戻す。


「もう動いていいよ」


男が動き出す。


そして魔王は言った。


「混乱しろ」


男の表情が変わった。


「……」


魔王軍が身構える。


「何をするんでしょう?」


「前回はフライパン探してたよね」


「今回は餃子食べたい」


男は辺りを見回した。


「……」


そして――


玄関のドアを開けた。


「え?」


魔王が驚く。


男は何も言わずに外へ出た。


「魔王様?」


「追いかける?」


「いや、待とう」


魔王軍は玄関からそっと覗いた。


男は家の前に立っている。


バットを持っている。


そして――


素振りを始めた。


ブンッ!


ブンッ!


ブンッ!


魔王軍が顔を見合わせる。


「……野球始めた」


魔王も玄関から覗く。


「混乱した結果が野球?」


空耳さんが言った。


『人間、何かしら好きなものに戻ることもある。』


「急に哲学っぽいこと言うな」


男は何度も素振りを繰り返している。


ブンッ!


ブンッ!


ブンッ!


やがて男が魔王軍に気づいた。


「おい!」


勇気がビクッとする。


「はい!」


男はバットを肩に担いだ。


「野球やろうぜ!」


「……」


魔王軍全員が固まった。


魔王が言った。


「なんで?」


「野球だ!」


「いや、分かってるけど」


「やろうぜ!」


勇気が目を輝かせた。


「やりましょう!」


「お前は乗るのかよ!」


こうして――


魔王の家の庭で、突然野球の練習が始まった。


「まずキャッチボール!」


「はい!」


勇気がボールを投げる。


ビュンッ!


男がキャッチする。


パシッ!


「うまい!」


「さすがプロ!」


魔王軍が盛り上がる。


「もう一回!」


ビュンッ!


パシッ!


「すごい!」


「もう一回!」


ビュンッ!


パシッ!


「速い!」


「もっと速く!」


ビュンッ!


パシッ!


男は余裕で取っていく。


「やっぱり本物だ……」


魔王は感心していた。


すると魔王軍の一人が言った。


「せっかくだから、ノックしませんか?」


「ノック?」


「守備練習です」


「いいね!」


プロ野球選手の目が輝いた。


魔王は少し不安になった。


「大丈夫?」


「もちろん!」


「じゃあ……やるか」


最初は普通だった。


カンッ!


ボールが飛ぶ。


「はい!」


パシッ!


カンッ!


「はい!」


パシッ!


カンッ!


「ナイスキャッチ!」


パシッ!


「うまい!」


次第に魔王軍も熱くなってきた。


「もっといきます!」


カンッ!


右!


パシッ!


カンッ!


左!


パシッ!


カンッ!


正面!


パシッ!


「すごい!」


「まだまだ!」


カンッ!


「右!」


パシッ!


「左!」


パシッ!


「今度は高い!」


パシッ!


「すごい!」


いつの間にか、魔王軍は完全に本気になっていた。


「次、強めにいきます!」


カキーン!


「うおおお!」


男が走る。


ダッ!


パシッ!


「ナイス!」


「まだいける!」


「いきます!」


カキーン!


「今度は逆!」


男が走る。


パシッ!


「取った!」


「すごい!」


「もう一球!」


カキーン!


「バック!」


男が走る。


パシッ!


「取った!」


「もう一球!」


カキーン!


「前!」


パシッ!


「もう一球!」


「まだやるの!?」


魔王が驚く。


しかし、誰も止めない。


「千本いこう!」


「千本!?」


魔王が叫ぶ。


だが魔王軍は燃えていた。


「千本ノックだ!」


「うおおお!」


カキーン!


パシッ!


カキーン!


パシッ!


カキーン!


パシッ!


魔王も途中から参加した。


「じゃあ俺も打つよ」


「魔王様まで!?」


魔王はバットを持った。


そして――


カキーン!


ボールがものすごい勢いで飛んでいった。


「速っ!」


男が目を見開く。


それでも――


ダッ!


パシッ!


キャッチ。


「取った!」


魔王軍が大歓声を上げた。


「すごい!」


「魔王様の打球を取った!」


男は笑った。


「もっと来い!」


魔王も笑う。


「じゃあ、いくよ!」


カキーン!


パシッ!


カキーン!


パシッ!


カキーン!


パシッ!


いつの間にか、魔王の家の庭は野球場になっていた。


そして――


一時間後。


「……」


「……」


「……」


全員が地面に座り込んでいた。


魔王も疲れている。


勇気も疲れている。


魔王軍も疲れている。


そして、プロ野球選手も――


完全に疲れ切っていた。


「……はぁ……」


「……疲れた……」


「千本……長い……」


魔王は空を見上げた。


「何やってるんだろう、俺たち」


空耳さんが静かに答えた。


『野球じゃ。』


「それは分かってる」


しばらく誰も動かなかった。


すると――


男が突然、目を見開いた。


「……」


「……」


「俺……」


魔王が顔を上げる。


「どうした?」


男は周囲を見回した。


庭。


ボール。


バット。


魔王軍。


そして魔王。


「俺は……何をしていたんだ?」


魔王は答えた。


「混乱させたら、野球を始めた」


「…………」


男は頭を抱えた。


「そうか……」


「うん」


「俺、魔王を倒しに来たんだった」


「そうだね」


「なのに……」


男は庭を見回した。


大量のボール。


汗だくの魔王軍。


地面に転がるバット。


「……千本ノックしてた」


「そう」


「魔王軍と?」


「そう」


「魔王も?」


「俺も」


男はしばらく黙っていた。


そして、小さく笑った。


「……楽しかったな」


魔王も笑った。


「うん」


「でも……」


男は立ち上がった。


「俺に勇者は向いてないかもしれない」


魔王は即答した。


「普通にプロ野球選手してろよ」


「……」


「そのほうが絶対向いてる」


男は苦笑した。


「魔王に進路相談されるとは思わなかった」


「俺、便利屋だから」


「関係あるのか?」


「分からない」


魔王軍が笑う。


男も笑った。


「じゃあ、俺は帰る」


「うん」


男は玄関へ向かいかけて――


振り返った。


「魔王」


「何?」


「野球……楽しかった」


「俺たちも」


「またやろうぜ」


魔王は少し考えてから答えた。


「うん。ただし――」


「?」


「千本はやめよう」


男は笑った。


「分かった。次は百本で」


「百本でも多いよ」


魔王軍が笑い出した。


男はバットを肩に担いだ。


「じゃあな!」


「頑張って」


「おう!」


男は家を出ていった。


静かになった庭。


魔王軍はその場に座り込んだままだ。


勇気が言った。


「魔王様」


「何?」


「今日、何人倒しました?」


魔王は考えた。


「ゼロ」


「ですよね」


「でも……」


魔王は庭を見た。


「誰も傷ついてない」


勇気が笑った。


「それが一番ですね」


魔王も笑った。


空耳さんが静かに言う。


『魔王よ。』


「何?」


『お前の魔王軍、最近どんどん健康的になっておるな。』


「……」


魔王は庭を見回した。


野球ボール。


バット。


汗だくの魔王軍。


そして、なぜか妙に満足そうな全員の顔。


「……まあ、いいんじゃない?」


魔王は笑った。


「魔王軍だけど、スポーツクラブみたいになってきたけどね」


その日。


魔王の家では――


勇者と戦う代わりに、


千本ノックが行われた。


そして魔王は改めて思った。


自分は本当に、


魔王に向いていないのかもしれない。

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